~次なる目標~
竜人の気配は微弱ながらに感じている。クレーターの先から小屋のような、他の施設よりは比較的に小さい建物だ。
そこに本当にいるのだろうかと、自分の感覚を信じないわけではないが、やはり疑ってしまうのも心理だろう。
ふいに男の声が頭の中に響き渡る。
「どうしたのおじさん?」
「いや、竜人の気配が分かるようになったなんて、よっぽどお前も常人離れしてきたなって思ってな」
声だけなので表情までは見ることは出来ないけれど、多分にやりとした顔で笑っているに違いない。
昔のおじさんの声には微弱ながらの雑音が入り混じっていたけれど、今では聞き漏らすことの無いほどに聞くことが出来る。これも僕の体がすこしずつ竜人に近づいているということなのだろうか。
「話しかけてくるなんて珍しいね。なにか良い事でもあったの?」
「当たり前だろう。久しぶりに妹に会えるんだ。兄妹に会える気持ちはお前がよくわかっているだろうに」
姉弟って、お姉ちゃんのことを言っているに違いないだろうが、なんだかむっとした。同じ感覚なのは分かるけれど、反抗心を持ってしまう程におじさんの言い分には腹が立った。
「それで、ここにいる竜人っておじさんはどういう人なのか分かるの?」
僕達は会話をしながら小屋の中に入る。当たり前だが、立てかけられていた棚の中身は全て床に零れ落ち、バインダーに束ねなれていた資料も乱雑にばら撒かれていた。
ふと、目に留まった資料を拾い集めて読んでみる。
○月○日
実験体を捕縛した我々は直ちに実験を行うことにした。
実験体は世にも珍しい竜人だということだった我々の心境は歓喜に震えた。世界に五人としかいない竜人のうち一人をこの手で調べ尽くせられると思うと、私の胸も躍ると言うことだ。
先ずは手始めに実験体の皮膚を切り刻む事にした。
いくら竜人でも人と同じ外見をしていたが為に死んでしまったときの事を考えると困るので、麻酔を投与出来るだけ実験体の精神にストレスがかからないように試みた。
実験の結果
竜人の身体は多少の切り傷ならば十秒とかからず、たちまち回復の兆しが見え始めた。
それは、この施設に捕らえられた竜人の実験記録だった。
日付は約一年前。次々とページをめくっていくと数々の残酷な手法で竜人を実験していたようだった。
普通の人間であれば死に直結するような傷であっても、治ってしまうがために何度も幾度と無く弄ばれていた。
一度殺してしまったらしいが、その竜人は不死であったとも書かれており、そこからの研究者達は歯止めが利かなくなったように実験体をなぶっている。
「………うっ」
急に吐き気を催した。内容が内容だけに気持ちが悪くなるのも当然だ。
「アイン。引き返したほうがいいかもしれん」
「え、どうして?」
急におじさんが冷静な声をあげる。資料の内容は僕を通してみたからだろう。この場にいる竜人が誰なのかも特定したような雰囲気だった。
「まずった、ラーミアまでだったらまだ良かったんだが、こりゃあだめだ。逃げたほうが良い。きれているあいつに近づいたら、命を落としかねん。例え竜人でもな」
おじさんにここまで言わせる妹とはいったいどういう人物なのか。不死の竜人という所からうすうす感じたおじさんは、僕がこれ以上先に進ませないために留めてくれているが。
「嫌だよ」
「はっ?」
「兄妹なら尚更助けに行かなくちゃ駄目でしょ。救いを求めているのに手を伸ばしてくれないなんて酷いお兄さんだよおじさん」
「いやいや、救いって。あいつがそう思う性質か?」
「そんなこと言われても僕は知らないよ。姉弟の気持ちが分かるって言ったのはおじさんだよ? じゃあ、僕はこの先を行くしかないじゃない?」
僕が先を進むたびにおじさんの声が否定の言葉を発し続けるが、僕は適当に流して小屋の中を進む。
濃くなっていく竜人の気配、そして肌に伝わってくる寒気は殺気だろうか。部屋の室内は暗闇が広がっており、灯りは一つもない。しかし、部屋の中心には確かに誰かがいるということがわかる。
暗がりに赤い光が二つ浮いている。軌跡を残すように線がゆらゆらと揺らぎ一層と気味悪さを際立てていく。明らかに視線はこちらの方へ向いているため、ここから逃げようとすることは不可能だ。
今更ながら、失敗したと軽く後悔しながらも、僕は竜人に近づいて話しかける。
「大丈夫?」
咄嗟に出てきた言葉がこれなら、もう少し考えて言葉を出せばよかった。この部屋に来る間には引きずった後が見られたのだ。床には誰かの血で染め上げられていたので、それが本人の血なのかは判明できない。
話しかけたのだが、聞こえなかったのだろうか? 視線はこちらに向いているのだが応答する気配が無い。
「聞こえている? おーい?」
一歩だけ歩み寄った瞬間だ。
「アイン!!」
明らかな警告、前振りもなしに頭の中でおじさんの声が響いたのと同時に僕の体が壁に激突した。
横合いから長細いようなもので殴られたような感覚に似ていたが、僕の立っていた場所には誰かがいたと言うわけではない。
つまり、この少女の力と言うわけになる。
「くっそ、キーアの奴、大分頭にきていやがるな。アイン、今だけでいいから逃げろ。お前では勝てん」
「勝てないってどういう意味さ。僕はこの人を助けるためにここに来たんだよ?」
「助けたいのも分かるが、その前にお前が死んだら意味がないだろ」
「っっでも!」
「……さっきから何をぶつぶつと」
少女が始めて姿を現した。長い黒髪と赤い瞳、着ていたワンピースは真っ白だったのだろうが、破壊された研究員達の血のものなのか、斑に赤く染め上がっている。
それだけならば、まだ人間との区別が付かないはずなのだが、ある一点だけが大きく異なる部分があった。
それは耳だ。
耳の部分だけが飛竜のように模られ、正真正銘竜人だと言うことが分かるほどだ。
「なんだ、まだ子供じゃないの。迷子かしら?」
少女の目は冷たいものだ。目の前の少女だって子供のような姿をしているくせに、なにを見てきたらこんな目が出来るのだろう。何を知ったらこんなに心が凍ってしまうのだろう。
その目があの日の時、あの雨の日の去り際のお姉ちゃんと被った。
「可哀想に、迷子か………ねえ、それじゃあさ、死ぬ前に私の話を聞いてよ」
目の前の竜人はしゃがみ込んで僕の隣に座る。死ぬことが前提なんだと、僕は心ながらにクスリと笑ってしまう。
「私にはさ、四人の妹がいるのよね? まだ生まれたばっかの四人ったらシスコンって言われるかもしれないけど、本当に可愛かったんだ。あ、今でも可愛いんだけどね。
でもね、私ってこんな形をしているから、大きくなった妹達は、お姉ちゃんである私を呼び捨てにするのよね。酷いと思わない?」
なんだろう、嬉々として語りだした彼女はすごく嬉しそうだ。酷いと言いながらも少女の表情には憂いが浮かんでいた。
「心配なの?」
「あたりまえでしょ? お姉ちゃんなんだもん。姉妹が心配じゃないお姉ちゃんなんていない」
そういった彼女は付け加えるように「…でも」と付け加えると。
「頭を撫でるだけは少しばかり寂しいかな? 長女って、結構ストレスが溜まるものなの。面倒を親から押し付けられても、長女がその責任を負わなければならないし、妹達は面倒ばっかり起こしては、お姉ちゃんに押し付けてくるし。
そう思うとね? 頼れるお兄ちゃんがいてほしかった」
竜人は遠い眼差しで天井を仰ぐ。誰を思っているのかは大体の予想は付く。お兄さんとは僕の中にいるシュクラのことだ。おじさんも今現在この世界にいる五人の竜人の名前を上げることができるし、この少女をキーアと呼んだ。
でも、この話しぶりからいくとキーアはシュクラのことを知らないような感じなのだが、どうなっているのだろうか?
「俺はこいつらが生まれた数日後に親父に殺されたんだよ」
ぼそりとシュクラは思い出したくも無い思い出だったのだろうか、憎悪のこもった声で呟いた。
小さい時の思い出か、記憶に残っているのも難しい話しだ。それこそ、一生忘れられない体験が深く刻み込まれているのなら別だが。
「いなかったの?」
「ううん、いたよ。いたけど、殺されちゃったの。強すぎる力が裏目に出てね。お父様に殺されちゃった」
「………どういう人だったの?」
「人間の癖に色々と聞いてくるわね。まあいいでしょう」
―――私もあんまり覚えていないんだけど、お兄ちゃんはすごい人だったのは覚えている。なにが凄かったのかは私の感覚なだけであって、もしかしたらほかの皆にとってはそうでもない能力なのかもしれないけれど、お父様の力の半分を与えられた人だった。
お父様はこの世界を創造した神様なのだけれど、そのお父様の持っている力の性質、破壊と再生を与えられていたの。
お父様は私だけに教えてくれたわ。
この星の候補者だったのよ、崇拝される為の神様としてね。でも、それは出来なかった。
思っていたよりも、お父様から頂いたその力が強大すぎたために、お兄ちゃんは制御できなくなったまま暴走した。暴走したお兄ちゃんはこの星を破壊しつくした。一時は半分くらい滅ぼしたらしいけれど、お父様が来てからは一瞬でその騒ぎは収まった。
恐ろしいお兄ちゃんだと思った。怖い人だとも思った。けれど、今でも私は覚えていることがある。
優しい笑顔で私の頭を撫でてくれたお兄ちゃんの表情は、絶対に忘れられないんだ。
「っと、長くなったかしら。それじゃあ今から殺すけど、何か言い残すことはある?」
「あるよ」
「へえ? どんなことを聞かせてくれるのかしら?」
「死にたくない」
「………へ?」
キーアが腕を振りかざしている所で、間抜けな返答をしたせいなのか、彼女は呆れたように僕を見下ろしていた。
殺すと宣言しておいて、死にたくないと聞いたら誰でも呆れてしまうだろう。絶対な死を宣告されている身とすれば、震えながら祈るように助けを請うだろうが、自分でも可笑しいけれど、きっぱりと言ってしまった事に抵抗がある。
「へえ、面白いわね。なんで生きる事にしがみつくのかしら?」
キーアは何度も人間を殺してきている。人が助けを請う瞬間だって何度だって目の当たりにし、絶望を与えた状態のままその身を潰してきた。
しかし、目の前の少年には、死ぬ前だというのに同じような理由を掲げながらも、その表情には一切の怯えが無いことに興味が湧いたのだ。
「お姉ちゃんを助けたいから」
「………」
姉を助けたいという言葉にキーアは何を思ったのだろう。姉思いのいい弟だと感じたのだろうか。
「それに僕は君を助けるためにここに来たんだ。死にたくはないよ」
「は? なんで私なんか――」
「僕はこう見えて王宮の竜騎士なんだ」
王宮と聞いた瞬間キーアの表情が一瞬にして曇る。それもそうだろう、自分を捕らえていた総本山だ。王宮に関連することを口に出せば、属している自分自身も、迷子ではなく敵となるに決まっている。
アインは立ち上がり有無を言わずにキーアの手をとった。強引に掴まれた事に嫌悪感をあらわにしたキーアは声を散らす。
「ふざけるな、また私を実験しようと連れ戻しに着たんでしょ! あんた達の考えていることはお見通しよ。手を放せ! この俗物が」
「嫌だ、絶対に放さない。王宮が貴方に何をやってきたのかは分かる。何度も何度も殺されている話だって言うのも分かる。王宮がひどい場所だって言うのも分かる」
「だったら放せ! 本当に殺すぞ!」
「殺されてもいいさ! でも、お姉ちゃんみたいに、王宮に実験された人を放っておけるもんか!」
アインは頑なにキーアの手を放さない。流石にイラついたのか、キーアの髪の毛が生き物めいてアインの身体を拘束していく。
「偽善をほざくな。人間なんか信じられるか!」
ぎりぎりと首もとを締め付けられているせいで言葉を発することすら出来なくなる。だが、アインはもがくようにキーアの首筋にまで手を宛がうと。
「我慢してよ?」
その瞬間アインの手の平からは電流が流れ出した。拘束していたキーアの髪の毛が緩くなるのと同時に、その小さな身体はアインの身体にもたれかかり、アインは優しく受けとめた。
これで気絶してくれなかったら危ない所だったと、内心ひやりとしながら立ち上がる。
「………お前、段々とこっち側になっていくよな? アインよ?」
「うるさい」
人間とは違う技が使えるのはもう一つの竜人としての血が働いているのはアインでも承知である。ただ、ここ最近感じていたことをシュクラに指摘されるのも面白くない話だった。
自分が危うくなるとシュクラが表立って活動を開始したことがあるのは三回だ。違う竜人であるのだが、純潔である竜人のシュクラが半端であるアインの身体を使えば使うほどに、竜人の血が覚醒し、人間として本来ある血が侵食されつつある。
話したことも無い父親の血ではあるが、それでも誇らしい人であることに変わりは無いために、竜人の血が人間の血を全て飲み込まれてしまうのは避けたかった。
自分の中から父親がいなくなってしまいそう、ただそれだけの理由だが、アインにとっては大事なことでもある。
しかし、母の竜人の血がこれまでの危機を退けているのも現実だ。今だって命の危険であったが、魔法と呼べる術で何とか回避している。
「だが、アインよぉ?」
「なに?」
アインは会話をしながらキーアの体を背負いこみ、出口まで歩みだす。
「キーアを連れた所で、王宮に連れて行くって事になるけれど、そこんところどうするんだ?」
なんだ、そんなことか。アインは心の中でシュクラをほくそ笑んだ。
「王宮にはもう戻らないよ。あそこにいたところで、何か変わるわけでもないからね」
これはずっと前から決めていたことだった。アルマとの戦闘を終え、決意を持ったあとからは、アインにとって王宮は既に意味がないと悟っていた。二年間も王宮に滞在していたのも、もしかすれば、アルマの情報が飛び込んでくるかもしれないという思惑があったからだ。
しかし、無駄な二年間も過ごしたアインはいずれ王宮を出ようという算段をしていたのだが、それが今日になっただけ。
「それに……」
「それに、なんだ?」
アインは背負っている竜人を気遣うように視線を向ける。
「この人もお姉ちゃんだし」
元を辿れば繋がる所は竜人の家系と言うことだけだが、アインにとってそれは同じ家族と言うことにもなる。おばさんという立ち位置ではあるキーアだが、さすがにおばさんと呼べるような容姿をしていない。
ふと、今を思えばミーナもお姉さんの立ち位置だということにアインは行き着いていた。
「………っは。はっはっはっは!」
シュクラは可笑しく笑うため、アインは鬱陶しそうに顔をしかめつつ歩を進める。
何が可笑しいのか、アインは頬を膨らませながら無視を決め込んでいると、笑いが収まったのか話はじめた。
「お前、変わっているよ」
「なにが?」
「俺たちを家族だって思うことがな」
「だって、家族じゃない?」
その一言にシュクラは軽く鼻で笑う。その意図に何が込められているのか。呆れているのか、それとも嬉しいのか。
そのことを問い詰めようとアインは口を開こうとした瞬間だ。
出口に行き着いたアインは同じ部隊の一人の竜騎士と鉢合わせをした。四人一組の小隊で竜人捜索をしていた一番隊の連中であるがために、この場にいるのは一人のわけが無い。
つまるところ、この一人のほかにはあと三人がどこかで潜んでいる事になる。
「アインじゃないか。どうだ、ここにいたのか?」
兵士がこちらに寄ったとき、兜の隙間だが僅かに瞼が大きく開いた。竜人の姿を確認した者は周りの竜騎士に知らせろというアクセスの命令を守るように、兵士は腰に下げていた笛を吹き鳴らした。波紋のように森に拡がっていく音を聞きつけた竜騎士が集まるのも時間の問題だ。
歯噛みをするような思いでアインは目の前の竜騎士を睨み、首元にぶら下げていた竜笛を吹いた。
竜笛とは、竜でしか聞くことが出来ない特殊な音波によって、呼び寄せることが出来る特別な品だ。ちなみに他の竜には聞くことができない。竜には竜にあった音の波長があるために、アインが吹いた竜笛に反応することは出来ない。実質、世界に一つしかない笛である。
「見つけたのなら早く知らせればいいのに、なんでしないんだ?」
「必要ないと思ったからだよ」
アインの言葉に、背負われているキーアの姿を見て納得する。寝ているのか、気絶しているのかを判断まではしていないが、兵士は言葉の通りに受け取って背中をむけた。
必要ないといった真意が分からなかったのなら、この兵士には眠ってもらおう。そう、アインはニコリと笑い魔力を地面に伝達させ、数本の柱を構築させた。
両膝を柱に貫かれた兵士は叫び声を上げながら地面に体を横たえアインを見やる。
「て、てめぇ、何を?」
「酷いなぁ、僕は副隊長なのに、敬語くらい使おうよ? アクセスにも、フィンにもさ?」
突き刺さったままの膝に片足を乗せてアインは体重をかける。貫かれた柱が奥に沈みこむ度に兵士の痛切な悲鳴が森に響く。
「知らせる必要が無いっていったけれど、どう思った? 僕がこの子を王宮に献上するとでも思った?」
「っぐ、良いのかよ。王宮に逆らうなんて、よっぽどのアホくらいだぜ」
ならばその阿呆にでもなってやろう。そんな阿呆はとっくの昔に自分の家族が既にやってのけている。王宮に反逆した罪でたとえ世界を敵に回す事になっても、アインにとっては恐れる事態でもなかった。
「なら、阿呆って呼んでくれても構わないよ」
アインの手の平が兵士の顔を覆う。
「ま、待て待て待て!! お前! 本当にそれでいいのかよ? 逃げられなくなるぜ? それでも本当に―――」
兵士が全てを言い切る前にアインの中では答えが決まっている。それを問われるまでなく、それが既に決意を持った答えだから。
電流が兵士の脳をショートさせ、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「構わないよ。たとえ世界の全てを敵に回そうとしても、僕は家族を救済するから」
その言葉が今のアインの目標だった。救済。ただし世界を救うという内容ではなく、近しい人間だけを助けるといった、いわばエゴに近い内容だ。
その場を離れること数分後駆けつけた竜騎士たちがアインを囲む。
やれやれといった風にアインは溜め息をつきながら、足を止めるわけでもなく竜騎士の波を掻き分けようとするが、一人の竜騎士に阻まれた。
先ほどの兵士とはうって変わり、背丈は二倍ほどある巨漢の男がアインの行く先に立ち止まり、鞘から剣を抜く。
「おいおい副隊長、そんなことをすれば隊長や団長が悲しむんじゃ無いのか?」
「退いてください。貴方たちに用はありません」
「お前が無くても、俺たちにはあるんだよ。お前が背負っているその竜人にな!」
振り下ろされる大剣を、身体を軽く捻って回避。最早この竜騎士たちに何を言った所で無駄だろう。アインはそう考えて戦闘の体勢に入ろうとしたが、背負っている少女のことを考えると魔法の類は使えないことに至る。
アインの魔法は自分の身体向上と攻撃型のタイプである。つまるところアインが魔法を使うものなら、アインに触れているキーアの身体にもダメージが及んでしまうのだ。
しかし、この程度ならばアインの力を出さずとも勝てる相手である。
「用はないって言ったはずだよ?」
一瞬にして間合いに入り込んだアインは大男の腹部に蹴りをくらわせた。大きく仰け反るように後退した大男は苦悶に顔を歪めながら敵となったアインを見据えようとしたが、既に勝敗は決着している。
「敵から視線を逸らすなって前々から言っていたはずだけど?」
視界の外から聞こえてくる少年の声。大男は視線を声の主がいる方向へと首を向けるが、視界に飛び込んできたのは細長い布きれのようなものだった。それがアインの脚絆であることに理解が及ぶまでには遅すぎる。
巻きつくように大男の首筋には脚が掛けられ、大男の世界はぐるりと反転する。空を仰ぎ見ている大男の目には何が映ったのだろうか。その映像は竜人を庇いながら、ただ身のこなしと足技だけで圧倒した少年の姿だ。
少年の瞳に迷いは無い。打ち下ろされるアインの一撃は大男の腹筋をいとも容易く貫いて地面を割った。
これがアインの中で合図となった。周りにいる元部下であった竜騎士を敵とみなした。一人の竜騎士が喚きながらアインへと向かう。その他大勢の竜騎士も悟ったのだろう。目の前にいる少年は敵になったのだと。
一番隊の精鋭達が牙をむく。竜騎士部隊の中でも名のある強豪達の手を持ってして副隊長を止めよう、いや、殺そうとした。何かが起こる前に少年を殺して竜騎士の身柄を確保しようと全員が一丸となってアインへと襲い掛かる。
「うおおおおおおっっっっ!!!」
竜騎士たちの怒号を受け流すようにアインは迎え撃つ。森であるにも関わらず、地形の状況をお互いは把握し、木々を薙ぎ倒しながら、舞い散る木の葉を鬱陶しそうに、軍勢は数で押し切ろうとする。
しかし、だれが見ても不利な状況であるにも拘らず、アインの方が優勢だと三者から見ても、いや、当の本人達もアインのかけ離れた強さを認識するには時間は掛からなかった。
そもそも人を背負いながらも戦いを優勢に繰り広げている時点で竜騎士たちは分からなければならなかったのだ。大男を軽々と気絶まで追い込んだ少年の強さを悔い改めなければならなかったのだ。
いや、それよりも時代を遡るのならば、それは少年が竜騎士試験でミリとアクセスに勝利したその時にアインの強さを知っていなければならなかったのだ。
ぬくぬくと訓練だけをしてきた王宮の竜騎士風情が、長く険しい旅を続けながら、命のやりとりをしてきた少年に勝てるなんて思うことだけでも驕っている。
数分後、辺り一帯には竜騎士たちが全員倒れている状態で片付いていた。両手を一切使わず、身のこなしと足技だけで大人達を負かせたアインの目の前に、先ほど竜笛で呼んだナーガが到着した。
翼は生えているものの、未熟な状態であり空を飛ぶことはできないが、人間の足で逃げるよりはずっと早いだろう。
キーアを背中に乗せ、アインもナーガに乗り込もうと鞍に手をかけた瞬間だった。
「待て、アイン」
まるで怒りを押し殺したような声色でアインの前に立ったのはアクセスだった。その傍らには勿論フィンもいる。振り返ったアインは二人を見やり、目を細める。
「………なに?」
「お前、その子を連れてどうするんだ?」
「連れて逃げる」
間を入れないで答えきったアインに、アクセスは奥歯を強く噛み締めながら強く睨み付ける。アクセスも分かっているのだ。これくらいでアインが思いとどまるような奴ではないと。
「王宮を敵にしてもか?」
「うん」
返ってくる答えも予想のうちだ。アクセスは上着を脱いで戦闘態勢に構える。アインもその意図を読み取ったのか構える。フィンはこうなることが分かっていたように、身体を震わせながら両腕で自分を抱く。無力な自分を攻めるように唇を噛み、血が流れる。
二人の間に静寂とした空気が漂う。張り詰められた糸のように、鋭利なものが触れただけで弾けるようなそれと同じだ。
始めに動いたのはアインだった。十メートルは離れていたであろう距離を一瞬にして詰め寄ったアインの動きにアクセスは翻弄される。遠くにいたアインの姿が揺らいだかと思えば、気付いた時には自分の間合いに飛び込んできているのだ。接近戦を得意とするアクセスでもアインのように拳士としての間合いがレベルの差を歴然とさせる。
平然を装っているように振る舞うアクセスだが、反応するだけで既に体中は汗の膜で覆われているだろう。
大きく地鳴りを鳴らすかのような震脚と同調するように、最短距離で真っ直ぐに突き出される崩拳を、構えで突き出していたアクセスの右手がそれを阻んだ。
打ち上げられたアインの手。がら空きとなった顔にアクセスのパンチが二手入り、追撃に膝蹴りを繰り出すが、アインの腕がアクセスの脚を絡めとると、宙に二度三度アクセスの身体が回転しながら受け流されていた。
軽々と投げられただけのアクセスに傷は無いが、宙を舞い着地したその空いた時間が大きな隙となる。
「っく!」
顔を上げたアクセスはアインの姿を確認しようと視線を張り巡らせるが、死角から繰り出されるアインの攻撃を、勘だけで防いだ。防御した腕が折れたのではないのかと錯覚するほどの一撃、極め付けに一瞬で間合いを詰めるアインの速さを思慮した上でアクセスはやはりアインに勝てないと判断した。
だが、それでもアクセスは止めようと拳を振るい続けた。ことごとくその拳は空を切り、受け流され、逆にカウンターを貰う。
数分で決着は付いていた。アインも友人のよしみで致命傷までは傷つけていないが、尚立ち上がるアクセスにイラつきさえ覚えていた。
「アクセス、何でそこまでして止めようとするのさ? 他人なんだから、親身になるほど傷つかなくてもいいじゃないか」
「………他人?」
アインが発した単語に、アクセスはこれ以上のない怒りを表した。
「ふざけるな!! 誰が他人だ!!」
憤怒の形相でアクセスはアインに殴りかかる。しかし、怒りに任せた攻撃は大振りとなり、簡単に避けられ足を引っ掛けられて転ばせられた。転げまわる姿は団長とは思えない無様さだ。しかし笑おうとするものは誰もいない。アインが他の竜騎士を屠ったのもあったが、アイン自身がアクセスの希薄に押されつつあったからだ。
「俺はずっと、お前たちのことを友達だと思っていた。俺は小さい時に両親を失って家族はノラだけだった。王都の悪餓鬼で名を広めていた俺は、竜騎士だったミリに負けたよ。大人でも手に負えなかった俺を同い年だったあいつに負けたことが凄く悔しかったんだ。だから俺は竜騎士になった」
ボロボロになったアクセスの体はだれが見ても動ける状態ではなかった。そのためアインもアクセスが立て見せる体力に驚きを隠せないでいた。
「王宮には父親の代わりとなってくれた総長がいた。友人のミリがいた。そして大切なフィンもいる。
二年前に外から来た奴に俺が負けるわけが無いと思っていたが、そいつははるかに俺たちより強くて、そして、誰よりも放っておけない友人なんだよ!!」
「………アクセス」
「だからよぉ、もう俺は離れ離れになるのは嫌なんだよ。一人は嫌なんだよ!」
もはやアクセスの足は立っていることさえままならない。それでもアクセスはアインへと足を引きずってでも進む。
「別れは辛いけれど、僕には僕のやりたいことがあるんだ」
アインはそっとアクセスの身体に腕をまわす。支えきれなくなった身体はアインへと寄りかかる。
「ありがとうアクセス。それと、ごめんね? 僕を裏切り者だって恨んでくれたっていい。反逆者だって罵ってくれても良い。でも、やっぱり僕はお姉ちゃんを助けたいんだ」
アインの言葉をアクセスは何処まで聞いていたのだろうか。気力を使い果たしたアクセスは立ったまま気絶をしていたが、その表情には笑みが綻んでいた。
納得のいった説明だったのか、それともアクセス自身が答えを得たのか。その寝顔は穏やかだ。
駆け寄ってきたフィンにアクセスを預けたアインはフィンを見やる。
「行くの?」
フィンの言葉にアインは頷いてナーガに乗り込んだ。
これから先は自分ひとりの戦いだ。王宮を裏切ったと言う報告が上部に知れ渡るのも遅くは無く、フィンやアクセスはアインのことを殉職したと言うだろうが、他の竜騎士たちがそれを言わない筈が無い。
また一人になってしまったと、アインは流れていく風景を眺めながらそう思い老ける。
少女の髪に手を触れて梳いてやると耳元に視線が集中する。竜人の証であるパーツというのも変だが、ミーナには竜角があったわけで彼女にも何かしらの竜人と人間の区別が付きやすい場所が耳に大きく現れていただけだ。
他の竜人も同じように身体に現れているのだろうかと思いつつも、気がつけば日は沈みきっていて夜となっていた。
ナーガから降りてキーアの身体を横たえさせる。こうしてみるとただの人間と同じ姿をした少女だ。いや、ミーナ自体も、なにより自分自身が人と違う姿をしているわけではない。
純粋な竜人であるが故に竜の名残が出ているのかもしれない。姿こそ見た事はないが、シュクラも竜の名残があるかもしれないのだ。
アインは落ちていた枯葉や薪を拾ってくるとナーガは口から火を吐いた。苦労して火をつける方法もあるが、ナーガも大人に近づいたおかげで火竜としての器官が成長しているのだ。後は飛べるようになれば移動も楽なのだが、飛竜種はあることをしないと翼が完全に拡がることができないらしい。
―――フォマルの泉
昔から語り継がれているその泉には、竜の成長を促進させる作用がある泉があるらしい。行ったことはないが、王宮をから逃げ出したアインにとっては、調度良い旅の寄り道だった。
飛竜種であるナーガの最後の成長の為に一肌脱いでやることも出来るし、なによりキーアを保護できるためでもあった。
これからの旅には必要な手段だろうし、次の目的地にはちょうどよかった。
「さてと、寝ようかな」




