街でのアイン
今日でこの街とはお別れだ。
前を歩いていくミーナの後ろを付いていきながら、背後にある大きな街を尻目に小さく別れを告げる。
街に来たのは約二週間前。ミーナは情報を集めるためだと言って朝の鍛錬から夜の寝る前に帰ってくるくらいで、顔を合わせたのは三時間しかなかったかもしれない。
その待っている時間は暇にもなるので、旅の資金になるためにお金を貯めないといけないと勝手ながらに思った僕は街の外で狩りをしてきた。
籠が満タンになるほどの収穫量で、これならいろいろとお金にもなると思っていた時に一人のおじさんに僕は出会った。
その人曰く、「そのような物々交換できるような場所はないわよ」と親切なおじさんが、換金をしてくれるような場所を探しているときに教えてくれたのだ。
そういう狩猟権はその仕事についている人でないと出来ないらしく、僕みたいに無断でやると怒られると聞き、村と生活の仕方が違うのかとひとつ勉強になったところで僕は、おじさんに働けるような場所はないか聞いた。
「それなら、私のところで働いてみない?ちょうどひとり抜けてたところなのよ」
そうして僕は街での二週間滞在中、お仕事に就いたのだった。
「それじゃ、今日から働くことになったアイン君ね、みんな仲良くしなさいよ?」
おじさんに連れて来られたお店での私服へと着替えさせられた僕は、前から働いていた店員さん達の目の前で自己紹介をさせられた。
自己紹介といってもただ名前を言うだけの簡単な紹介を済ませ、店長であるおじさんが僕の事を店員に促すと、ほとんど全員が軽い返事をして持ち場に帰った。
「ごめんなさいね、みんないい子なんだけど、競争率激しいから新入りにはみんなああなの」
「はぁ……」
おじさんは軽く息を付いて自分の持ち場である厨房に入っていく。カウンター越しにおじさんは仕事の内容を簡潔に話してくる。
「それじゃあアイン。お仕事の内容なんだけど、指名をされたらそのお客と接待すること。まぁ初日で指名が入ったら驚きものだけど、何もないなぁって時は私がここで各カウンターの料理を出すから持って行って頂戴指示は私がするからね?それじゃあ頑張ってね」
おじさんがそう言い切るのと同時に入口に飾られていたベルが店内に響き渡る。
お客さんが一人二人と入ってくるのを確認した店員さんたちは全員が爽やかな笑顔で出迎えた。
――おかえりなさいませ、ご主人様。
これが初めての対人とのお仕事。そういえばお店の名前を聞いたのだが僕にはその意味がわからなかったけれど、どうやら貴族たちが大きすぎる家に働き手として置いておく人たちの役職を模倣してのお店らしい。
その名前はたしか……
“冥土喫茶”だった。
仕事場も一週間すればなれるもので、初日の食器を一、二枚と壊したりすることも無くなったし。食事を出すテーブルも間違えることも無くなった。
二日目で僕を指名する人もいたのが少し驚いたから緊張するし、接待というのはどうすればいいのかよくわからなかったけれど、店長であるおじさんのサポートもあってか、不快にさせないように頑張っている。
お店が始まる開業時間から終業時間の一時間前には上がらせてもらっていて、ミーナよりも速く部屋に戻っていないと何を言われるかわかったもんじゃない。
だから一時間前には上がらせてもらっている。
「アインちゃ~ん。ご指名よ四番テーブルね」
「あ、はい。わかりました!」
返事を店長に返して言われた通りに四番のテーブルに自分とお客さん用のガラスコップを持っていく。
「お待たせしましたご主人様。今日もありがとうございます」
「うんうん。今日もアインは可愛いねぇ」
テーブルには先に座っていた男が待っていた。名前はエドモンドだった気がする。体躯的にはガッチリとしていて無駄な脂肪は無いと言える。正直、顔もそれほど悪くはないと僕的には思えるのだがなんでこんな紳士的な男がこんな喫茶店に来るんだろう。
しかも、この六日間絶やさずに僕を指名してだ。
隣に座った僕をエドモンドは舐めるような視線で眺める。
この六日間、いや、今日で七日目になるけど、すごく…知っている目だ。獣のように見定める目。ただ奪うことしか考えていない目だ。
二ヶ月前の出来事が去ったというのに、どうして大人の人はこういう目をしてくるのだろうか。
「お褒めいただき光栄です」
これが一連の流れとなってしまった今では、淡々とこなしていく機械みたいだ。
一先ずお礼を言ってコップの中にお酒を注ぐ。
この人が何を飲むのかも一週間相手をしていればわかってくるようになる。
俗にいう“いつもの”を頼まれる前に僕はエドモンドにお酒を持ってきては、店長からのおすすめの一品をエドモンドの前に静かに置く。
「ほら、僕の目の前に食事が置いてあるんだ。君はどうしなければいけないのかい?」
「失礼いたしましたご主人様。それでは……」
僕は食器の脇に置いてあったスプーンを手に持ち、食事をすくい上げてエドモンドの口元にまで運ぶ。
「お口には合いましたか?」
咀嚼音をワザと聞かせるように音を鳴らしているようにも思えたが、あまり指摘するわけにもいかない。
エドモンドの顔はニコリと笑うと。
「ああ、美味しいね。君が食べさせてくれたのもあってか、何倍も美味しく感じるよ」
背中に寒気が走るような台詞を聞いたところで、そろそろメインをいただくとの話を持ちかけられた。僕は了承し席を立ってから店長がいる厨房へと足を運ぶ。
「四番のエドモンドさんメインが欲しいとのことです」
「は~い、わかったわ。すぐに作るから待っていてね。ちょうど新規のお客さんが入ってきたから作っている間にお水を持って行って。8番でお願いします」
「わかりました」
店長の指示を貰ったところで直ぐに行動を開始する。
棚からガラスのコップを取り出して8番のテーブルに持っていった。既に8番のお客さんには違う人が取り次いでいたので僕が接客をすることもない。
というより、出来るはずもないのだが。
僕は二人分の容器をテーブルにだけ置いてそそくさと厨房に戻ると、出来上がったメインの料理がおぼんの上に置かれていたのを確認してそれを持っていく。
近くにあるだけで芳しい香りが漂ってきては、口の奥からヨダレが溜まっていく。
食べたいのを堪え、4番のテーブルに帰ってきた僕は早速メインの料理をエドモンドに提供した。
「本日のメインです。マスターが愛情を込めた一品なので味わって食べてください」
軽く返事をしたエドモンドはナイフとフォークを使い、本日のメインを食べだす。
クチャクチャと口の中での咀嚼音をわざと鳴らしているのか、それともこの人自身の癖なのかは気にしないでおこう。ただ、やはり聞いていていいものではない。
食事を済ましているエドモンドには何も話題を振らずにただずっと隣で座っているだけ。従者と主人の間柄は主人の方が優勢なので、自分からは話しかけるときは用事がある時以外は口を開いてはいけないというルール。
正直言って、僕はこのルールが好きだ。
無駄に話をすることもない、無駄に相手の顔を見なくてもいい。ゆったりと時間を過ごしていくこの時間が限りなく長いものだけど、その長さがよかった。
「まぁ、アイン。座って待っているだけでも辛いだろうから、注いでおいた飲み物でも飲んでいなさい」
エドモンドは右手で持っていたナイフで、僕の目の前に置かれていたグラスを指した。
グラスからは空よりは繊細な青?半透明な青色と言えばいいのだろうか、三角なグラスの底からは気泡が立ち上っており、いれたてなのだと理解に及ぶ。
「それでは、僭越ながら……」
断りをエドモンドに入れてから、僕はグラスの飲み物を飲んだ。
するりと食堂を通っていった飲み物は喉を焼くアルコールの類ではなく、ただの炭酸が入ったジュースだった。疲れてきていた体にはちょうどいい補給分だと言えよう。
だが、次の瞬間から急激な眠気に襲われはじめる。
いくら疲れているからといえ、客の前で倒れるわけにもいかないと思い、懸命に眠気に抗おうとするが、どうすることもできずに、僕の意識はナイフのようなものでスパッと切られるように闇に落ちていった。




