目覚め
目を覚ますと部屋はまだ薄暗く、時刻は深夜なのだと理解する。薄ぼんやりと頭の中が白濁した水晶体のように靄がかかっていて、少しだけ目線を上に向けるとむすっとしていた顔でミーナは僕を見下ろしていた。
「やっと起きたのね?」
目を座らせてこちらを見やるミーナに、まだ寝ぼけているのだろうかただ挨拶を交わすだけしかできなかった。
「あ…えっと…おはよう?」
何を言えばいいのか分からなかったので誤魔化してはみるが。
「うんおはようアイン。それで? 何か言い残すことはある?」
………なんか、今すぐにでも殺されそうな勢いで僕は殺人予告を突きつけられていた。
「あのぉ………僕は何をしましたでしょうか?」
変な言葉遣いだとは承知の上でミーナに聞くと、それまで押し倒すように四つん這いになっていた身体を翻してベッドに腰掛ける。
鼻息が大きく吹き出す音が耳に届き、きっと僕にとってはあまりよくないことが眠っている間にあったんだなって思ってしまった。
「そうねぇ……私に無断でお金を集めていたことかな?」
正直図星だった。
ミーナのその言葉は的確だ。僕は旅の資金を集めないといけない…と自分の判断で今の働いているお店でお金を集めていたのだ。ちなみにこのお金のことは一切ミーナに話しておらず、そりゃあバレればこうなることは見え見えな筈なのだが、報告は一切せずに今の今まで隠れて資金を集めていたことになる。
「心配しなくても、旅の資金はいくらでもあったのに」
ミーナはそう言って立ち上がってこちらに向き直る。
「いいアイン?確かにお金は必要よ。でもね? 自分の命の危険を晒してまで、私は貴方に頑張って欲しくないのよ」
「え…ミーナ? それはどういう……」
そう言いかけて僕は思い出した。
順番に思い出されていく今日一日の日常。朝の鍛錬を終えてから夜までのお仕事の最中に僕は気を失ってから、お客さんに襲われたのだ。
ただ、そこからの記憶は一切無くて―――
「ねぇミーナ?」
「何?」
「僕は……なんでここにいるの? ミーナが助けてくれたの?」
ミーナは言いづらそうに口ごもる。
それでも、真実を聞かせないわけにもいかないと思ったのだろうか、ミーナは嘆息に息を吐いて僕に背中を向けて語りだす。
―――私はあなたを助けられなかった。
助けに来たけれど、時間は既に過ぎていて貴方は人間に犯されていたわ。残念だけどね、アイン? 私は竜人の気配になら敏感なの。
もし、この町に竜人がいたらこの竜角が察知してくれるの。だから、人間であるアインをすぐに助け出せるほど私は貴方のことは見ていない。
でもね、数時間前に私の竜角が察知したのよ。竜人がいるってね。
私が来た時には部屋は血の海だったけれど、アインは覚えていないのよね?
やっぱりか……
少しだけ早いけど、どうせいつか言う事だったから話してあげる。
貴方の正体を。
「僕の…正体?」
ミーナは頷いてこちらに顔を向ける。横顔はちょうど髪の毛によって阻まれていて表情までは読み取ることは出来なかった。
「だいたいおかしな話だもんね? なんで竜人なのにただの人間を助けるなんてさ。ずっとアインを騙し通せるほど、アインも小さくないし?」
自傷気味に笑ってミーナは話を続ける。
「貴方はねアイン……人と竜人の間に生まれた子供なのよ」
―――数秒間だけ、ミーナが何を口走ったのか理解に遅れた。
「えっ?」
「うん、理解できないのは分かっているわ。だからアインのその反応は普通だから安心して?」
「………」
「あなたが生まれるより前なんだけどね?」
出だしにミーナはそう言って、一人の人間と、一人の竜人が恋をしたという話を切り出した。
―――正直言って、私もどういう風に出会ったのかはよくわからないけど、人嫌いだった姉さんが愛おしそうに人を想う目をしていたのは今でも覚えてる。
私ね…好きな人ができたの。
照れくさそうに、本来表立った感情を顔には出さない姉さんだったけれど、初めてかなぁ姉さんのあの顔。
本当にその人だけのことが好きなんだなって…もしかしたら、私も同じような顔をしていたのかなって思ってもいたわ。
それからは姉さんとの間に何があったのかはよくわからないけれど、色々な伝が回ってきたのよ。姉さんに子供が出来たっていうのがね?
姉さんの子供だから私たちとの間でもすごく大切な子なんだよアイン?
だってね、私たちは人と竜に嫌われてるの。それがなんでなのかはよくわからないのだけど、どっちにも属さない種族っていうのも目にするだけでも嫌なのかなって、私はそう解釈してるんだけど。
もともと私たち竜人は皆のことが好きなんだよ。この世界の――万物全てが愛おしいの。
でも、一方的に好きだからといって、向こう側も私たちのことを好きだという道理もない。
拒絶される感覚はアインもよくわかるでしょ? 自分が何をしたというのか、自分の存在がアナタたちに何をやったのか。
そんな中で竜人と人間の間に生まれた貴方が私たちにとって、すごく嬉しかったのよ。
自分に子供が生まれた時と同じくらい、私たちは喜んだわ。だって、人との繋がりができた希望なのだから。
私たちも、人との繋がりを持てるっていう存在が、アイン………貴方なの。
正直言って、全然理解できません。
ミーナは僕のことを竜人との間に生まれた子供と言ったけれど、話の中に出てきたミーナのお姉さんの子供であって、ミーナ自体は親戚となる。
つまりミーナは僕の母親ではないということだ。
「でもまぁ!」
ミーナははしゃぐ様にベッドから立ち上がってこちらに向き直る。その顔は開き直るような表情であり、肩をすくめながら一つ言い放った。
「正直言って、私にも姉さんがどうやって人間と恋をして、子供を作ったのかなんてよくわからないんだけどね? 会ったのだって数時間くらいしか会ってないわけだし、それ以降は全然顔を見ていないわ。本当に貴方自身の正体が知りたかったら、姉さんに真相を聞くくらいかしらね」
ぼすんと豪快にベッドに寝転がって枕に顔を埋め、一言だけ「あぁ、疲れた」と言ってから、何かを思い出したように顔を上げ。
「そういえば、明日…つまり今日だけど、この街から出るからちゃんとお店の方に言っておきなさいよ?」
それだけを言ってミーナは背中を向けて寝てしまった。
疲れたというのは本当だったようで寝入る速度は数秒も掛からなかったのかもしれない。
窓枠からはみ出す程の大きな月。金色に輝く満月の光はどこか太陽にも似ている。
ミーナは自分たちのことを自傷していた。竜にも人にも愛されていないと。そんな中で生まれた僕は人との繋がりを示す希望だとも言った。
でも……
何気なく手の平を眺めて思う。
竜人であって竜人でなく、人であって人ではないこの半端な僕は、一体何者なんだろう?
視界にノイズが走る。
眺めていた手のひらが一瞬、真っ赤なペンキの中にでも浸したかのように赤色を帯びていた。一瞬だけの景色なのに、こびりつくように脳裏から映像が流れてくる。
血を被った覚えもないけれど、鼻を突き抜ける血の匂い。
「………そっか、明日にはこの街からでないといけないんだっけ」
おじさんにお仕事を辞めるって言っておかないとなぁ。
そんなことを思いながら、僕もゆっくりと休むことにした。




