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アルタ・ダーナ ~巡る運命~  作者: 元帥
第二章~謎の竜使い~
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~竜との相対~

 自分が今どこにいるのか、皆目見当も付かない。そりゃあそうだろう。大樹の中は広くて、真っ暗闇だったのだ。

 たいまつでも持って来ればよかったと心底後悔している。

「今、どのくらい時間が経ったんだろう」

 誰も返事をしてくれないのを分かってはいるが、こうやって独り言を言わないとなんだか淋しいのも事実。

 そういえばいつからだろうか? ずっと一人で過ごしてきた日々はこの二ヶ月よりずっと長かったのに、一緒にいてくれたミーナがいなくなったことで、自分の中に生じた虚無感。

「さっさとここから出よう」

 ボソリと呟きながら僕は前を進む。

 空腹を堪えることは出来ないので、音を頼りに隅っこの方にいる無視を捕まえて食べる。昔から食べ慣れているものだから嫌悪感とかはあまりない。

 気になったのは手のひらサイズの何かを食べていることだけだろう。そこは暗闇なのがかえってよかったのかもしれない。

 水分補給ははじまりの樹自体から補充している。ミーナから貰った剣は本当に切れ味が良く、僕みたいな非力でも木の断片を切り払うことができる。

 乾いてはいるものの、口の中に含むだけでもギリギリは水分を取ることはできる。

 どのあたりまで登ってきたのだろう。

 本当に竜なんているのだろうかと疑心してしまいそうだ。あのお爺さんは嘘を言っていたのだろうか? それが本当だったら今すぐ引き返したい。

 少し歩いていると、辺りが明るくなってきた。光苔という種類の苔だろう。青白い光がはじまりの樹を照らし出している。

 これなら手探りをしないで上に行くことができると、そう思った瞬間だった。

「あいたっ!?」

 丸い筒丈のようなものに蹴躓いてこけた僕は、それを調べる。

 木の根のようなものかと感じたが、もう少しガサガサと何重にも並べられたような形状だった。

 それは鱗だと気がついた瞬間、耳元に届いた唸り声に目を向ける。

「これが………竜?」

 自分よりも数倍の巨体さを誇る生物だった。熊や猪を狩ったことがあるけれど、この二体なんか可愛いものだと、本能が感じた。

 こちらを射竦めるような双眸は僕を捉えている。圧倒的な力の前だと人間は死を覚悟すると聞いたことがあったけれど、あぁ、納得した。

「これは、駄目かな?」

 呟くのと同時、竜の巨大な尾が横に凪がれた。不意打ちのように入った竜の攻撃はあっけなく僕の体に当たり、ボールのように軽々と飛ばされた僕は部屋の壁に激突した。

「っがは!?」

 体が動かない、一度でも勝てると思っていた自分がバカみたいだった。

 手の近くにはミーナの剣が落ちているものの、目はしょぼくれるし、やる気というものが一斉に消え失せた。

 目を閉じてしまえば楽になれるかな、などと思いつつ薄く目を開いて竜を見る。

 竜は未だに僕の方を見ていて、今にもとどめをしてきそうな気配を醸し出しながらゆったりと近づいて来ていた。

 本当に、終わってしまってもいいのだろうか?

 せっかく自分のやりたいことが見つかったのに、こんなところで投げ捨てるようなことをしてもいのだろうか?

 不意に、あの夜のことを思い出す。絶望的な状況だった僕の人生を、救い出してくれたあの手を取った夜。

 ニッコリと笑ってミーナは助けてくれたあの日の夜だ。

 あの日から僕の人生は変わっていった。世界の素晴らしさというのはまだ端の方しか見ていないのに、こんなところで恩を終わらしてしまってもいいのだろうか? それは駄目だ! 絶対に許されることではない。

 大丈夫だと言って来たのに、ミーナを一生困らせてしまっていい筈がないじゃないか!!

 目の前の剣を自分を支えるようにして立ち上がる。

 体がどこまで壊れてしまっているのかわからない。あと少しで自分の心臓が止まってしまってもいい。

「でも、こんなところで倒れるわけにはいかないんだ!!」

 ただいまってミーナに面と向かって言わないと安心して旅立てない。ミーナが心配したままで消えるのは嫌だ。

 そして何よりも、生きる目的を与えてくれたアルマにもう一度会えなくなるのは、絶対に嫌だ。

「来いっ!!」

 アインが剣を構えて叫ぶのと同時に、竜は見定めていた双眸をぎらつかせ、戦闘モードに意識を変えた。

 竜の腕がアインを薙ごうと大きく振るわれる。一匹の羽虫を振り払うような造作だが、その腕の先には鋭い爪が備えられている。

 はじまりの樹の根を簡単に切り裂く強靭な爪。だがアインの体は既に竜の懐へと入り込んでいた。

「はぁっ!!」

 天空へと突き上げるように切り上げられた剣は、竜の爪以上の切れ味だった。アインへと攻撃した竜の腕は紙でも切るかのように簡単に寸断されていたのだ。

 竜は自分の目の前で寸断された腕が自分のものだと認識するまで数秒間思考が止まっていた。

 その少しの隙が、次々にアインの猛攻の餌食となっていく。

「グルアァァァ!!!」

 鬱陶しいと言わんばかりに竜は雄叫びを上げる。

「うるさい!」

 そんな竜の咆哮をものともせずに、アインはこれまでの二カ月間の間、ミーナから教わった教えを、この戦いのためだけに全部行使していた。

 これが本当に自分なのか、竜を屠っているのが信じられないと思いながらアインは剣を振るい続ける。

 だがアインは一つ、ミーナから教わった事柄の一つをすっかり忘れていた。

 それは――窮地に達した時の動物は何をしでかすかわからないということをだ。

 アイン自身もアークの村にいた時は警戒していただろう。だが、二ヶ月という時間はアインの動物的本能を感じ取るという気配を察知するのが鈍っていたのだ。

 人と触れ合っていた時間が多かった分、意識が低下してしまったのだろう。

 だから、次の瞬間アインは竜の攻撃を真っ向から受けてしまう。

 アインの視界が真っ赤に染め上がる。避けることには成功したが、その代償は大きかった。

「………えっ?」

 アインの右半身は焼けただれて炭化していた。咄嗟に右腕で顔を覆ったことで右目が失明することは無かったが、最早アインの体は動くことさえままならない。

「う………そ……」

 ずたずたに切り裂かれて瀕死の竜はのっそりと僕に近づいてくる。余裕と取らざるを得ないその動きに一矢報いを入れようとした。だけど、僕の体は動かないのだ。ただ死を待つことしかできないカウントダウンのように目前の竜は近づいてくる。

 脳が動けと命令する。だが、どこかで回路が切断されているのか命令を聞く様子はない。

「嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!」

 死にたくないと無様に拒み続ける。何もかも僕は拒み続ける。だが、助けてくれるものは誰一人としていない。

 立ち上がって戦わなければ、そう強く願いながら半身を使ってやっと立ち上がれたのに、片足だけではバランスが取れずに地面に体を打ち付けてしまう。

「あぅぅっ!!」

 左半身はなんともない衝撃なのに、右半身は何重にも上乗せされた痛みが訴えてくる。

 攻守一転、攻め入るときは今だと、勝ちを確信したのか、竜は再びブレスを吐こうと息を大きく吸い込んだ。

 口腔が赤く照らし出されていくのを眺めることしかできなかった僕は絶望しかできなかった。

 人は死ぬ瞬間を覚悟すると、これまでの人生を振り返るという。本当にその通りだなって思った。

 たった十年間、生きてきた時間は限りなくひどい目にあっていたことが多かった。だけど、少なかった期間の中、人の優しさはこれまでの酷いことを覆すほどに心を満たしている。

 もっと遡る。

 全部シルエットとノイズしか映っていない映像は、本当に僕の記憶なのだろうかと疑ってしまう。

 誰かの腕の中で抱えられている僕は目の前に広がる光景を薄めで眺めていた。大きく波打つマントを靡かせてニッコリと笑いながら、僕たちと別れを告げていた。

 その言葉は、途切れ途切れで聞き取りにくかったけれど、聞いていたこっちの気持ちは、まるで太陽の光を浴びたように穏やかになるものだった。

―――帰ってきたら、皆でピクニックに行こう。

 そして、僕の意識は途絶えた。



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