~捕らわれた竜人~
その昔、王宮から出回った竜人捕獲のおふれにより、一人の竜人を捕まえる事に成功していた。
普通では捕まえることすら困難な竜人が何故捕まえることが出来たのか?
理由は簡単、ただその竜人が他の竜人よりはるかに劣っていたからだった。
その竜人は時空間を超越することは出来ない。その竜人は身体から怪物を召喚させること一つ、人間達は偉業を成し遂げている。
はできないし、その竜人は炎を身に纏うことができたり、波動を扱えるような武術だったりと戦いにおける事柄は皆無に等しい。
故に捕まったのだ。
人間ごときに捕まってしまうような竜人とはどれほど弱いのだろうか? そもそも本当に竜人なのか?
案ずる無かれ、ソレは人間ではなく、間違いなく竜人だ。
と言っても、竜人も生命体だ。命は無限ではないだろう。一定以上のダメージを負わされれば生命活動を終えることも、遠い昔に竜神が白竜人に下した裁きが語っている。
さて、ここまでで命の事に物語っておいてなんだが、人間に捕まった竜人は戦闘における手段は皆無だが、自己修復だけならどの竜人よりも卓越している。
ようは、その竜人には終わりがないということだけだった。
不老不死という言葉があるように、その竜人は不死だった。王宮につかまったその竜人は今でも様々な研究によって身体を切り刻まれているに違いないだろう。
可哀想に、その竜人こそが五人の竜人の中で一番厄介な竜人だとはだれも思ってもいなかったのだから。
―――とある研究所。
真っ暗な室内には、数人の白衣を着た人間達が鋭利な刃物を持っては横たわる死体を解体していた。
嬉々としてその身体を解体していくも者、あるいは不思議そうに、死体の頭部から脳を、眼球を、はたまた皮膚を引き剥がしては何度も目の前で行われる奇跡を目の当たりにしては頭を悩ましていた。
ベッドは既に死体の血で真っ赤に染め上げられ、周りには解剖した臓器を大事そうに液で漬けてある。何本ものビンが棚に置かれており、外部から見れば気味が悪い部屋だろう。
「やはり、これは異質だな。さすが竜人と言うべきか」
手袋についた血を洗い流すように水で濯ぎ手袋を取って眼鏡を外す。この人間がこの班のリーダーだ。
過去に人間達が竜人を捕まえたことは無いために、男はただ全うに責務を果たそうとしているだけだ。
竜騎士総長二代目が設立した第一研究所はアルマによって爆破されたが、竜人を捕まえた王宮の研究所にとっては、すでに人竜の作成はどうでもよかった。
第二に作り上げられたこの研究所には、第一研究所での人竜作成の引継ぎは勿論、今日も解体された竜人の研究が最重要に進められている。
だが、死んでしまっては元も子もないだろうと思ってしまうだろう。しかし、横たわっている少女の形をした竜人こそが唯一の不死の身体をした竜人だった。
「休憩後にまた実験だな。次は脳髄を取り外して隔離をするのと、火竜による高熱による分解審問だな」
チーフが周りの研究者に声をかけて扉から出て行く。チーフの言葉に周りも同意しながら休憩に入ろうと血にまみれた前掛けを外す。
「チーフも人でなしだよな? 少女の身体を否応無く弄り倒すんだもん」
チラリと男は診査台の上で横たわっている死体を流し見る。その死体は徐々に削り取られた皮膚や血液が元の身体に収まろうと治っていく。
「でもよ、王宮は昔竜人と交戦したって話があるじゃん? その時は、こんなに傷ついたって治るのが遅かったって話だったんだよ」
「あ~、それか。資料では、その時の竜人は出産直後でかなり弱っていたって話らしい。そもそも、竜人も一つの生き物なんだから死の概念ぐらいはあるはずなんだが……」
診査台が大きく揺れ動き、研究者達は少女を見る。
「もう再生したぞ?」
「恐るべき治癒能力だな」
「しっかし、これを解明できたところでなにか人類の役に立つのかよ?」
研究者達は診査台で意識を取り戻した少女に近づく。
完全治癒とまではいかないが、切り落とされた腕や足が、逆再生された映像のように再び断面へと引っ付くと、切断面がぴったりとくっついて行く。
最初から傷事態が無かったかのように、少女の身体は自己再生した。
「―――っかは!?」
荒々しく少女は息を吐き、部屋を見渡す。
再生したのを見越したかの用に、チーフは診察室へと入ると、少女の腕を引っ張る。だが、少女の身体はベッドの四隅から伸びる拘束具によって自由を奪われており、ベッドだけが大きく動くだけだ。
その行動を見かねた周りは拘束具のことをチーフに促した。
「チーフ、まだ拘束したままですよ」
「それなら、さっさと放してやれ。次の研究に取り掛かるぞ」
「分かりました」
男達が少女の拘束を解くと、チーフは少女の身体を強引に動かした。少女は次に何をやるのかを予感していた。
「また………実験? 次は……何?」
「そうだな、竜人には炎が効かないって話を聞いたことがあるが、俺は知っている。お前の皮膚は炎を通すし、冷却を施しても焼ける。竜人の癖にその身体は人間と全く変わらない」
「だったら……もう、私なんか使わなくても………」
「それは駄目だ、折角の実験体を手放すわけにも行かないだろう?」
会話を終えた二人は、一つの部屋に入った。その部屋は他の室内より広く、それでいて真っ白な部屋で構成されていた。
唯一異形なものがあるとすれば、目の前で目を閉じている火竜だけ。少女は一瞬で悟る。
「なるほどね…焼けるのが見たいんだ、貴方は」
「おお、よく分かっているじゃねえか?」
男は少女を突き飛ばして部屋から出る。転んだ拍子に出た音で部屋の竜が目を覚ますと少女をぎらつく眼で見据えた。
少女は臆せず火竜を見つめると、鼻で笑った。その嘲笑にも似た笑いは、何に笑ったのだろうか。
火竜が口を開く。
口腔が赤く光り、口の周りには熱気が立ち込めてくると、溜まった炎が球体となって火竜の口の前に現れる。
火炎弾が少女に向かって放たれる。
もう、これで何度目だろうかと、少女は思う。
王宮に捕まってからは何度同じようなことをされただろう。一度だけ死んでしまった身体であったが、身体の一部がそこに隔離されていたために、同じ場所に再甦生してしまった。
そこからだ、王宮の研究者達が目の色を変えたのは。一度殺してしまってもここに戻ってくるのが分かってしまった彼らは、自分が死ぬ一歩手前の所まで傷をつける様になった。
普通の人間なら死んでいるような傷であっても、再生力のほうが早い自分の体がこんなにも恨めしいと思ったことは無い。
なまじ意識が残っている分、身体の隅々に刃物を入れられる痛みがどれぐらいの程のものなのかを教えてやりたい。
五臓六腑は取り出されてしまっているが、再生したこの身体に収まっているので、液に浸してある前の内臓器官諸々は、そのうち消えるだろう。
限界も近い。
私の中に溜まってきた負の感情。人間達が司る負の感情を私は観測している。
これまでの日数分を使ってもいいのだが、それではこの人間達の命が簡単に消えてしまうだろう。
だから少しずつ、徐々に徐々に死なない程度に痛めつけてから殺してやろう。そう私は笑って火炎弾を掻き消した。
火竜が大きく目を見開く。それもそうだろう、この火竜はいつも私を焼いてくれる火竜ではない。可哀想に、研究者達の研究のためだけに連れてこられたこの子には罪もないだろうけれど、この数年にも及ぶ私の中に凝り固まった怨嗟の最初の捌け口先はこの子で済ませよう。何、ほんの一か月分だ、楽に殺してあげるから。
黒い玉を構築する。人間で言う魔法と呼ばれる現象だ。ほんとうにこれが魔法と言う類なのならば、研究者達は瞳を輝かせているに違いないだろう。
無軌道な音、不気味な色。この黒玉にはこれまで溜めてきた憎悪を含ませたものだ。
「これ、あげる」
私はそう言って、火竜の身体に放ってやった。黒玉は何事も無いように火竜の中へと侵入すると、苦しそうに声をあげだした火竜が暴れだした。
身体の節々には切り傷のような痣が浮き出ると、立っていられなくなったのかその身体を横たえて悶え苦しみ、ガラス張りの部屋に体当たりを行った。
そうそう、ひどい時にはああやって深い傷を負わされたものだ。
痛くて苦しい一ヶ月、その痛みに耐えられて生きていられたのなら、火竜の命は大したものだが、それが常人であれば死んでいる傷なので、竜の強さから行けば三日くらいは行き続けるか。
しまった、可哀想なことをしたな。
心にも無いことを思い煩いながら少女は悠々と扉から顔をだした瞬間。その実験の様子を見ていた研究員が襲い掛かった。
取り押さえようとした研究員は少女の身体に触れたその時だ。
「気安く触るな、塵芥の分際で」
臓腑をも凍りつかせるような冷たい声が発せられ、研究員の身体がまるで重たい物に押し潰されるかのように地にひれ伏した。
「っぐっっっおぉぉぉ!?」
「知ってる? この重さって、あなた達が私にした物と同じ重さなんだけれど、気分はどうか、教えて欲しいな」
少女は冷め切った眼で一人の研究員を見つめる。その研究員こそ、他でもないチーフに任されていた研究員だった。
既に他の研究員は見るも無残な形で潰されていた。それこそ、昔は遊んだであろう粘土細工のようにぺしゃんことなってだ。
何故この男が同じようになっていないかと言うと、それはただ単に、彼女が手加減をしていたからだ。
一番ひどい目に合わされていた人間を、簡単に殺してしまうのは勿体無いからという、簡素な理由だ。ただし、少女には徐々に苦しめてから殺してやろうという趣味はない。
少女はクスリと笑って両手を胸の上に置き、どこにそんな力があったのかと思わせるほどの力で自分の皮膚を引き裂き、心臓を抉り出した。
血に染まり、どくどくと脈打つ心臓を掲げながら少女はチーフを笑う。
「見せてあげる、貴方達が血眼になって探している一つの奇跡を」
言葉にならない声をあげながらチーフは、それでも研究者の意地として死にそうな目に合いながらも黒い髪の少女がこれから行うであろう魔法を見たかったのだ。
臓腑は潰れ、骨も筋肉も地面と同化しそうになりながらも、研究者の頭はただ実験と考査、そして結果を知りたいが故に命を落とすだろう。
そして小さく少女は呟きながら自分の心臓を握りつぶした。
「サヨウナラ」




