九
僕たちは日が暮れるまで色々な事を話し合った。
僕のこれまでのこと。お姉さんのお話など色々とだ。その話の中で一番興味が惹かれた単語がある。“竜人”という言葉だった。
竜人とは、人を超越した生命体とのことで、人類というよりは、全生命体の頂点に達する生き物なのだという。竜人は凶暴で、人なんて簡単に殺してしまうことができるらしい。
そんなすごい人か竜なのかよくわからないけど、自分の中では整理するために人という事にするけど、お姉さんは自分のことをその竜人の一人だと言った。
勿論、お姉さんの簡単な嘘なのだと思ったけれど、ずっと隠してきていた竜角と呼ばれる角を見せてきたのだ。それが本物なのか触らせてくれたが、本当に頭のてっぺんに角が生えていた。
だが一つ、疑問に思ったことがある。
朝方に聞いた質問をまた出すようで悪い気もしたが、その竜人がなんで僕なんかを助けたんだという事柄に結局のところ至るのだ。結局のところ、振り出しに戻り、話をはぐらかさられるだけなので聞かないでおくことにしている。
そんなこんなで夜になった。
「ねえお姉さん」
「なに?」
「お姉さんが竜人ならさ・・・お姉さんは僕たち人間の事をどう思っているの?」
決定打を突き詰める質問に、お姉さんは遠い日の何かを思い出すように月を見つめたので、僕も同じように夜空を見上げる。
そういえば・・・今日は満月だ。
まん丸な円をくっきりと象たれており、太陽にも負けないような明るさで地表を明るく照らしている。青白い月光が木々の隙間から差し込まれ、部屋も全体的に明るく見えるようになっている。そのため、お姉さんの表情が読み取れるのだが。
「・・・・・」
その日々を懐かしむように、そして哀しんでいた。
当たり前だが、お姉さんの過去は一切知らない。
でも・・・この話だけは、僕から聞いてはいけないように思えて黙っていることにすると。
「嫌い・・・かな・・・?」
中途半端な――曖昧な答えで返ってきたので、胸の辺りに靄がかかる。
今のお姉さんの言い方だと、自分は人のことが嫌いなのだろうか?そう僕に問い詰めるようにも聞こえてきたのだ。普通に考えれば、人の気持ちなのでその辺は何も言えるわけがない。
「でもね?アイン。やっぱり私は、少しでも人間のことが好きなんだよ・・・」
「なんで?今嫌いって言ったのに?」
お姉さんは頷いて、やはり懐かしかった日々を思い出しているのだろうか。
「一人だけ・・・」
内緒話を聞かされるような呟きが聞こえた。それは余りにも小さくて、甘く囁くような声。僕は、お姉さんの顔を見るのをやめた。
なんでって言われると、表現しづらい。なんでだろう?
「生涯に、この人以外は絶対に愛したくない人がいたの。アインが生まれるずっと昔なんだけどね?もしかしたら、あの人の名前がどこかの本書物に埋もれているかもしれない」
昔話を聞かされるのかと、少しだけワクワクしたがお姉さんは明るい声で、部屋中に響き渡る程の大きさで言う。
「でもまっ!話すのが面倒なので、この話はいつかね?って、なんでそんなあからさまに“期待させてそれかよ・・・”っていう顔をするのをやめなさい」
注意されても、それは無理な話だ。昔のこととか村唯一の図書館で絵画として見たことがあるくらいだったので、生まれる前の事は少しだけ興味もあったのは事実。
それを、簡単に崩壊させてくれたお姉さんにはがっかりだ。
「だって・・・お姉さんはさ・・・」
その次の言おうとしたことをお姉さんに止められてしまう。
「待った!」
「なに?どうしたの?」
少しだけお姉さんは頬を膨らませて僕の顔をまじまじと見ると。
「アインは何時になったら私のことを名前で呼んでくれるの?」
「・・・はい?」
「私はちゃんと自己紹介をしたし、あなたの名前を呼んであげているのに、なんで私の固有名称が“お姉さん”なのよ?」
「だって・・・お姉さんはお姉さんだし・・・それ以外に理由は無いと思うけど」
「残念、有ります。正直言って、お姉さんっていうの面倒でしょ?ミーナって三文字を言うだけなのよ?お姉さんって言うと五文字必要じゃない。だから面倒って言ってるの。と、いう訳で。ほらアイン。私の名前を呼んで?」
なんか、今一瞬だけ、お姉さんの台詞が神視点からの物言いのような気がしてならなかった。
「み・・・」
「み?」
なんだかここまで強調されると恥ずかしいような気がしてならなかったけれど、僕はお姉さんの名前を呼んだ。
「ミーナ」
「よくできました。よしよし」
パチパチと拍手を二、三回し終わると、ミーナは僕の頭を優しく撫でてくれた。ミーナの手のひらがすごく和やかな気分になる。他の子供も、大人からの撫で撫ではすごく暖かい気持ちになるのだろうか?と、疑問に思いながらミーナの手の温度を感じ取っているとぴたりとその行為を辞めたのだった。
時間が停止したように、急に動きを止めたので僕だけが動いているのかと錯覚してしまったがそうではなかった。ミーナは外の気配をなにかしら感じ取ったのか、息を潜めて玄関のドアを睨みつけていた。
「ミーナ?」
話しかけてみたが、僕の声は聞こえていなかったみたいだった。もう一度話しかけようともしたが、二度目はなにかと話しかけづらかった。
それよりも、なぜミーナが外に異常な反応をしているのかが気になり、僕は玄関の前へ、普段外出るときと同じように近づくと。
「っダメ!!ドアに近づいたら!!?」
背後からの大声に反応して僕は後ろを振り返ったのと同時だった。
目の前のドアが粉々に破壊され、聞いたこともないようなメキメキとした音を廃れた木材が悲鳴をあげる。次の瞬間に自分の目の前にはスローモーションで、それでいてなぜかカメラのシャッターを連続で落とすように視界がブラックアウトした。
それは槌のように鈍重で――それは針のように鋭利に尖っていて――
それは、僕の体を貫いた。
「ぁ・・・・れ・・・・?」
気づけばミーナが小人のように小さくなっていた。
何か叫んでいるけど聞こえない。
聞こえるのは獣のふしゅるるると荒い息づかいと、耳元に当てられていると思えるほどの脈打つ自分の心臓の音。
ただ、直感でわかったことは、今この瞬間、僕の命は無くなってしまうんだなってことだけ。
ああ、なんだか眠たくなってきた・・・ちょっと、ちょっとだけ十分だけ、十分だけ寝よう。そしたらちゃんと起きよう。大人の人たちが来る前に起きてないとダメだから、それまでに起きていないとまた痛い目にあう。
それじゃあ、おやすみなさい。




