ー真夜中の攻防ー
ザアアアアアアア
水たまりが溜まりそうなほどの強い雨、残響が残る雨の音。
視界は真っ白で、世界は何もない。
地形と呼べるものは無く、ただそこにあるのは僕と大樹と、悲しげな瞳をしているお姉さんだった。
―――ああ、またこの夢か。
三年前のあの日、湿原帯で迷子になった僕は一人のお姉さんに助けてもらったのだ。
竜の謎を知りたいと言って、旅をしている女性。明確な目標を持っているお姉さんに、誘われたあの日だ。
―――もしアインが…いつか竜と一緒に旅をすることになったら、私と竜のことについて調べない?
お姉さん、アルマはそう言って、僕の中に一つの目標ができたんだ。
いつかアルマに会って、一緒に竜の謎について調べようって、そんな目標をいつも抱えながら生きている。
だけど、王宮へと行くまでにいくつか街を転々と渡り歩いていてわかったことがある。
アルマは、世界の御尋ね者となっていた。ミーナもアルマのことについてちらりと言っていたが、あんまり気にしていなかった。
何度目だろうか、同じ夢を見ていて、ふと気になったことがある。
僕が熱にうなされる前に聞いた質問の答えを僕はまだ知らないのだ。
なんで今日あった自分のことを気にかけてくれるのだろうか、そう問いただそうとして、僕は倒れてしまって知らないままだ。
もしかしたら、王宮に行けば僕の何かが分かるかもしれない。だからミーナの言う通りに敷かれたレールを走ろう。まだ、自分では手に負えない出来事なのだから。
目を覚ますと、夢の続きのように外は雨が降っていた。パラパラとした軽い感じの雨なので、びしょ濡れになる心配は余りない。
「おはようございますハバキさん」
「おう、おはようさん」
ハバキさんの目の下には薄らと黒い線が見える。
「もしかして、また寝ないで竜車を?」
「あぁ、うん。寝て襲われると厄介なんでな。少しでもいいから速くこの森を抜けたい」
竜車はノンストップで動いている。つまり、ハバキさんもだが、竜車を引っ張っているこの陸竜もだいぶ疲れているだろう。
今日で二日目の朝を迎えている。
これまでは平地だったので、盗賊達による奇襲もあまり警戒するほどでもないのだが、僕が眠っている間に、森に入ったのだろう。
「このルートは他の商人達も使っているんだが、俺みたいな個人で運搬する商人には、盗賊のやろうも格好の獲物って訳だ」
「それだったら、他のルートでもいいんじゃ?」
「普通なら、平地で行けるルートを使っているさ? だけど、今回は近道をしている」
わからない、ハバキさんは敢えて危険な道を走っているのだ。そんなの、自殺行為でしかないのに、なぜだろう?
「俺は、アインの強さを目の当たりにしているからな」
ちらりと僕を見て、ハバキさんは運転に集中する。
「頼りにしてるぜ?」
信頼していると、ハバキさんは言う。
僕は答えられるのだろうか? 出会ってから二日しか経っていない人間をどうしてそこまで信頼しているのか。
「ハバキさんは、僕が逃げるって思わないんですか?」
すると豪快にハバキさんは笑い出した。
「な、なにが可笑しいんですか!?」
「いや、なに。だって、お前は逃げないよ」
どこからそんな自信があるのだろう。僕だって人間なんだから自分より怖い人がいたら逃げ出してしまうかもしれないじゃないか。
「だって、負けるのが嫌いだろ? アインはよ」
僕はおじさんの言ったことが少しだけわからなかった。負けず嫌い? どうなんだろう。競うということをしたことがない僕は、負けず嫌いなのだろうか?
色々と話をした。
おじさんの睡魔がこないようにただ気を紛らわす程度だったけれど、それでもいろいろな話をした。
竜についての話、王宮について、そしてアルマについてもだ。
アルマは王宮で何かをやって、それが王宮にとっては一大事な事件だったらしく、国家反逆の罪で全世界の御尋ね者となったのだという。
それが本当なら、アルマの居場所なんて、もう無いのでは?
不意に竜車の足が止まる。
「何かあったんですか?」
そう、僕はハバキさんに問いただすと。ハバキさんは深刻な顔つきで提案してくる。
「アイン、もうすぐでこの森を出られるんだが、俺の予想、盗賊たちが既に網を張っている。後ろから荷物を取りに来るかもしれない」
「うん」
「それでな、一つ頼まれて欲しいんだが、荷物を守ってやってくれないか? 出来るだけ、全速力でこの場を逃げ切る」
僕は二言返事で了承して荷台の最後尾に移動する。
「それじゃぁ、行くぞぉっ!!」
ぴしゃりと鞭が陸竜を叩いて走るのを再開した。
竜車は全速力で動いたのをどこかで見ていたのだろう、後方から何人かの追いかけてくる気配を感じた。
本当に盗賊たちが根を張っていたんだな。おじさんの予想は大当たりで、次々と盗賊たちがその姿を現す。
追いかけてくるのは同じように陸竜だ。
速度は荷物を引っ張っている分こちらのほうが遅い。投げ縄をこちらに飛ばして来たが、何をするのかと思った瞬間、荷物にその縄が掛かる。
僕はそれがどういうことなのか分かり、すぐに縄を切断し、細剣を投げ放つ。
悲鳴をあげて地面に落ちていく盗賊。三人片付いたかと思えば、側面からの気配に目を向けると、思ったとおり、盗賊が荷台に乗り込もうと手を伸ばしていた。
「させない!」
伸ばされていた手を掴み、もう片方から乗り込もうとしていた盗賊に投げ飛ばすと、二人の体は重なり、衝撃を流すこともできないまま地面に転がっていく。
それでも盗賊たちの人数は減っているとは思えなかった。
暗がりの中で転々と赤い光が灯っており、予想だけど、盗賊達のたいまつだと考えると、およそその数二十は超えている。
だけど、それが僕にとってはありがたい目印だ。
自分たちの居場所を知らせてくれている程、馬鹿な連中なのだろうか、それとも盗賊達の罠なのかもしれない。
接近戦だけしか出来なかったらこの領域から逃げ出すことは不可能だっただろうが。
両手に自分の魔力を集める。
魔法の類をミーナから教わったことは何度かあった。
武術や剣術も教わってきた中で、一番自分の中でしっくりきたのは武術だった。剣も学んだけれど、振り回すというか長物自体を扱うのがどうも納得ができなかった。
この当たりは好みで分かれるとミーナも言っていたのだが、一通りの基礎は全て教わっている。
だが、教えてもらった中でも一番の異質なものは魔法だった。
体の中に流れる気の様なものを自在に扱わなければ出来ない代物と教えられたけれど、未だに原理は理解していません。
最近になってようやく、気の塊としてそれが魔力と見えるようになった。それの一つがこの細剣。
物質硬化という性質と雷撃という性質が僕の魔力の正体なのだけど、二つの関係性は皆目見当付かない。
魔力を物としてこの場に作り出すというのは魔法が使えるごく一部の人でも限られた性質とミーナが絶賛していたのだが、その時の反応は上の空だったような……
細剣以外にも剣の形は何でも作り変えることは可能だが、一番扱いやすいのはこの細剣だけだった。
と言っても、ただ投げるだけの投擲用に使っているだけなのだが。
片手に作り出した三本を各方面に投げると、たいまつの明かりが一つずつ消えていく。
たったの三人を倒したところで、今のこの状況は打解出来ない。
都合良くたいまつが横一列に並んでいるので、もう一度両手に魔力を溜める。イメージは球体、やがて作り出された球体はバチバチと乾いた音を何度も鳴らし、今にも爆発しそうだ。
僕は球体を後方へ転がしてボソリと呟く。
「白雷――白刃――」
球体だったそれは解放されるのと同時に無数の刃が盗賊へと襲いかかる。
次々にたいまつの明かりが消えていき、残りの数を数えられるほどの人数となっていた。
これなら、後は倒すのは楽だ。
「よくも仲間を!」
油断していた僕はいつの間にか竜車に追いついていた盗賊の攻撃を交わすことができなかった。
物品を盗るだけと思っていたロープは僕の体を縛りあげ、竜車の外へと引っ張ったのだ。
勿論竜車は全速力で森を抜ける。既に見えないところにまで行ってしまった竜車を、盗賊達は追いかけるのかと思いきや、全員がこちらにやって来た。
「こんな、こんなガキが俺たちを苦しめて嫌がったのか!?」
頭首と思われる男が口を開く。他の盗賊団も心底驚いていた。
「てめぇに殺された奴らの仇、今ここでとらせてもらおうか!」
そう言って、一人の盗賊は腹を蹴り上げてくる。
まったく、優勢な立場だと思っていると、こうまで人は下種になるのか。どすどすと何度も執拗に蹴り上げてくるが、あまり痛くもなんともない。
これはやはり、竜人の力が作用しているからなのだろうか?
「おらぁ! 痛くて声もあげられねえか!」
こいつはいい! と男は飽きずに蹴り続ける。
さてと、そろそろ竜車に戻らないと見つけるのも大変かな?
「もう一発!」
おおきく振りかぶって、男は足を僕のお腹に突きさそうとしたが、流石に鬱陶しいと感じてきたし、ちょうどここには全員が集まっているようなのでまとめて片付けることもできるか。
体を半回転させて男の蹴りを躱すと、大きく体勢を崩した男の片足を払う。偏っていた重心を散開させるだけで、簡単に人は宙を舞うのだから楽だ。
屈伸運動をするように両膝をバネのように伸ばし、そばにいた男の顎に頭突きを食らわせる。
「いっっ痛!」
頭がヒリヒリする。人体の硬い部分に自分から当たりに行ったんだ、痛いのは当たり前だろう。
さて、両手は使えないままだけど、ロープは鉄製でもなく、ただの紐なので簡単にちぎる事はできるけれど、その時間さえ惜しい今は、さっさとこの場にいる六人の盗賊達を倒そう。
「このガキっ!?」
三人くらいが一斉に襲いかかってくる。悶絶なんてさせない。気絶させることを前提に足を払い回す。
一番に当たった人の頭蓋が変形しながら二人、三人と巻き込みながら木々へと叩きつけられる。
「んなっ!?」
驚いている暇があるなら僕に手を加えればいいのに………
「よいしょっと」
驚いていた男の頭上に足を落とす。モロに食らった男は頭を床に叩きつけるほどの勢いで倒れそうになるが、どうやら耐えたようだ。
だからと言って、追撃が止まるほど甘くはない。
「ぐわっ!!?」
僕の腹を蹴り上げたように思い切り男の頭を蹴り上げると、弧を描きながら草むらへと飛ばされた。
「あと二人」
残りの盗賊たちがどこにいるのかは把握しているので、蹴り上げた流れを使って細剣を放る。
そう言えば、盗賊の人たちが僕の事を仇だとか言っていたような気もするけれど、それは誤解だと思う。
一応急所は外しているはずだし、今の投擲だって、足を再起不能にしただけであって、殺人まではやっていないつもりだ。
後々死んでしまったっていうのなら、それはそれでしょうがないとは思っている。
「あれ?」
いつの間にか、最後の一人だけになっていたはずの盗賊が居なくなっている。もしかしたら逃げてしまったのだろうか?
耳を澄ませるとまだ遠くには行っていない距離で陸竜の足音が聞こえる。僕は考えるより先に音がする方向へと走った。
足元というよりは体の全てかな? 体内に循環している魔力を身体向上に底上げさせる。元の魔力性質が電気ということなので、少しばかり体の神経を騙しているという見方にした方がわかり易いだろうか。
普通に走るより数十倍速くなっている。周りの風景は竜車に乗っている時と同じくらいのスピードで流れている。
僕は木々へと飛び乗り、見渡しがいい空中から竜車を追いかける。バチンと木の枝を踏み台にするたびに焼け焦げていた。
「見つけた!」
竜車を見つけたが、その背後から追いかけるように陸竜が先行していた。その背中には逃げ出した盗賊の姿。
なるほど、僕を相手にするよりはこちらから品物を狙ったほうが早い。頭がいいのか、それとも僕を相手にしたくなかっただけなのか。
まぁ、そんなことは考えるだけ無駄だ。
「んっ!」
軽く息を吸い込んで踏み台にした木の枝から跳躍。その反動で枝は雷が落ちたように弾けた。
「!?」
その異質な音に気がついた盗賊の視線が僕と合う。なんでここにいるのだと、感じ取れるほどだ。
「やっほー」
盗賊の前に着地して、盗賊の反応を見る前に回し蹴りをして竜の背中から落としてやった。
うわぁぁぁと叫び声だけが森の静寂に響き渡って消えていく。
「さてと」
背中の主が落ちていったからか陸竜の足がゆっくりと速度を落として行くので、速く竜車に飛び乗ろう。
背中から頭まで助走をつけて跳ぶ。
「ガルル!?」
力を入れすぎちゃったからか、おでこの辺りが黒く変色していた。なんだか悪いことをしちゃったな、と反省しつつ空中で回転しながら巨大な柱を陸竜の前に突き立て足止めをする。
鋼より硬いと思われる魔法の塊に正面からぶつかった竜は気絶して足を止めた。
これで盗賊は一蹴しただろう。
「よし、森を抜けるぞ!」
おじさんが嬉々として声を上げる。
もしかして、僕がこの竜車から離れていたことを知らないのだろうか? 全速力で運転に集中していたから無理もないだろうけれど。
「ナーガは寝てちゃダメでしょうが」
今の今まで寝ていたのだろう、声をかけた瞬間だけうっすらと目をあけて幸せそうにもう一度眠ってしまった。
景色は変わって平原にでる。
雲の隙間から月が差し込んでいて、日没前の時と同じくらいの明るさなので前を進むのもそれほど死傷をきたさない。
荷物が無くなっていることもなく、全部守りきったことにほっと息を吐いておじさんの隣に座る。
「お疲れ様おじさん」
声を掛けてやるとおじさんも緊張が解けたのか体をぐったりとさせた。
「いやぁ、お前さんもお疲れさん。助かったよ」
「荷物もちゃんと守りきったし、これで安心だね」
おじさんは安堵の息を吐く。
「ああ、お客さんに怒られずに済むからな。森から通ったから、だいぶ時間も稼げた。ちょっと位から分かりづらいかもしれないが、あれが王都だ」
おじさんは指を王都と思われる場所を指し示す。黒いシルエットになっているが、なるほど、確かに王都って感じだと思った。
王都に隣接している建物が噂に聞く王宮なのだろう。
「このままだったら一日で到着するよ。ここら辺だったら、おっ!? あったあった」
竜車は減速してその場所へと足を止めた。
「王都の近くには商人の為に、幾つかのコテージが設置されているんだ。今日はここで休もう。アインも疲れただろ? 俺も一休みしたら竜車を動かすから寝ていな?」
「そう…ですね」
強がろうかと思ったのだけれど、思った以上に魔法の反動が大きかった。いつもなら一瞬一瞬の攻防の中でしか使わなかったので、移動用に消費した魔力が底を付いていた。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
眠気が津波の用に押し寄せてきたので、おじさんの言葉に頷いて竜車で眠っているナーガの体を枕にして目を閉じる。
ああ、長かったなぁ。本当に長かった。
明日になれば王都に入れる。王宮に行ける。
やっと、アルマに近づくことができた。もう少し、もう少しでアルマに会えるのだと思うと、気分が高揚してくる。
「おやすみなさい」
誰かに聞かせる訳でもない独り言を呟いて意識を沈めていく。
ゆっくりと、ゆっくりと眠りつく瞬間。小さくおじさんの声でおやすみなさい、と聞こえたのだった。




