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アルタ・ダーナ ~巡る運命~  作者: 元帥
第二章~謎の竜使い~
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~空白の時間~

 すやすやと寝息を立てているアインの顔を眺める。

 黄金色に輝く髪の毛は既に乾いていてサラサラとしている。瞼を開ければ蒼穹のような澄んだ瞳があるのだろう。

 アインという名前が、もしかしたら人違いかもしれないのは重々承知だ。だが、アインと話していて分かったことが一つある。

 この子はお兄ちゃんの息子だと。お姉ちゃんの子供だと。

 そして――私の弟だと。

 なんでこんな風に思えたのかというと、ただ、なんとなく。そう、ただなんとなく、この子は私の弟だって判断している。

 でも、そのなんとなくは、点々とした確信に基づいてもいる。

 例えば、雰囲気とかはお姉ちゃんにそっくりだ。人を寄せ付けないで、心を開ける相手にだけ笑ってくれるような、そんな感じ。

 目元はお兄ちゃんに瓜二つと思えるほど純粋で人を疑わないような目をしていた。

「もっと、アインと一緒にいたいけれど………」

 私には私の旅がある。

 人には自分の足を動かす動機があるように、私には目的がある。

 手を翳して体中に流れる不可思議な力を手のひらに集中させると、パキパキと手のひら一杯に氷の結晶が作り出される。

 これが、王宮を出たあとに付加されたような人外の力だった。

 アインが私の手や、身体が冷たいと言ったが、私の身体は既に人ではない。

 王宮に捕らえられた私は、人体実験に付き合わされた。私一人だけじゃない。王宮は、滅ぼした村や街から小さな子供をさらっては人体実験に使っていたのだ。

 世界を滅ぼす力を持っている竜人を捕まえるがために、人外には人外の力をぶつけようと、王宮の研究者たちは苦悩し、子供たちをモルモットのように扱い、そして何人もの人たちが犠牲になっただろうか。

 竜の鱗を人間の身体に移植してどうなるのか実験。竜の血液を人間の体内に取り込ませればどうなるのか実験。

 勿論、こんなことをしても人が変わることはない。拒否反応が強く表に出て死んでいくといった有様だけだ。

 終いには竜の心臓を食べたっけ。

 美味しくともなんとも思えない。ただの生肉を無理やり口にねじ込ませられて、飲み込まないと乱暴されて、言う事を聞かないと殺されて、あの五年間は地獄だった。

 私以外に死んでいく人を見てきた。仲良くなった人が、数分後には死体となって廃棄処分なんて当たり前だった。

 助けてと、嫌だと泣き叫んでも、救いなんて一つもなかった。唯一心の支えになったのは、お兄ちゃんからもらったこの鉢巻だけだ。

 目の前で殺された大切な人は最後まで笑って死んだ。私にお姉ちゃんとしてアインの面倒を見てくれって言ってくれたのに。

「ごめんねお兄ちゃん」

 私にはそれが出来そうにもない。

 体の中に何かがいるという感覚。これがなんなのか分かってしまった瞬間から、私には時間がないということも。

 寄生竜という竜がいる。それは見たことは無いけれど、王宮の書物は優秀で、一般に売られている書物にはありそうもない情報が沢山あった。

 この世の理から外れたものに寄生する竜。それが寄生竜パラシトゥス。別名ではカオスドラゴンと呼ばれているらしいが、どっちにしろ私には関係が繋がっている。

 病気に犯されて寄生するのか、ウイルスのように寄生するのか、色々と調べた私だが、この寄生竜というのはどこにでも存在し、どこにも存在しない。

 決められたレールを走っていれば誰も修正しようとはしない。だが、脱線してしまったモノを、寄生竜は付け狙う。

 秩序の上で成り立っているこの世界に、無秩序となる生命体が生きていてはいけない、存在してはいけない。だから、寄生竜は世界の修正に入るのだ。

 百まで成り立った事柄を、たった一つの危険因子がいるだけで崩壊させる。零に戻し、一から作り直すことを寄生竜はしようとしているのだ。

 混沌(無秩序)であるが故に、無秩序(混沌)の存在を許せないのだろう。自分は自分だと、同族嫌悪という言葉がぴったりだと私は思った。

 手のひらに作り出していた氷が弾き飛ぶ。

 この能力だって、元々私のではない。多分取り込んだ竜のものだろう。氷竜という飛竜種の心臓を食べたから、こういう奇怪な術も使えるようになった。

 でもそれは、既に私の存在は人ではないということだ。

 氷竜を食べて、人外の力を手にして、竜人の偽物みたいな体になって。もはや人ではなくなって、それでいて竜人のように竜になれるわけでもない。

 学者は私みたいな人間を人竜と名付けた。

 そこから私の人生は一変する。いや、王宮に捕まった時点で私の人生は変化しすぎている。

 王宮の竜騎士になった私はまず、お兄ちゃんを殺したあいつを殺してやろう。お姉ちゃんにひどい目に合わした竜騎士の全員を殺してやろうそう思っていた。

 でも、既にあいつは、三代目総長に殺されていた。

 敵を取ることは出来なかったけれど、私は竜騎士に入ったおかげでミドさんに会うことができ、いつしか私は四代目の総長になっていた。

 私は自分の地位をフルに活用し、私が捕まっていた施設を破壊した。中にいた研究者諸共、捕まっていた子供たちも全員だ。

 可哀想だったけれど、あのまま地獄にいるよりは死んだほうがましだっただろう。

 そして、私は王宮の御尋ね者となった。

 世界の大罪人となった私は王宮から逃げて、自分の体を治すために旅をしている。竜の謎を解きたいのではなく、ただ、自分の体のためにだ。

 これが自分の我侭なのだというのも分かっている。でもやっぱり普通の人間でいたいのだ。

「そろそろ行かなきゃ………」

 名残惜しいが、私には時間がない。私の中にいる寄生竜がいつ飛び出してくるのかが分からない。それが、今この瞬間からなのか、それとも明日なのか、明後日なのか。時間は無限にあるけれど、私の時間は短いと、そう思っている。

「お…姉ちゃん」

 ぼそりとアインが寝言を言っていた。ただの偶然でもいい。姉と呼んでくれたことに感謝しつつ、私はアインの額にくちづけを交わし、大樹から離れていった。

 夜の雨は冷える。マントは新しいのを買えばいいし、服を着させたのでこれ以上悪化することはないだろう。

 ノシノシと私の隣を歩くルナは片翼だけ私の頭上に広げ、雨が当たらないようにしている。

「………誰?」

 不意に私が歩く方向から人の気配がしたので問いかけると。ゆったりと気配を発している主が目の前に姿を現した。

「珍しい、こんなところに人なんて」

 見たこともない服を着飾っている女性は私をジロジロと見て、言葉通り、ここに人間がいることを珍しそうな顔をして近づいてくる。

「あのさ、聞きたいんだけど」

「なんでしょう?」

「これくらいの金髪の男の子を見なかった? ちょっと探していてね。名前はアインって言うんだけど。知らない?」

 あぁ、この人がアインの言っていた人なんだなって理解し、私は素直にアインがいるあの大樹への道を教えてあげた。

「ありがとねお嬢さん」

「いえ」

 私の横を通り過ぎたお姉さんは、ちょうど私と同じくらいの身長だった。銀色の髪に銀色の目。そして、角?

「竜……人…?」

 ボソリと呟いた言葉が、お姉さんの耳に届いたのだろうか? お姉さんは歩くのをやめてぴたりとその体を止めた。

「あ、これ? やっぱり分かっちゃう? でも隠せないんだよねぇこれ」

 あははと笑いながらお姉さんは自分の頭に生えている竜角を触る。

 仕草は全然違うのに、なぜか私はお姉ちゃんとこの人は似ていると感じた。

「それじゃあ、私はこれで失礼します」

「あれ? 珍しくないの? 私は竜人なんだよ? 怖くないの?」

 ずいずいとまるで私の中を探るような物言いに、私は普通の人と同じように、同等に会話を交わす。

「お姉さんは優しそうなので」

 それだけ言うと、お姉さんはクスリと笑って、呆れたように言う。

「面白いねアルマは」

「………え? なんで、私の名前を」

「あ、うん。実はアインには私の一部を取り込ませているの。だから、貴女に聞かずとも場所は分かっていたんだけど、ちょっとアインと貴女の会話が気になってね?」

 ということは、一部始終を聞かれていたのか。盗み聞きは良くない……。

「ちょうどよかった。あの子は一人で旅ができるようになる。貴女を追うようにしてね。ありがとう、感謝するわアルマ」

「…えっと」

「あ、私の名前はミーナでよろしく。それじゃあ、運命が交差する日に会いましょ?」

 そう言って、ミーナは再びアインがいる大樹へと歩き出そうとして、何か思い出したのかもう一度私に振り返って声を張り上げる。

「本当ならアルマ、貴女を殺したいけど、今回はアインに任せることにするね」

 そう、不気味なことだけを言ってミーナの姿は夜景に消えていった。

「殺す……か」

 私は自分の胸に手をあてがって考える。多分私の中にいるこいつのことを言っているんだろう。

 しかもアインに任せると言っていた。

「なかなか、酷いことを考えるのね、竜人って」

 私はいつか自分の目の前に私を殺しに来るアインを思い浮かべてみる。

 その時のアインは何を知っているんだろう? どんな顔をして私と対峙するのだろう? どこまで自分のことを知ったのだろう? それを承知の上でアインは私を殺しにやってくる。

 血は繋がっていないけれど、姉弟という括りになっている私たちの関係を、アインはどうやって断ち切ってくれるのか見ものだ。

「行こっか、ルナ」

「ぐるる」

 私たちは歩き出す。自分の体の中にいる寄生竜を除去できればアインが私を殺すこともしなくていい。

 平和になったら、一緒に手をつないで世界の旅をしよう。そして竜の謎を二人で解き明かそう。

 そんな、儚い夢を思い描きながら、私はこの湿原を出た。


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