四
村役場を出た私は早速アインの顔写真を持って村の住民に話をしらみつぶしに聞いた。どうやらアインはこの村では有名人ということが判明。と言っても、悪質という方向に偏った有名人だ。
何が悪質なのかといわれると、それはそれで少しだけ困りものだが、敢えて上げるのなら、嫌われ者?なにか大事をしたのかと聞いてみても村の住民たちは揃って肩をすくめるだけ。実質、アインは何もやっていないということになる。
何もやっていないのに嫌われているとか、おかしな話だ。
酷く滑稽で、酷く・・・・悪質で汚くて、醜悪という単語が実にこの村の住民達にはしっくりと合う。
信じられない話だが、先ほどの役場から貰ったアインの写真を見せる度に、全員の顔が歪み、毒づきながらアインを貶していくのだ。
「まったく・・・この村の人は何を考えてるんだろう?」
独りごちた私は休憩の為に一番賑やかな場所に来ていた。水が弧を描き、霧のように霧散している噴水に座る。あたりを見渡しながら情報を整理。確か、ろ店というものが立ち並んでいるのだっけ?久しぶりの長旅と町や村を転々と渡り歩いてきたおかげで、知識は隅の方だけどある。振袖の中にある財布を確認した私は、遠く目から見える品物の値段と自分の値段を合わせてみたが、一桁足りなかったことに一人で肩を落とす。
「せっかく、お土産にでも持って行ってあげようと思ったんだけど・・・・まいっか!」
私は立ち上がり情報収集をしようと周りを見渡すと、ちょうどいい所に集団で、いかにもやんちゃしてますっていう雰囲気を醸し出している男の子たちに話しかけることにした。
「そこの健全なる不良少年達!」
「んぁ?なんだてめぇ?」
うわー、やっぱり典型的な不良だよ。ぎらぎらと敵対心しかない目つきだよー。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・いいかな~?」
男たちが私の顔を見て、四人でひそひそと会議を始めた。何を考えているんだろうか?すこしだけ気になったが、待っている身としては早くして欲しい気持ちしかない。
「そんなことよりさ、姉ちゃんよ、俺たちといいことしない?」
多分一番下っ端っぽい人が歩み寄ってくると、周りの三人も期待したような目でこちらを見ていたが、私としては情報を持っていないのなら立ち去って欲しいのだが、まぁ、話を聞くだけ聞いてみるか。
「まぁ、そんなことより。この子知ってる?」
私は振袖からアインの写真を取り出して四人に見せた。
「ああ、知ってる知ってる!!さっき合ったもんな?」
「ちなみに俺たちのダチよ!そいつんとこ連れてってやるよ」
「本当!?助かるわぁ」
表面上だけでみると、怖面の顔をしているが、私にとっては十数年くらいしか生きていない子供のようなものだ。
私は言われるがまま、連れられるがままに案内された路地裏に入る。じめっっとしていて、空気が澱んでいると言えばいいのか。なんだかあまり太陽が当たらず、死んでいるようにも見えた。
「ねえ、本当にここにアインがいる――」
ガバリと私の両手を後ろに締め上げ、拘束するような形にすると、周りの男たちはわらわらと私の周りに群がった。やっぱり嘘っぱちだったのか。
私は軽くため息を吐いて拘束を逃れようとあがくと。
「おっと!無茶するんじゃねえ、俺たちは遊ぼうって言ってるだけなんだから、ちょっと付き合ってくれよ?」
「・・・・う~ん、それでアインは?」
「アイン?ああ、あのゴミのことか?」
「ゴミ?」
私はきょとんとした表情で聞き返すと男は頷き、ご丁寧に話してくれた。
「知らないのか?あれだろアインって、あの金髪のガキのことだろ?ここの住民からはゴミの名で通っているんだぜ?聞いた話によると、そいつは返済なんて一つもない借金をわざわざ払っているんだぜ?おもしれぇだろ?」
「ふぅん?ていうことは、もともとお金は借金がない・・・と?」
「そうさ?今日だって、換金所に大量の爬虫類とかを売りに行ってたけど、ゴミが持ってきたヤツなんて誰が買い取るって思うのかだよ!」
男たちは愉快そうに笑っている。そっか・・・あの子、そんな嘘だらけの村で十年も頑張っていたんだ。どうせ、アインをここから出すついでに、この村がどれくらいか観察しておいてよかったわ・・・。ここは、私たちには合わない場所だっていうことを。
私は絡め取られている後ろ手を捻り、男の腕を掴む。なんだか後ろの男が静かになっていたことに不思議に思ったが、まぁ、関係ないことだ。
「よいしょっと!」
一本背負いの要領で体の重心を前に移動させ、腰の支点をいかし、テコの原理を使い男を私の前に投げ飛ばした。男たちは軽々と宙を舞った仲間に唖然とし、はっと気づいて私に視線を動かした。
「情報提供ありがとうね?それじゃあ、お望み通り、遊んであげる」
パンッ!!
柏手を一回行う。
一見何も変わっていない、ただのお遊びのような音だったが、それは合図の一つでもある。
「ここの路地裏全域の音を消しました。それではみなさん。さようなら」
路地裏の影境を超えて、私は日の光があたっていて明るい部分に出る。四人一斉に私を取り押さえようと走ってきたが、その影の境が世界の隔たりのように見えない壁が立ちはだかっていた。
「――!!?」
ドンドンと音を立てているのだろうけれど、正直、パントマイムのようにも見えて面白い。私は男の子達の後ろに注意を促した。
「ほら、遊んであげる。その子から一分逃げ切れれば勝ち。よーいドン!」
私は口パクで伝わるように言い、四人に背中を向けて壁にもたれかかる。
それと同時に男たちの目前にいた蠢く何かが襲いかかった。声もなく、音もなく、ただ、うぞうぞと這うように、それでいて縦横無尽に路地裏を黒い何かは覆い尽くした。
「しまった・・・教えてもらおうとしたことを忘れていた!!」
急遽私は路地裏の壁を解き放つのと同時に黒い生物も消えた。
「しまったぁ・・・みんな早すぎるよぉ・・・」
肉片と化した男たちの死体を横切りながら、唯一足だけ喰われただけの男がいた。
「よかったぁ、まだ生きてた!」
私は屈んで男に話しかける。先ほどまでの異性のいい姿は彼方へと消え、ただ怯えるだけの猿みたいだと、素直にそう思った。
「アインの居場所を教えてくださいな?」
「・・・し・・知らねぇよぉ」
「ふぅん?」
男の胴体が地面に引きずり込まれる。
「あああああぁぁ!!?待ってくれ、本当に知らねぇんだよ!!あれだ、多分、このまままっすぐに帰ったんなら、学校の方にでも行ったんじゃねえの!?」
「そうなの?ありがと」
私は立ち上がって男に背を向けると、男は独り言を小さくつぶやくように言っているつもりなのだろうが。
「くそ、てめえ覚えてろよ!!顔覚えたからな!!」
私は立ち止まり、男の方に向き直りにこやかに笑って言ってあげた。
「さようなら」
まっすぐに学校って言われても、ちょっと困ったことがある。
「学校ってどっちだろう?」
またしても致命的な結果に落ちたじゃないか。もうちょっと喰べるのを遅くすればよかったかな?なんて思いながら、東の空が朱に染まってきたので少しばかり焦る気持ちも出てくる。
すぐに私は学校はどっちだ?と聞いて、おばちゃんに礼を言い早歩きで学校を通り過ぎた。
ここをまっすぐって、目の前が森なんですけど・・・
ぱたぱたと走っていると、ふと目の前に飛び込んだのは三人の男の子と、一人の男の子が公園で喧嘩していたところだった。三体一という劣勢な喧嘩なのに、その喧嘩は異質なように遠目からでも感じた。
金髪の少年、しかも服はボロボロで、上半身のほとんどが露出している。
って・・・・何を私は描写しているんだ?
多分あれがアインだ。目は良い方なので写真とかぶせると一致。だが、アインは無表情で三人の男の子を相手に優勢に勝っていた。自分より人一倍大きな図体をしている男の子を圧倒し顔面を血で染め上げていく。
男の子はこりゃあ堪らん!!とでも思ったのか、思いっ切りアインを殴って退けさせると、小さな仔竜を前に突き出して指示を促していた。
「やっば!!」
考えるより先に足が動いた。火竜と判断した私はすぐさまアインを庇うように走ったのと同時に、既に火竜の炎が吐き出された瞬間だった。
「うおっ!?」
子供たちが自分の竜が吐き出した炎に驚きを隠せていなかった。ということはだ、ろくでもない親が、火竜の炎の威力を教えていなかったということになるのか、それとも男の子の殺意でブレスを吐かせたのか。結局真意は分からないが、とりあえず私はアインの前に立ちはだかり、迫ってくる炎を振り払う。
「へっ?」
三人の男の子達は間抜けな声を上げて現状を把握し、整理をしているようだが、正直、あの顔はわかっていない。
「あちち・・・やっぱりラーミアみたいにいかないか・・・」
手のひらは真っ黒の煤となっており、細胞は炭化していた。仔竜でもこの威力、さすが火竜と褒めておくか・・・
私は気絶しているアインをおんぶして背負い、三人に近寄る。
「よかったわねぼくたち。私がいなかったら人殺しだったわよ?」
今の声がどんなものだったかは子供たちの表情を見れば一目瞭然。顔がひきつり、一人は泣き出しそうだった。一番ボスっぽい男の子が震える声で弁をたてた。
「そいつはいいんだよ!人じゃねえからさ」
「ん?どういうこと?」
大きな声を出して緊張がほぐれたのか、ボスっぽい男の子――めんどくさいからボスにしようなどと考えながら、ボスはにやりと笑い出し、おぶっているアインに指を指して言う。
「そいつはゴミだからな!母ちゃんが言ってた。ゴミは燃やさないとダメだって!!だから俺は燃やそうとしたんだよ!!」
ボスが豪語しているうちに二人の子供たちもボスの言葉に便乗してうんうんと二回三回と頭を縦に振る。
「・・・・・そっか。ゴミか・・・」
ちらりと、私は先ほどアインを傷つけようとした火竜に近づいて頭を優しく撫でてあげると、びくりと大きく体を震わせ、目の焦点がガクガクと縦横無尽に動き、合わなくなっていく。
「ガル・・・・ガルルルルルララララッララアアアアアア!!!!?」
この仔竜は私が誰なのかどうやらわかったようだ。ひどく怯えている様子で、精神錯乱でも起こしてしまいそうなほどだ。
「この子もゴミ、あなたもゴミという事にならないのかなぁ・・・」
ニコリと私は仔竜に笑うと、脱兎のごとく仔竜は公園から逃げ出した。その異様な光景に子供たちも驚き、だんだんと怖くなったのだろうか、子供たちも仔竜と同じように公園から逃げ出したのだった。
「・・・・・ふん」
鼻で息を鳴らし私はアインの家に帰ることにした。場所はある程度わかっているので、このまま森に入れば付くことはできるだろう。そもそもここからでも家に帰れるのなら、森の奥からはこっちまで色々とルートが分かれているということだ。
軽く背負っていたけれど、たしかアインは今では十歳だったはず。そう思いだし、いざ違和感を感じ出すと、濁流のように押し寄せてきた。
十歳にしては体重が軽い。軽すぎて、栄養が行き届いてなくて、頬も痩せこけて、目にはクマが浮かび上がっている。喰った四人組の話からすると、殴る蹴るの暴行が日常茶飯事だったのなら、服で隠れてはいるが、痣とかもあるのだと思う。
やがて私は小屋らしきものを発見した。はじめはただの物置き場のような場所で、実は他に家らしい家があるのだと思っていたが、辺りを見渡しても家一軒、一つもない。
半ば嘘であって欲しいと願いながら、私は小屋のドアを開ける。
ぎぃぃぃ・・・・
建て付けが悪そうな音を立てながら前にスライドしていくドア。家の外からだというのに、室内は世界と乖離していると、素で思った。
空模様が分かる程に倒壊し、部屋の中はまるで、アインの心そのものだ。
だが、それ以前に、一番気掛かりなのが、部屋の中の異臭だった。
血の臭いが大半。フェロモンと思われる様でそうでないものが微量。
私は視界がぼやけ、風景が螺子曲がる事に気づいた。いつの間にか泣いていたのだろう。
誰よりも幸福を願われ、幸せであってほしいと母からの愛を貰っていたのに、掛け離れ過ぎた世界をアインはずっと過ごしてきたのだ。
私はアインをベッドと呼べるのかよくわからない物に寝かせ、服を脱がせる。
思った通り、身体には痛々しさを語る青痣があり、中には治りかけた内出血が、暴行によって皮膚が隆起していた。治っては傷を、治っては傷をと悪循環しかない傷に、私は胸が痛くなる。
「もし・・・もし姉さんがこの子の状況を知ったら、何を思うんだろう」
ぼそりと、私は呟きながらアインの顔を触る。ぷにぷにとした触感、父親譲りの金髪かなのかな?でも寝顔は姉さんそっくり。
ベタベタしてるけど、しっかりと手入れをすれば絶対に美少年だと私は想像する。
お風呂とか入ったことにんだろうなぁ・・・
外は暗くなり、月が出てくる時間帯になった。
「今日は満月・・・・じゃないか・・・明日かな?」
ベッドに腰掛けて空を見上げる。本の数ミリぐらいしか欠けていないところを見ると、やはり明日が満月だ。
「さてと。ここから離れるのは心苦しいけど、アイン?ちょっとごはん採ってくるね」
すーすーと眠っているアインに一言だけ告げ、外に出た。ここなら色々と取れそうだし、少し奥に行けば熊の巣ぐらいはありそうだから起こしてくるか。