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アルタ・ダーナ ~巡る運命~  作者: 元帥
第四章~黒竜人キーア~
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~フォマルの泉~

 目を覚ました時は既に朝日が窓の隙間から顔を覗かせていた。昨夜の出来事を途中まで覚えていたアインにとって、どうやってここまでくることが出来たのか疑問に思う。

 身体を起こすとキーアの体が膝元で寝そべっていた。ずっと見守ってくれていたのだろうか、アインは優しく頭を撫でてやると、キーアの瞼が微かに動く。

 キーアの焦点がアインへと定まると勢いよく身を起こすとびしりと人差し指を突きつける。

「やっと起きたのね? 心配させるんじゃないわよ!」

 よく見るとキーアの瞼は赤く腫れていた。もしかして泣いていたのだろうか。

「まだ一日しか寝ていないような気がしたんだけど?」

「違うよ、お兄ちゃんは一週間ずっと眠っていたんだよ?」

「えっ? 一週間?」

 キーアは頷く。まさかシュクラとの戦闘でここまでの休養が必要だったのか? それともなれない魔法を使役したせいでもあるのか、予想以上に身体にダメージが及んだのだろうか。

「まったく、ナーガが連れて帰ってこなかったら、死んでいたのだからね?」

 やはりあの時に助けに来てくれたのはナーガだったのか。後で礼を言っておこう。

「大分予定より狂っちゃったから行こうか。フォマルの泉へ」

 アインは立ち上がってキーアを連れ出して宿から出た。宿の外にはナーガも準備が終わっており二人はナーガに乗り込んで村から出発した。

 遠くなる村を横目で見ながらアインはシュクラと拳を交えた時のことを思い浮かべる。あの時の力は一体なんだったのだろうか? 少しの間だけでもあのシュクラを圧倒した自分の力や魔素が滞留していたあの村は、まるで狐に化かされたようなそんな不思議な時間だった。

 世界には色々と面白いものがあることを知らせてくれる。旅をすることで出会った人や別れた人の数々。自分が何をやりたいのかを見つけるたびに一歩ずつ前に進むことが出来る。

 ミーナが連れ出してくれなければ、面白いことを見つけることさえ出来なかったのだろう。

「ねえ、これから向かうフォマルの泉ってどういうところなの?」

 移動手段としてナーガの背中に乗って移動しているときは大抵暇な時間になるので、退屈な時間を紛らわせようとキーアは話しかけてくる。

 今までは一人旅だったおかげで会話をすることは無かったので新鮮といえば新鮮だ。

「フォマルの泉は竜がもう一歩だけ成長過程を早めることが出来る泉らしいよ」

「それだったら、ちゃんと大人になるまで待てば良いじゃないの?」

「確かにそのほうが竜にとっては良いかもしれないけれど、僕には時間が無いんだ」

 そう、時間が無いのだ。飛竜が成竜としての期間は約五十年も待たなければいけない。竜は長寿の命であるために成長する速さは人間よりも格段に遅い。

 竜にとっての五十年もやっと大人の仲間入りを果たしたくらいらしく、百年や五百年を生きている竜たちから見られるとまだまだ青二才らしい。

 それにナーガは元々成長速度が他の竜よりも少しだけ遅いのでこうでもしないとアルマに追いつくことすら出来ないだろう。

「まぁ、確かに時間が無いのは確かね」

 ぼそりとキーアが呟く。アインは顔を上げてキーアの表情を伺うと何かを知っているような表情で口元を吊り上げていた。

「えっ?」

「ううん、こっちの話だから。気にしないで」

 それっきりキーアはアインと会話をしようとしなかった。キーアから話しかけてきた割には何か自分だけが納得してこちらにだけがもやもやが残るような終わりかただ。

 結局お互いに会話をすることなく、僕達はフォマルの泉へとやってきたのだった。

 ボコボコと音を立て、真っ赤な血のように赤く染まっている泉は、伝説ではこの泉で息を引き取ったフォマルという竜の体から流れ出た血液で出来た泉らしい。

 だというのに、なぜ煮えたぎっているのかは謎だ。

「ほう、このようなところに竜使いがくるなんて久方ぶりじゃな」

 ふと、声をかけられた方向へと向き直ったアインたちの目の前には一人の老人が立っていた。痩せこけた枯れ枝のように折れてしまいそうな体と骨に張り付いているだけの皮膚。男性なのか、それとも女性なのかと判別をつくことが困難な程に歳を重ねている。

 老人は一回りアインたちを見渡すと微笑を浮かべ、けらけらと人形が笑うかのように身体を震わせた。

「竜人がこんな所に来た所で、変化なんかしないぞ?」

「え?」

「何故、という顔をしておるな? 臭いじゃよ」

 老人は自分の鼻を指し示す。鼻なのかも区別が付かないような穴を指したところでこちらとしては顔をしかめることぐらいしか出来ないけれど、僕らを竜人と言い放った言葉は信憑性が高い。

「人の姿をしている所で竜の臭いは消せぬ。普通の人間ならば誤魔化すことはできるが、千を生きてきたワシ等を舐めたらいかん。

 そこにいるのは姉だろう? どうだ、間違いじゃないだろう?」

 にやりと笑う老人にキーアの視線は酷く冷たいものだった。

「枯れ果てているくせに、よくもまぁそんなに口が動くわね」

「ほっほっほ。目も四肢も枯れ果てた老人じゃが、なぜか口と鼻だけは動いてのお。ワシはもともとお喋りだからのうキーア?」

 ふいにこのやりとりのことを思い出した。あれはミーナと始まりの樹に行った時のことだ。あの樹にも目の前にいる老人と同じような人がいたのを覚えているが、ミーナもキーアもその老人を目の敵にしているような雰囲気だ。

 舌打ちをしてキーアはそっぽを向く。もうこの老人とは話したくなさそうなオーラが漂うので話をするのは僕だけになった。

「ふむ、ここ最近は普通の人間が来るのも珍しかったのだがなんだ? 今の人間は竜の臭いがする袋でも持ち歩いておるのか?」

「いえ、そういうものは下げてはいないですけれど………」

「じゃあ何か? 今の人間はこんなにも竜臭いのか?」

「竜臭いと言われても僕にはなんとも」

 戸惑うアインに老人は遠慮もなしに会話を続ける。

「この間もここにきた娘がな? なんだか急いでいるような娘だったのだが、へんな感じだったのは覚えているぞ」

「えっ……?」

「お前さんと同じように半端な臭いだ。人間でありながら竜と繋がっているような娘だったぞ。今を思い返してみるとお前さんとは根本的に臭いが違うな、半端者の少年よ」

 老人は笑う。元から答えを知っているくせに、あえて答えを言わずにじらすような口ぶりで言葉を展開していく。

「元が人間であったあの娘と、元から人間であり竜人でもあるお前さんとは体の作りが違うと言うことだよ。

 と言うことはだ、ここに普通の人間がいたならもう少しだけ早く照明できたのだろうが、まったく本当にお前達は害悪だよ。存在が煩わしねぇ?」

「………」

「お前たちは幸せになれないとシュクラが公言した。神に向かって妹達の幸福を無理だと言った。

 それがなんだ貴様は人間と竜人の混じり物じゃないか。父には会えたか? 母を呪ったか? 交雑種である貴様をだれか救ってくれたか? 貴様の母は幸福であったから貴様が出来たのだろうが、人間はそれを許したりはしなかっただろう。

 やはり我々にとって貴様達は害悪だよ化物」

 言い放った老人に襲い掛かろうと思った。自分たちのことを悪く言われるのはやっぱり不愉快だったからだ。

 でも、それは僕ではなくキーアが先に行動を移していた。

「だまれこの老害が! あんた達が私達を拒んでいるくせに、なんで私達が害悪になるんだ。化物とか怪物とか言われているけれど、あんた達より先に我々が生まれている。

 この大地を壊している。母なる星を壊しているのは誰だ? 竜を害悪だと見限っていたのは何処の誰だ? 全部お前たちだろう人間!!

 私は……私達が母を守って何が悪い? 貴様達によって壊れ行く母の痛みが貴様には分かるのか?」

 キーアの髪が老人の細い体を締め上げる。軋む音が聞こえる。ポキリポキリと少しずつ老人の骨が折れたり砕けたりしているのだろう。

「駄目だよ、キーア!」

 アインが止めに入るが怒りに震えるキーアはアインの言葉は聞き届けていなかった。このままではアルマの話を聞く前にこの老人が死んでしまう。自分の力がキーアの怒りを遮ることができないのがただ歯痒い。

「甘いなアイン。それでは止められん」

 声がするのと同時に自分の意識が一瞬で切り替わった感覚に陥った。自分を操っている操縦席を強制的に下ろされた気分だった。

 アインの身体はシュクラに切り替わり締め上げているキーアの身体を抱きしめた。

「やめろキーア。コイツを殺したところで母上の傷は癒えん」

 少年の声であるものの、どこか迫力が残っているのはシュクラがアインの身体に同調しているからなのか。

 シュクラの声が届いたからかキーアの髪はゆっくりと締め上げるのをやめた。

「お、お兄ちゃん………」

 泣きつくようにキーアはアインに身体を預けた。兄妹の光景をむせながら聴いていた老人は立ち上がると、キーアに先ほどされたことを忘れたかのようにアインを挑発した。

「なんだ、死んだのではなかったのかシュクラよ。なるほどなぁ、竜神にその身を滅ぼされたのにも関わらず、魂はその子供に憑依したのか。かかか傑作じゃ!

 死ぬのが嫌だったのか? 忘れ去られるのが嫌だったか?」

 両手を広げて老人は挑発を止めない。抱きとめられているキーアも穏やかではない表情で老人を見ているが、シュクラの言葉を忠実に守っているのか攻撃を向けようとしない。

 たいしてシュクラは冷たい視線を老人に向けて手をかざした。

 ボンッと小規模な爆発音が三人の間で響き渡る。

「ぬ、ぐおぉぉぉっぉぉっっっっっっ!?」

「黙っていろ人間。母上に認められた人間とは言え、それ以上俺たちを侮辱するのなら、その細木のような身体を残らず消し炭にしてやるぞ?」

 膝を突いて消し飛ばされた腕を庇うように老人は悲鳴をあげる。その光景をシュクラは激情に駆られることなく、ただ冷静だった。

「ナーガよ、お前はこの泉に入っていろ。大体三十分で儀式は終わる」

 いつもの主人ではないことを肌で感じながらも、ナーガはシュクラの命令どおりにフォマルの泉へとその身を浸けた。

 苦しそうにナーガは表情を曇らせるが、それは泉を浴びた最初だけであり、熱さなどには慣れたのか、遊戯をするほどにナーガはフォマルの泉を泳いでいた。

 シュクラはキーアの身体を起こし、儀式が行われているほんの数分だけだがフォマルから外に出た。老人とは会話をしたくなかったからだろう、お互いに悲鳴をあげていた老人には目もくれずにごつごつとした岩肌の合間を通り抜ける。

 やがて行き着いた先はごっそりと切り取られた渓谷だった。

 地面が見えないほど地下に掘り進まれている谷に落ちてしまえば死は免れないだろう。しかし、不自然な事をアインはシュクラ越しから地平を見渡す。

「大地が無い?」

 その先には一切の大地がなかったのだ。大きなクレーターのように、この渓谷を回る事が出来たのならば、地平の先にあるはずの大地へといけるのだろうが、そのことを考える術を断絶してしまいそうになるほどのこの渓谷はそれほどまでに異質なものだ。

「始まったか…」

 シュクラはこの異質な渓谷の正体をしっているように眺めている。

「始まったって、どういうこと?」

「世界の崩壊。混沌が孵化したんだよ」

「それって、つまり」

「ああ、お前が考えたそれはあっていると思う」

 アルマの中に巣食っていた混沌の竜が出てきてしまった。三年も持たなかったかとシュクラは自分の予想を上回る速さで混沌が力をつけたのか、アルマ自身が混沌に負けたのか、その部分は確かめないことに変わりは無いが、このままでは混沌が世界を改変してしまうだろう。

「しかし、困った事になったな」

 シュクラは頭を掻きながらこれから起こる事態をアインに言い放つ。

「ナーガの儀式が終わり次第王宮に飛ぶぞ。仲間は大いに方に越したことは無い」

「仲間ってもしかしてアクセスたちのこと?」

「ああそうさ、お前よりは弱いかもしれんが、少しでも戦力は欲しいからな」

「だからって――」

「これから戦争が始まるんだよ。竜と人との戦争がな」

 シュクラは重苦しい声で言い放つ。振り返ったシュクラはアインの体の主権を譲るように入れ替わった。

 我に返ったアインは自分の目で崩壊した世界の断片を見やる。

 混沌の力は予想以上に強いものだ。人間なんかが立ち向かっていい相手ではない。仮に僕たちが混沌を相手にしたところで、小さな羽虫が竜に立ち向かうのと同じだ。勝ち目が無い相手にどうすれば勝てるのだろう。

「始まりの樹に向かおう」

 それでも行かないと駄目なんだ。例え勝てる訳がないと分かっていても僕はあの人に会わなければいけないんだ。

 アインの決心を遠めで見つめていたキーアはアインの表情を見て軽く笑いながら頷く。キーアの手を握り、アイン達はフォマルの泉へと戻る事にした。



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