~友達~
ミドさんの話を聞いてからずっと、僕はこのお墓に毎日通っていた。
顔を知らない父親の墓標、声も雰囲気とか覚えていない父親。そもそもこの墓には父親の遺骨と言うものが入っていないので、あまりお墓としては意味がないと僕は思っている。
でも、無いままでいるよりは、こうして義理のお墓を立てられる事によって、その人が存在したんだと言う照明にもなる。
「ねえ、お父さん。僕はどうすればいいのかな?」
錆びている片手剣に話しかけるように、胸の内を回っている黒い塊をさらけ出すように、僕は話しかける。
当たり前だけど、返事が帰ってくることは無い。
「ずっと、追い続けていた人が、実は家族で。しかもお姉ちゃんだったなんてさ………」
唯一の家族を手にかけなければいけないのだろうか? 王宮はお姉ちゃんを捕らえようと必死になって探し回っている。
頼みの綱であるミドさんは保護したいという考えらしいが、世界を統べる大国を一人で敵に回せるほどの事を出来るのだろうか。
いや、あの人の言葉、あの人の決心は揺らぐことの無い本物の意思だ。
かつて、一人の女性を救わんと、強大な武力に一人で立ち向かった父親のように。
「今思うと、王宮に着くまでの三年間の旅は面白いことばかりだったよ? ナーガと一緒に野原を歩いたりさ、優しい大人の人がここまで連れてきてくれたりさ」
これまでの僕の人生を父親にすべて聞かせるように僕は喋る。
きっと、聞いてくれていると信じてだ。
「お父さんって、凄い人だったんだね。お姉ちゃんは何も言わなかったけれど、お母さんは絶賛していたよ?」
話の流れで口走った事に僕はもう一つ思い出すように父に報告する。
「そうそう、お父さん。僕ね? ここに来る前にお母さんに会ったんだよ? すごいでしょ?
………お母さんはね? すごく傷ついていたんだ。自分のせいで家族の皆がばらばらになったって、ずっと傷ついていた。僕を一人にさせてしまったこと、お姉ちゃんを助けられなかったこと、お父さんを死なせてしまった事に、ずっと傷ついていた。
でも、僕はね感謝しているよ? 外の世界を見せてくれたことや、僕を産んでくれてありがとうって」
強い風が墓地の中で吹き荒れた。マントが飛んでいってしまいそうな程にだ。
聞いてくれていたのだろうか、風が入り込むような場所ではない墓地なのに、珍しいこともあるもんだ。
「ねぇお父さん。僕はどうすればいいのかな? お姉ちゃんを、どうすればいいのかな?」
世界に一人しかいない姉にもう一度対面した時に、自分は本当に刃を向けることが出来るのかと、ずっと迷っていた。
殺してしまうのではないのかと、ずっと迷っていた。
「迷うことなんてないんじゃないのか?」
不意に背後からの声に驚いて、慌てて振り向くとそこにはミリがいた。
「………ミリ、怪我は大丈夫なの?」
「おかげさまでな、完治に二週間はかかったよ。俺たちで二週間なんだから、他のやつらだったら一ヶ月はざらかな?」
にんまりと笑いながらミリはこちらに近づいてくる。
そっか、もう怪我は治っていたんだ。よかった。
「お前のいる所なんて分からないから親父に聞いてみたんだ」
「そしたら、ここにいるって?」
「ああ」
ミリは僕の後ろに立って、同じように墓を眺める。
「これは誰のお墓なんだ?」
「………僕のお父さん」
「本当か? お前の父さん竜騎士だったのか?」
「らしいね。実際、僕は顔も知らないんだけどね………」
ミリは故人の名前が刻まれている墓石を見て驚いていた。
「初代総長の息子だったのか? あ、悪い。お前は知らないんだっけか」
ミリは先ほどの言葉を思い出したようにもう一度墓を眺めた。
僕たちの間には長い沈黙の空気が漂う。さすがに気まずくもなったので、僕はミリが言ったことを聞いてみた。
「さっきミリは……迷う必要が無いって言っていたけど、どうして?」
「アルマさんは、お前の姉さんなんだろ? だったら迷うことなんて無いだろ? お前がやりたいことをやればいいだけの話じゃないか」
「やりたいこと………」
「ややこしいから余り考えたくないけどさ。俺だったら助けるよ。生き別れた家族なんだとしたら尚更な?」
にんまりと笑いながらミリは僕を見つめる。
そっか、助けるか………。ミリの言葉に僕は頷いて立ち上がる。
「ありがとうミリ。考えが固まったよ」
悩んでいた事によって心で渦巻いていた靄は、ミリのおかげですべて晴れてくれた。
世界を敵にまわしてしまった姉をどうして世界と同じように加担しなければならないのか。
お姉ちゃんが僕を守ってあげると言ってくれたように、僕がお姉ちゃんを守ってあげなければならない。
たとえその行為が、世界の全てを敵に回す行為だったとしても。
「そういえば、ミリは僕になんのようだったの?」
「ん? ああ、そうだったな」
ミリはそう言って、僕の手をいきなり握ると。
「着いて来い。話があるんだ」
それは、余りにも突然だったこともあるし、なにかと真剣な顔をしていたミリの表情に圧倒された僕は、否定することが出来なかった。
だいたい、こうもがっちりと手を握られているので逃げようにも逃げられない。
「一体、何処に行こうっていうのさ?」
引っ張られるように王宮の廊下を早歩きで僕らは歩く。
なんだか怒っているようにも見えるし、これは………焦り? ミリの手の平から伝わる熱。
質問しても返答してこないので、逆に困るのは僕の方だ。
すると急にミリは立ち止まるや否や、僕を壁に押し付けて両手で逃げられないようにした。
「………えっ!?」
これから金品を巻き上げるような慣れ親しんだ状況に僕は驚いてしまう。
「悪いな、本当ならフィンの部屋に行こうとしたんだが、先に確認させてもらうぞ?」
「な、何を?」
人通りが少ないからって、こんな状況人が見たら誤解されてしまいそうだ。なんか顔も近いし。
「お前、竜人だろ?」
「―――っ!?」
押しのけようとミリの手を掴もうとするが、逆にミリに両手とも拘束されてしまう。
「逃げるな。俺は真実を知りたいだけだ」
「だからって、ここまでのことをするものなの!?」
強く振りほどこうとしてもミリから逃げられる気配が無い。つまり、ミリは本気で僕のことを知ろうと話を聞いている。
「こんな風にお前は逃げるだろうって、わかっているからこそ、ここまでのことをしなければならないんだよ!」
強く壁に叩きつけられる。
「俺は……竜人が嫌いだ。人のことを考えず、ただ自分のことしか考えていないような奴らだ」
「――っち、違う! お母さんは、ミーナは自分のことしか考えてなんかいない!!」
「いーや、違うねっ!! あいつらは自分勝手だ!! 自分がいるから周りが不幸になるとか考えて、残された後の事を考えていない。
なぁアイン? お前が竜人だって言うのなら教えてくれ。なんでお前達は自分を信じないんだって。なんで周りを信じてやらないんだよ!」
ミリの嘆きは誰に当てられているのかは分からない。竜人の誰かに向けられた言葉なのだろう。
昔、ミリに竜人に関して何があったのかは分からない。けれど、半端の僕には、ミリに送る言葉は見つからなかった。
「ごめんねミリ。君が誰にその言葉を言っているのかは分からない。でも、これだけは言わせて」
伏せていたミリの顔が上がる。目尻には少しだけ涙が溜まっていた。
「ありがとう」
人のために本気で怒ってくれていた、本気で心配してくれていたんだ。それにミリはお前達と言ってくれた。
こういう人に出会えたからこそ竜人はその人に幸せであって欲しかったのだろう。それが、毎回良くない方向に進んでしまうだけ。
好きな人に不幸が寄り付いてほしくなかったから、その竜人はミリたちの前から姿を消したのだろう。
考えもしなかった。その人の幸福を願っていたのに、自分がいなくなることでその人は幸福ではなくなってしまうのだと。
「それじゃあ、僕はミリを信じるから、ミリも僕を信じてよ? ね? 僕達は友達なんだから」
「ああ、信じるよ。俺達は友達だからな」




