~二度目の覚醒~
「しょ……勝者、アイン」
審判が手を挙げて僕の勝利宣言をする。それと同時に観客の歓声が湧き上がるかと思っていたのだが、どうやら今回は違ったようだ。
場内は静まり返っており、担架で運ばれていくアクセスに取り付けられた器具だけが音として成り立っていた。
全員がポカーンとしている中で一人の女の子が僕の前に現れる。
「あ、アイン!!」
「あれ? どうしたのフィ――」
パァンと、唐突な平手打ちの音が鳴り渡る。
あまりにも突然だったので避けることもできずにただ受けてしまったが、フィンの方へ向き直ると彼女は涙を流していた。
それ以上何も語ることが無いというように僕を一瞥して、運ばれているアクセスのもとにまで走っていった。
なんで叩かれたのだろうかと謎に思ったけれど、フィンの涙を見たあとになんとなく、僕はいけない事をしてしまったのだと思ったら、悲しい気持ちになってきた。
「別に悲しむ必要はないぜアイン?」
嘲笑するような言動に僕は顔を上げる。
オレンジ色の髪の毛と翡翠のような緑色の瞳。確か、フィンと一緒に総長の部屋に入った時に居た子供だ。
「えっと……ミリだっけ?」
ミリは鼻で笑って運ばれていくアクセスと付き添っているフィンを見つめて言う。
「あいつら昔っから好きあっているくせにさ、どっちも正直じゃないから見ているこっちがイライラするんだよ。アクセスが重傷になっているのをみて心配したんだろうな」
ミリの言葉を聞いて半分納得した。なるほど、だから僕は叩かれたのか。
自分では何も出来なかったフィンは、アクセスに怪我をさせた僕に八つ当たりをしたということか。
「次の相手は俺だけど、準備はいいか?」
「君は、見に行ってあげないの?」
早く試合をしようと急いているようにも見えた僕は、怪我をさせてしまったアクセスの心配をしないのかと、ミリに聞いた。
「休憩でもしたいのか?」
僕としては休憩したいという気持ちは無い。だが、胸の奥がズキズキしている事に関しては時間が欲しかった。
だから、なんとなく頷いてしまう。
「………まぁ、いいけど。俺が帰ってくるまでには回復しておけよ?」
ミリは去り際に舌打ちをしてアクセスのもとにまで歩いて行った。
会場は次の対戦相手が一番隊のミリだと分かったのか、ざわついて待っている。
「う…」
時間が経つと体に痛みが現れ出した。久しぶりの対人との試合は痛い経験で幕を閉じたが、本当に面白かった。
こんなにも怪我をしたのも久しぶりで、世界はまだ広いんだなって思う。
次の相手はさっきの子。二番隊のアクセスよりも強い地位にいるのだから強いはずだ。普通ならワクワクする境遇のはずなのに、僕はアクセスとの試合で殴られた痛みよりもフィンに殴られた頬の余韻がずっと残っていた。
ため息を漏らすと、いつの間にそこにいたのか、ナーガが足元に擦り寄ってこちらを見ている。
「はは、僕はいつの間にか友達を傷つけていたよ」
ナーガの頭を撫でてやる。猫のようにナーガは目を伏せて気持ちよさそうに受け入れている。
友達を作りなさいと、ミーナは言っていたっけ。信頼できる人を作りなさい、悩みを共有できる人を作りなさいって。
でも、それをできるのはごく僅かな人だけであり、表面上しか付き合うことが出来ないのだ。
友達って作るの大変だなぁ。
「待たせたな、どうだ? 回復したか? ………その様子じゃまだダメっぽいな」
気がつけば目の前にはミリがスタンバイをしていた。立ち上がって僕たちは互いに見合う。
審判がゴングの合図を促し、会場は歓声の嵐が舞った。
「ん?」
戦闘態勢に入ったアインは、ミリが無防備に差し出した手のひらに一瞬警戒をした。
「まずは握手だ。これから戦う相手に敬意を払わないといけないだろ?」
にこやかにミリは言い放つ。アインはミリの策略だとも考えたが、たしかにミリの言うことに一理あると思い、手を握ろうとした瞬間だった。
「はっ! お人好しめ!!」
アインの手を握ったミリは自分の傍へとアインの体を引き寄せた。寄りかかるように体勢が崩れたアインの頭を鷲掴むと、顔面に膝蹴りをお見舞いした。
「うっ!」
離れようとアインは後ろに跳ぼうとするが、がっちりと絡め取るように掴まれた手がそれを許さない。
ミリの足先がアインの顎を跳ね飛ばす。
意識が飛びかけたアインには隙が十分にありすぎた。先手必勝を心がけていたミリは、この瞬間に全てを注ぎ込んでいたのかもしれない。
アクセスよりも鈍重な一撃ではないが、それでも人を撲殺するくらいなら容易い攻撃が容赦なくアインの体に叩き込まれた。
うつ伏せに倒れようとしたアインの髪の毛を掴んで無理やりミリは立たせる。
「おいおい、まさかこんなもんじゃないだろう? アクセスを相手に手を抜いているのは分かっていたんだ。それとも、俺相手でも手加減しないと駄目なのか?」
だが、アインからの返事は無い。
「っち」
アインの体が地に伏せる。これ以上は必要がないとミリは審判へと目線を移して試合を終了させようとした。
「………あっ」
審判は幽霊でも見るようにミリの背後の方を見て驚いていた。
「なんだ、どうし――」
同じようにミリも背後を振り返った瞬間だった。硬い何かが顔にぶち当たり、目の奥で火花が散る。
「ぐはっ!?」
顔の痛みを手で覆っている間にアインの体はミリの懐へと侵入している。防御をしようにも対処は追いつく筈も無く、アインの掌打が体を貫いた。
一撃で身体の機能を奪い去るような規格外の衝撃にミリは悪態を付く。
「冗談じゃねぇ! っくそ、離れろ!」
アインの体を踏みつけて後ろに跳ぶが、アインの両手には既に追撃用の細剣が作り出されており、六本全てをミリに投げ放つ。
しかし、六本の細剣はミリの前に展開された一枚の盾によって拒まれた。
「サンキュー、助かったよラール」
盾に礼を言うと、盾はぐにゃりと変形をしてミリの手元に槍の形となって戻った。
擬態竜と呼ばれる竜がこの世には存在する。
それは他の竜よりも珍しい竜であり、見つけることすらも困難な竜だといわれている。争いを好まない、温厚な竜であり、特定の形をしていないというのが特徴だ。
思念によって体を自在に変形させることができるため、思念竜とも呼ばれる。
「それじゃあ、第二ラウンド行かせて貰おうか」
槍を構えてミリはアインを見やる。
「いや………これで終わりだ。次は無い」
ゾクリとミリの背筋が凍る。先ほどと同じ少年の声だった筈なのに、なぜか恐ろしいと思わせるような声にミリは聞こえた。
「な?」
ちらりと見えたアインの瞳の色にミリは気がついた。
空と同じような澄み切った青色の瞳が、血を連想させるような真っ赤な瞳に変わっていたのだ。
そして、徐々にだが、金色だった髪も白くなっていく。
ミリは思う。
こいつはなんだ? 本当に人間なのか? さっきの傷が何処にもなくなっていること自体が可笑しい。
先ほどの赤い眼が、誰かに似ているとミリは思った。
ゆったりと近づいてくる白髪の男が本当に先ほどのアインと同じなのかはよくしらない。
しかし、これだけは言えた。
「化物かよ、てめぇは」




