十
私がちゃんとアインの行動を見ていなかったからこんなことになってしまったのだとしたら、それは全て自分の責任だ。外からの気配には気づいていたことは知っていたが、集中しすぎたということを言い訳として使うならそれは下種の考えだ。
つまるところ私は下種である。
「アインッッ!!」
天井よりも高く突き上げられたアインの腹には五分の一程に風穴を開けられた角が背中から生え、アインが咳をするたびに血が顔に降りかかってくる。
もはやなりふり構ってもいられず、私は一歩踏み出しアインの体を貫いた角の持ち主を殺そうとした時だ。
「よぉ!朝方ぶりか女ぁ」
竜の背後から両手を組むようにして包帯を巻いている男が姿を現す。
男に言われて気づいたが、目の前の人間は朝方にアインへ乱暴しようとした男だと一致した。それよりもアインのことが気がかりなので私に話しかけるのをやめてほしい。
「おっと?すまんね。まさかドアを破壊するだけと思い留めていたんだが、まさか近くに御宅のお子さんがいたとは思わなかったわ?」
「なら・・・さっさとアインを開放してくれないかしら?さもないと」
続きを言おうとした瞬間、男は肩をすくめて自分の竜に命令を下した。竜は主人の命令を聞くと首を地上へとゆっくりと下ろすと。
「そら!受け取れ!!」
男の怒声と合わせるように、竜は首を大きく捻ってアインの体を私に叩きつけようとしてきた。ぶぅんと唸る風きり音と一緒に、アインの体が一直線に私へと投げ捨てられる。
私は放り投げられたアインの体を出来るだけ衝撃が加わらないように抱きとめ、意識があるか呼びかけた。
「アイン!!しっかりしなさい!!」
「ぁ・・・あ・・・・」
虚ろな瞳でアインは空中に視線を泳がすが、どれも視点があっていない。それでもアインは何かを求めるように片手を宙に突き出してふるふると小刻みに震えている手を私はしっかりと握る。
「大丈夫!アインは強いんだから。絶対にこんな所で死んじゃダメ!」
私の声が届いたのか?それとも、握っている手に安心したのか、アインはニコリと、僅かながら笑って、ある単語を呟く。
「ぉ・・・・かぁ・・・さん?」
「・・・・っ!?」
弱々しくアインはつぶやくと、糸が切れた人形のように体が項垂れる。
「おっ?死んだか?」
男はさも嬉しそうに、口角を釣り上げたままでその表情を変えない。
そんなにも嬉しいか。そんなにも人の命を奪うのが楽しいのか。
・・・狂ってる。やはり、人間は狂ってる。
私は、穴の開いているアインの傷に触れ、手首まで自分の腕を挿入する。
「貴方は死なせない。絶対に・・・」
腕を切り離しアインの体に埋め込まれた手首は原型を変え、アインの穴の空いた体と結合し、徐々にその体をもとの体と構築していく。これは普通の人間なら無理だ。
細胞の作り、血液、その他諸々が人間と竜人とでは違うのだ。似ているのが外見なだけであり、内部は違うということ。
だから、逆に人間と竜人との混血のアインが型破りすぎるのだ。この方法だって、もしかしたら失敗する可能性も十分にありえる話なのに、なんで私はこんなにも安心して、冷静に事を進めているのかと思うくらいおかしい。
止まっていた心臓も動き始め、嘆息に息を吐ききる。
よかった・・・本当によかった。
涙が出そうになったが、私は感情を押さえて立ち上がって男を見る。馬鹿みたいな顔立ちだ。いや、もともと人間とはこういう顔立ちだったのか?
ああ、あまりにも頭に来ていてどいつもこいつも醜悪なものに見えてきた。
アインを留めている鎖が、このアーク村なのなら、その鎖を断ち切ってしまおう。邪魔な足枷としかなりえないものは一つとしていらない。全部、あの子のために壊してしまおう。そうだ、それがいい。
「なんだ?何を笑っていやがる」
「・・・え?」
男が恐怖に怯えた顔をしながら口を開く。自分の中では笑っているつもりは無かったのだが、男の言うとおりに笑っているのかと口元に手を宛てがって確かめる。
頬の肉が横に釣り上っていて、男の虚言は嘘ではなかったようだ。
たしかに、私は笑っていた。ひどく滑稽に笑うように、弱者を見る目をしていたようだ。男は猛禽に睨まれた獲物のようにただ怯えて暮らすだけの目つきとなっていた。
「これが笑わないでいられる?」
アインの体をベッドに横たえさせ、私は一歩男に近づく。
「なにもやることがなくて、ぶらぶらと生きてきた私に、この一夜で何をするか目的が見つかったんだから。それは無から有を作り出せたことと同じ感動があるの」
「な・・・・何を言っているんだてめえは?」
男は私が一歩向かうたびに一歩後ろに引く。
「今宵の月は、なにかをやり遂げるにはいい月ね・・・」
月光の光が雲によって遮られ、室内全体が暗闇に染まった。何も見えない状態に陥る。だが、私にはすべて把握済みだ。この部屋にいる人数。また、部屋の外にいる大人の数々。
まずはこの部屋にいる者たちから消していこう。
「グル?」
気配に気づいたのか、竜は触れられた感触に反応し首をわき腹辺りに伸ばす。その動きはこの竜にとって最後の行動となる。紙でも切れたかのような滑る乾いた音。
竜の首は容易に寸断し、上空に跳ね上がった。
「な、なんだ今の音!?」
音に反応する男はキョロキョロと周りを見渡しているが、こんな暗闇の中ではただ恐怖しかないだろう。たかが雲が隠れた程度では私の目は見えなくなることはない。潰すくらいのことでもしなければ、私の目から逃れることは出来ない。
男との距離はもう一メートルくらいしかないのだが、いつまでたっても男は恐怖と戦っているばかりで面白みのかけらもない。まぁ、さっさとこの男を殺して、次の人間たちを消しに行こう。
「ばいばい」
「・・・・はっ?」
通り過ぎに私の手刀は男の首を斬り伏せ、返り血を浴びないように蹴り倒す。部屋の扉は壊されたままで、ちょうど静かに外に出ることもできる。
私にとっては好都合だ。
厚い雲がまだ月に覆われていて、約三十分くらいは月が現れないと予想しながら私は笑う。
「さてと・・・・それじゃあ、始めますか」
そう言って、部屋の外に出た私は群がる村の人々を見つめる。まだ内部の様子がわかっていない分反応ができないのだろう。それを逆手に取る。来ている服を半身だけ露出させ、体を変化させる。骨がバキバキと悲鳴をあげ皮膚の内部から色々と飛び出してくる分身の数々。獣でもなく、竜でもなく、そこに存在しているのは名前のない固有名称がついていない私。故に私はこの技をこう呼んでいる。
「名無しの怪物」
上半身が弾けとび、代わりに出てくるのは黒い無数の怪物共は近くにいた人間たちを飲み込んで行き、さらなる獲物を求めて村へと這いずり、駆け回り、飛んでいく。
村が滅びるのは三十分くらいで終わるだろう。その間にアインが起きてこなければいいのだが。




