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再逃避

 宿直室に帰ってきた。

 僕はココで寝泊りさせてもらっている。奈月さんの計らいだそうだ。

 革靴を脱いで、どたっと倒れこむ。

 「……僕は、どうかしてる」

 世渡りも、うまくやってきたはずなんだ。

 なのに、どうして。

 「これじゃ、あの時と一緒じゃないか……」

 ――挫折と諦念。

 ……あの時?あの時ってなんだ?

 「う、う……」

 あの時?あの時?あの時あの時あの時あの時あの時――!

 そう、僕が中学生の時だ。

 ――あの頃は……そう。みんな、僕を可愛がってくれていたっけ。

 記憶に残っているのは、上から降ってくる……バケツ。黒板消し。筆箱。墨汁。絵の具。教科書。

 今も昔も、目の前には……白い、ぬいぐるみ。

 姉が買ってくれた、僕を見つめる、雪のように白い、赤目の――。

 「――悪魔っ!」

 飛び退く。

くりくりとした赤いビーズの瞳が、目の前の棚から僕を映している。

 あの赤目、なんでこんな所に……?

 ――そうだ、あいつが。あの女だ。あの女が持ってきた。確か、そうだった。

 「先生、何してるんですか?」

 目の前から突然可愛らしい声が聞こえる。 

 連想されるのは……昔、姉に読んでもらった童話の主人公、アリス。

 可愛らしい、少女の声だ。

 「僕が、先生……?」

 そうだ。僕は先生。そして、目の前にいるのは可愛い生徒。

 「ああ、白野。どうした、こんな時間まで」

 「もう夕暮れ時ですもんね……早く、帰りたいですけれど」

 うな垂れる女生徒。

 ウサギのように可愛らしい。

 「ああ、じゃあ僕が送っていくよ」

 「……え?」

 ひょい、と女生徒を持ち上げる。

 まるで、脂肪じゃなくて綿が入っているかのような軽さだ。

 「お前、軽いんだな」

 「いいえ、普通ですよぉ」

 そんな他愛のない話をしながら、宿直室を出て夕暮れに染まった廊下を歩いてゆく。

「なあ、典子。将来の夢とかあるのか?」

ううん、と頭を垂らしながら典子が応える。「……先生、とか」

「はは、そうか、先生か」

「お前ならきっと、良い先生になれる……」

ああ、きっと……なれるよ。

「……貴礼」


 僕は、そこに居続けた。赤目の少女と、終わらない夕焼けの中……。

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