~襲われた竜車~
ミーナと別れ、僕は王宮に行くことを決心してから、三年くらい経っていると思う。
ナーガと一緒にゆっくりと旅をしながら真っ直ぐに進路を辿っているはずなのだが………
これまでに行き着く街先で王宮の進路を聞き、商店で王宮への地図を安く買ったのだが、正直、僕は思い知った。
こういう、地図とか日常に必要となるものは多少高くてもいいから、そっちを買ったほうがいいと。
どうして僕がこんなことを教訓として取り入れたのかなんて、一つしかない。
ぱらりと地図の中身を見る。
そこに書いてある、というよりは書いてあったものは多分王宮への道しるべとなる街のルートだとは思うのだけど、穴があいていて、どこに何があるのか分かりません。
「あーあ、どうしようかなぁ」
「クル?」
ポイと地図を丸めて宙に放り投げると、小さくナーガが炎を吐き出す。消し炭となった地図になんの感情を抱かないまま、王宮へと僕たちは進む。
三年も旅をしているのに、王宮の手がかりは部分的なことしか聞ける情報は貰えなくて、地道にコツコツと情報を頼りに向かっているし、お金は僕が三年前に働いた分がまだあって、最小限に費用を抑えるためにやりくりしている。
胃の中に入れるものだって、街をでれば、僕にとっては食料の宝庫だ。そこらへんに生え揃っている草や、飛んでいる鳥を撃ち落とせばご飯にもなるので、ここでも経費を削減だ。
だからと言って、一番問題なのは明確な目的地があるのにも関わらず、そこへたどり着くことが出来るかどうかだ。
大体三年も旅をしているのに、王宮に付かないなんてどうかしている。
「んっ? どうしたのナーガ?」
キィキィと金切り声を上げて何処かへ飛び立ってしまう。僕はナーガを見失わないように追いかけた。
こういう単独に動くときのナーガは何が起こっているのか感じているときが多い。要は異常事態に敏感なのだ。
いつも突っ走ってばかりいて、厄介事に首を突っ込んでは危ない目に合っている。いくら竜だからといっても、まだ中身は子供なのだ。
ブレスが使えるようになったからといっても、火力は紙を燃やす程度しかない。
聞いたところによれば、竜の成長速度は早いらしい。普通ならば三年もすれば僕の身長なんて軽く越してしまうほどの大きさになるとは言われたけれど、いつ見ても、成長過程は生まれた当初よりほとんど変わっていない。
僕と同じように中途半端で生まれてしまったのだろうか、なんて、このごろ考えるようにもなっていたけれど、それはナーガが可愛そうだ。
哀れみなんていう、感情を持って接していれば、たちまち僕たちの関係は崩壊する。同情なんていう、自分の方がまだマシだなんていう、上からのような物言いは僕自身が好きではない。
一緒にいるパートナーには、同じ目線で、同じ関係で築きあげたいものなのだから。
空中で停滞していたナーガを発見すると、目の前に広がった光景は竜車が覆面を被った人たちに襲われているところだった。
「荷台をおいていけ、そうすれば命だけは助けてやる」
声からして男の人が騎手の人に怒鳴り散らし、他の覆面の人たちは竜車を囲う。逃げることは不可能だと騎手の人に知らしめるようにだ。
「ふざけるな、これは命の次に必要な品物だ、貴様らのような盗賊なんぞに渡すものか!」
竜車の騎手は意固地になって拒み続けるが、盗賊からすれば面倒な奴に違いないだろう。
「そうか……ならば、死ねぇ!」
腰にさしていたサーベルを引き抜いて盗賊たちは一斉に襲いかかる。
そうはさせてたまるか。僕がナーガに指示を促そうとする前に、既にナーガは火を噴いていた。
「な、なんだぁ!?」
火の波は盗賊たちの足を止める。その瞬間的な時間は盗賊団を退かせるくらいなら僕にとって十分すぎる時間だ。
「ふっ!」
軽く息を吐いて腕に力を込める。
「ん?」
一番近くにいた盗賊団の男が僕に気がついたので、いち早くその男の顔面に裏拳をお見舞いさせる。
手に伝わる何かが砕けた感触。正直言うと痛いというのが現実。男は顎を揺らされて膝から地面に崩れ落ち、僕は末路を見届ける前に次の覆面の男に狙いを定める。
ここに来る前に人数は数えている。さきほど一人を倒したので、残りは後四人。
「うわっ!? なんだこの竜!?」
二人の盗賊がナーガの存在に気がついたのだろう。ナーガも応戦はしているのだろうけれど、成人相手はきついかもしれない。
僕は先ほどの声を頼りに、六本もの細剣を両手に作り出して投げ放つ。火の海を裂いて一直線に盗賊へと向かったのだろう。
「ぐわぁぁっ!?」
「ぎゃぁっ!!」
重苦しい声と、軽い声の二つの反応。一応足元を狙ったつもりなので下半身に突き刺さって身動きが取れない状態にしているとは思っている。下手に動いていなかったら命までは取っていないだろう。
「な、なんだ貴様は!」
質問には答えない。応じる必要がない。意味のない事を返したって徒労だからだ。
身を低くして盗賊の一人に向うと、男は混乱しながら手持ちに持っていた両手用サーベルを振り上げて叫んだ。
「なんだと言っているんだぁ!!」
振り下ろされる両手剣を寸前で交わす。地面に勢い良く振り下ろされた両手剣を、次の動作に入る前に僕は両手剣の峰を踏みつけて埋める。
バランスを崩した男の懐へ入り込み、軽く鳩尾に握りこぶしを叩き込む。叩き込むというよりは添える程度の強さだ。
だけどこれは次の一手に繋げるための伏線。もう一歩踏み込む。盗賊との距離は殆どゼロに近い。体ごと叩き込むように、盗賊の鳩尾に肘を突く。
「ぐえぇぇっ!!?」
ゆっくりと前に倒れてきそうだったので、蹴り上げて突き放す。
「あと一人…」
探そうと辺りを見渡そうとしたが。
「お探しは俺かな?」
背後に回っていた最後の一人は僕を羽交い絞めして身動きを出来ないようにする。
流石に大人の力は強く、振りほどこうにも少しだけ力を入れないと逃げ出せないなって、他人ごとのように思えてしまった。
「てめぇ、ガキのくせにふざけやがって」
メキメキと体の骨が軋んでいるが、そんなに痛くはない。そろそろ反撃でもしようかと思った時、ナーガが盗賊の男の顔に火を吐いた。
覆面に炎が舞い上がり、悲鳴を上げながら盗賊は頭巾を脱ぎ捨てる。
「この、糞がぁ!!」
男は目の前にいたナーガを手にかけようとしたので。
「やらせない」
片手に三本の細剣を作り出して、捻りながら盗賊の体に突き立ててやった。盗賊は口元から大量の血を吐き出して、小刻みに痙攣しながら地面に平伏す。
「せっかく、逃がしてあげようって思っていたけれど、止めた」
ナーガに手をかけようとしたのは許せない。俯いていた体を足で仰向けにさせて助骨の辺りを思い切り踏みつけてやった。
ボキボキと骨が折れる音が耳に届き、嗚咽混じりに悲鳴を上げる。これなら当分動けないだろう。
ナーガは僕の頭の上にやってきて丸くなる。自分で動こうとしないのがたまに傷だが、何処かへ行かれるよりは幾分かマシなので、気にしないであげている。
火は段々と消えていき、竜車の騎手はただ呆然と周りを見渡していた。
「大丈夫ですか?」
僕はおじさんに話しかけると、はっと気がついたように身震いさせて。
「君! 速く逃げるよ!」
おじさんは無理やり僕の腕を掴んでは荷台に積み込み、竜車に繋がれていた陸竜のお尻を鞭で叩く。竜車は全速力でこの場から離脱することに成功したのだった。
ガタガタと揺れる荷台から体を起こして騎手の隣に座る。
「いやぁ、ありがとう、助かったよ」
「いえ、僕よりこの子に礼を言ってあげてください。この子が見つけてくれなかったら、僕も助けることは出来なかったんで」
ちらりと頭の上で眠っていたナーガを僕は下ろして、両腕でしっかりと抱きとめる。これだけ動かしたのにもかかわらず、ナーガは目を覚まさない。
「しかし、珍しいね。飛竜種の子供をお目にかかるなんて、そうそう無いもんだよ」
「そうなんですか?」
おじさんは頷いて話を続ける。
「どの竜にも共通しているけれど、卵から孵って一年も経てば、見上げるほどのおおきさになるんだよ」
「そうなんですか?」
「そうなんですかって、知らなかったのかい?」
「僕、ナーガが相棒になってくれたのは三年前なんです」
事実を話した瞬間、おじさんは目を見開く。
「三年!? 三年も経っているのにその大きさなのか?」
「はい、僕はこれが普通なのかなって思ったのですけれど、違うんですね………」
僕はナーガを強く抱きしめる。何かの病気ではないのだろうか? 普通と違うと言われると不安にもなるよ。
ガタガタと車が揺れる音だけが響く。沈黙が続いていたのだが、おじさんは少しでも話すことをしたいらしい。
「そういえば、君は強いねぇ。あれかい? 王宮の竜騎士に入るために修行していたのかい?」
「修行ですか?」
僕はミーナとの鍛錬を思い出す。武術、剣術、魔法の鍛錬を叩き込まれた日々を、あれが修行というのなら、修行になる。
「そうですね、でも竜騎士になるためとは違います。親代わりとなってくれた人が、一人でも生きれるようにしてくれただけなので」
「いやいや、まてまて、君は一体何歳だ? 見たところまだ子供みたいだけど、家出少年かい?」
「年は十三歳ですけれど、家出ではないです。元々僕には親なんていないですから」
出来るだけ暗くならないような話題にはしたかったけれど、どうしてもこの親の話についての話題は相手を黙らせてしまう。
だから、あんまりこの話はしたくない。
「そう言えば、おじさんは王宮を知っているのですか?」
少しだけ戸惑っていたおじさんは話題が変わったことに反応を遅らせながら、返事をする。
「あ、ああ、知っているもなにも、私はこれからこの荷物を王宮へと運ばなければいけないのだよ」
おじさんの話を聞いた時、歓喜に震えた。三年もうろうろしたのに、こうもあっけなく近道にたどり着けたのだから。
もしかしたら、ナーガが施してくれた奇跡なのかもしれない。
「おじさん、差し支えがなければ、あの、その…僕を王宮まで乗せて行ってくれませんか? それまでのお金は払いますから。お願いします!」
土下座をすることは狭かったので出来ないが、僕の気持ちはそれくらいの頼みをおじさんにしている。
ここで断られてもいい。王宮までの道のりを教えてくれるまで、このおじさんを追いかけるくらいの意気込みはある。
「そんなに、頭を下げなさんな。こっちだって、あの盗賊達から竜車を守ってくれたんだ。お金なんて必要ないよ。王宮まで乗せてやるよ」
「ありがとうございます!!」
「のわっ! こら、引っ付くな、制御ができんだろ」
僕は一言謝ってから離れる。本当に良かった。と思うのと同時に、今までの三年間はなんだったのだろうとショックを隠せなかったけれど。
それでも、王宮まで乗せて行ってくれるという言葉を聞いた時、心の底から嬉しかった。
「あっ!」
おじさんは思い出したように声を張り上げてこちらに振り返る。
「そう言えば、君の名前を知らないな。たったの三日間とはいえ、一緒に竜車で寝泊りをするんだ。俺のことはハバキって呼んでくれ」
おじさんはニッコリと笑って手を差し伸べてくる。僕はおじさんの――ハバキさんのその手を握る。
商人という仕事をしているだけあって、ゴツゴツと節くれだっている手のひらだ。きっと何度か大変な目にもあっているのだろう。
僕はハバキさんと同じようにニッコリと笑い。
「僕の名前は、アイン。よろしくお願いします」
ハバキさんは頷いてブンブンと力強く腕を振り回す。肩が外れるのではないかというほどに強かったけれど、それがハバキさんの挨拶なんだなって思いながら、力強い握手が離れるまで、振り回されていた。




