~心配ミーナ~
アインがはじまりの樹に登ってから二日が経った。既に三日目の昼ごろに太陽も差し掛かっていて、私の気持ちは不安と焦燥で埋もれている。
「…遅い」
このセリフだって何度言っただろうか。数えきれないほど言ったような気がする。
「聞き飽きたぞ、そのセリフ」
「うっさい、アンタは黙ってて」
いつから背後にいたのかは分からないが、爺さんは不敵な笑みを絶やさずに浮かべている。
昔からそうだった。人の気持ちを見透かしたように話を切り出してくる。それで毎回イラつかせてくれるのがこの爺さんだ。
「んで? 主はあの小僧が帰ってきたら、別れるんじゃろ?」
「………」
私は押し黙っていると、短く、さも愉快そうに笑い声をあげた。
カラカラと乾いた笑い声は相変わらずで、発声の一声が勘に触る。
「ッカ!! カッカッカッ! まさか図星じゃったとわな。だが、ええのか?」
「なにがよ?」
「小僧を一人にすることになるぞ?」
「良いのよ。元々私の使命は、アインを独り立ちさせることだったから」
「ふ~む? それで?」
「なにが?」
「おいおい、何がとはないじゃろう? 小僧を独り立ちさせることが使命だったのなら、主は別れたあと、何をするつもりなのじゃ? また、行くあてもない旅に出かけるのか? それとも――」
「爺さん………それ以上、私の中に踏み込んでくるのなら――」
顔を合わせたくなかったけれど、私は敢えて爺さんの顔をまっすぐ見つめて言い放つ。
「殺すわよ」
「………おぉ、怖い、怖い」
爺さんはそれだけ言って私のそばから離れ、ボロ小屋に戻っていった。
ため息をついてはじまりの樹を見上げる。
あの子は今どこにいるのだろう。竜を一人で退治してくるというのは、私からしてみれば自殺に等しい。
普通の人間なら、振り回された爪で体を寸断されるだろう。強靭な顎で食いちぎれるだろう。
でも、あの子は普通の人間ではない。確かに半分は人間ではなくとも、ベースとなっているのは人間だ。人外の力を持っている竜人ではない。
ましては十歳の子供だ。
それを、たった一人で竜を討伐してこい? ふざけている内容だ。行けるのなら、今すぐに迎えに行きたいという衝動を押さえ込む。
あの子は自分の意思で私に言ってくれたのだ。
――自分は変わりたい、と。
それなら、信じてやるしかない。アインが大丈夫だよって、笑顔で言った言葉を信じるしかない。
今思えば、二ヶ月か。十年も長旅をして、見つけた子供を一人で生きられる様にするのをたったの二ヶ月。私にとっては、それはあまりにも短すぎる時間だった。
これまでのことを思い出す。
アインが自分の血を覚醒したことや、私と初めて会った時の事。すべての思い出を引き出す。
「出会った時のアインったら、大変だったわねぇ」
人の優しさなんかに触れたこともなかったアインは、自分以外の人間を拒否することで、その心を保ってきていた。
来るなと叫んでいた時、あの子の目には何が写っていたのだろうか?
村を出てからは、一日一日を楽しむように暮らしていた気がする。私との組手とか、一生懸命に取り組んでいた。
最初から、体を動かすのは好きだったのだろう。というよりは、一人暮らしをしていた時のアインは、毎日狩りを勤しんでいたと聞いている。十歳という若さで普通の動物を仕留めるくらいなら、運動神経は類まれない才能といえる。
「楽しかったなぁ、本当に………」
アインに潜ませている私の一部は、爺さんに見破られてしまい、アインの様子を見ることは出来なくなっているのだ。
「早く帰ってきなさいよ………もう」
気が付けば日は傾き始め、東の空から徐々に夜がやってくる。このままでは三日目が終わってしまう。
もし、一週間も帰ってこなかったら覚悟しよう。
そう私は祈りつつ目を閉じようとした瞬間、私の竜角が強く反応した。
竜人が近くにいるという反応。しかし周りを見渡しても皆がいるわけでもない。そして、一つ思い当たることが私の脳裏によぎった。
「まさか!?」
大樹を見上げて思案する。その反応は、はじまりの樹からだった。




