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古民家と執事  作者: ペルソナ導師
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古民家と執事

古民家って何かいそうな気がしませんか?


 「昨日の夜はいったい何をしてたのよ!!」


これは…難しい質問だった、何をしてたか…?何もしていなかった…いや、いくら何もない田舎の古民家だったとしても、何かはしていたはずだ…積読された本を並び変えた、何か執筆しようとしてパソコンを開けてやはりそのまま閉じた、ジージーと鳴く謎の虫の鳴き声を聞いてた、冷蔵庫を開け材料を確認した、よしこれは餃子に決定だ…餃子の作り方はどうだっけ?ネットで調べたらすぐわかるのだろうが、残念ながらボクは今、説教をされ叱られている最中なのだ…昔から料理は得意だった…ネットをみなくても見様見真似で…

「ちょっと聞いてる!!」

何も聞いてなかった…

マザージュンコはボクにとってまさに母親みたいな存在だ。占い師の館で働かせてもらえるのも、占いの本を出版できたのも、マザージュンコのおかげだ。そんな彼女が眉をひそめ叱っている、昔はさぞ美人であったろうが、今はシワも増え、魔女みたい…いや、とても迫力のある…愛情のある方だ。そんな彼女が…

「あなたはね、遅刻ばかりするから…キチンと管理されないと…」

管理、ああ?管理をされるものなら管理をされたいものだ…ボクには彼女も嫁もいない…家族もいない…田舎の古民家でずっと一人なのだ…

「すみません…」

弱々しく謝る。

マザージュンコはフンッと鼻を鳴らし、半ば諦め加減で言い放つ

「まあ、いいわ、明日は休みにしといたから、お客さんがきたらキチンと対応するのですよ。」

解放された…

「すみません…またこんどは遅刻しません…」

素直に謝るボクを見てなんだか怒る気も失せてきたのか…腕を優しく叩く

「しっかり頼みましたからね。」


 こうして僕は、電車に乗り、駅でおり、自転車に乗って、古巣の古民家に帰ってくる…

誰もいない古民家は薄暗く、中では物の怪が息を潜め待っているかのようだ…扉を開けようやく帰ってきた、一人の場所、今日の夜はいったい何をするのやら…積読を並び変える、パソコンを広げてまた閉じる、真っ暗な外からはコッ…コッ…コッ…と虫やらなんだかわからない鳴き声がする、この声が物の怪だとしても対して驚きはない。古民家の柱や家具、ガラス戸は、それぞれ意思をもった付喪神のように感じられ、息を潜めたたずみ、だらけた侵入者を見張っているように感じる。古民家カフェが人気と聞いたが人気の秘密はこの生命をもった妖怪達の仕業かもしれない。餃子の準備はやっておこうか…?また明日考えるか…こうして得体の知れない者達に見張られながら眠る、今までもそうだった、そしてこれからもそうだ…


 ジリリリリリリ…、聞いたことのない音で目が覚めた…何の音だ?!もう時間は朝の9時頃、音は玄関の方から聞こえてくるようだ、頭がはっきりするうちに、この家のベルはこのジリリ…だったことを思いだす。珍しい、うちに客だなんて…よろよろと甚平を整え玄関に向かう。

「はいはい、どなたですか?」カギをガチャガチャと外し扉も開け、腰を屈めた状態で来訪者を見た、そこには…

まず最初、目にしたのは田舎では到底そぐわないモーニングコート、視線を上げる、モーニングコートでは隠してきれない大きめの胸元、そして太陽で反射するような白い顔だち、黒い髪は後で束ねられ一糸乱れぬシニヨンになっている、そんな女性が美しき顔でにっこり微笑む。

「墨田衆星様のお宅はこちらでよろしいですか?」

思わず見とれてしまった…それはあまりにも不思議でそれでいて不似合いで美しくて、彼女の毅然とした態度と折り目正しく着られたモーニングコートが、余計に彼女の美しさを際立たせていて、周りの田園風景と不釣り合いにさせていて…んん…なんだ…これは…?

墨田衆星とはボクのことだが、何かの間違いに違いない…ボクは口をアワアワ半開きになって…

「マザージュンコさんからお伺いしました、墨田衆星様でいらっしゃいますね?」

彼女は態度を変えることなくにっこり微笑んだまま問い返す…

「ち…違います…墨田衆星はボクだけど…絶対何かの間違いです…」

扉を閉めようとする、こういう時に限って建て付けが悪く扉をどんなに引っ張っても閉じられない…

彼女は扉に手をかけやすやすと古民家の玄関に侵入してくる…

「いえ…墨田衆星様、こちらで間違いありません、はじめまして、執事をさせていただきますメアリと申します…」


「ええと…ジュンコさん?今、目の前で起きていることを説明しますね…」

ボクは柱の影に隠れ彼女に聞こえないように小声で電話をする…

「いきなりモーニングの綺麗な人がきて、ちゃぶ台の前に座って湯飲みでお茶を飲んでいます、そうそう正座してます、なんかジュンコさんの紹介だとか…」

電話の向こうでは…安心したような声が響く

「(ああ…メアリさん、無事に着いたのね?よかったわ)」

「よかった…って何なんです?あの人!?」

マザージュンコは電話の向こうで少し凄みを効かせる声を出した。

「何なんですか?ですって?私昨日言いましたよね!あなたがあまりにも遅刻するからキチンと管理されるのよ。」

言ってたっけ?

「いやでも、そんな急に…」

マザージュンコは冷たく言い放つ

「だからメアリさんに、しっかりと頼みましたからね」

ああ…そういう意味だったとは…

でも、そういうことは…

電話口でオロオロしていると

「あなた餃子のことでも考えててぼんやりしていたんじゃないの?」

なんでわかる…

「でも…お高いんでしょ?あんな人を雇うとなると…」

ボクは彼女の方を見た…

背筋をピンと伸ばし左手で湯飲みをささえ右手で持つ、口元によせ一呼吸、鼻から緑茶の風味を存分に愉しみ、それから慎重にズズズッと喉奥でお茶を捉え嚥下する。思わず顔をほころばせる。心の底から緑茶を堪能しているようだ…

ボクの視線に気づくと、ニコリと微笑みかけてくる、ボクは恥ずかしくて思わず目を反らした…

「大丈夫よ、あなた、本の印税があるでしょ?そこから給金は天引きです。」

マザージュンコは平然と言い放った。

「じゃあね!明日から遅刻しないでね!」

「ああ!ジュンコさんまってください!」

こちらが言い終える前に電話はプッツリと切れた…


どうしよう…何かを話さなければ…

ボクは恐る恐るちゃぶ台の方に近寄った…

「あの…メアリ…さん…」

彼女はこちらへ向き直りまっすぐにこちらを見る

「どうかメアリとお呼びください、ご主人様」

ご…ご…ご主人様…?

もうこの家はどうなってしまうの…?

いつもひしめき蠢いていた付喪神達もなりを潜め新しい侵入者に恐れをなしているように感じてしまう…

「では…メ…メアリ」

ボクが名前を言い終わるか終わらないかのタイミングでメアリは口を開く。

「結構なお茶でございましたわ」

「そ、そんなことは…あのただのスーパーで買ってきたやつですから…」

メアリは湯飲みの縁をそっと指でなぞりながら、まるで愛おしいように湯飲みを見つめる。

「そんなことはございません、お茶というものは入れる方の心や思いが表れるものでございます。」

この人…スーパーのお茶で感激してるよ…

「さあ、お礼と言ってはなんですが…」

メアリは最初から持っていた小さいトランクを開ける。中にはカップ、受け皿、小さなポット、そして茶葉が入ってる小瓶が3つ…それらが丁寧にウレタンの緩衝材に守られ入っている。

「今度は、英国のお茶を召し上がっていただきます。」

ええっ!この人!荷物これだけなの?

メアリはちゃぶ台に手際よくかつ丁寧にティーセットを並べ、3つの小瓶をボクの前に並べた。

「さて、英国でよく飲まれる三種のお茶…。」

手のひらを上にし一番右の小瓶を指し示す、長くて繊細な指が白い手袋をはいているので一際上品に見える。

「こちらはアッサム、インド北東部アッサム地方で栽培される紅茶です、その特徴は黒蜜のような甘い香りにしっかりとしたコクがありますわ」

メアリはまるで物語を話すかのように優しい表情をする、

「そしてこちらはダージリン、ヒマラヤ山脈の麓、ダージリン地方で栽培される紅茶、高貴な香りが特徴です」

メアリの手の動きは少し名残惜しそうにゆっくりとして最後の小瓶へ移動する…きっとまだ語り足りないことがいっぱいあるのかもしれない…

「最後はこのアールグレイ、この紅茶はとくに産地は決まってません、感覚を研ぎ澄ませ気持ちをリフレッシュさせる、これは始まりのカード『1魔術師』とでも申しましょうか?ベルガモットの鮮烈な香りをお楽しみ頂けます、こちらを召し上がっていただこうかしら…」

ボクがタロットカードを使った占いをしてたのを知っていたのか…?歩み寄ろうとする姿勢は嬉しかったし、ボクにとっては紅茶の輪郭がはっきり見えるようだった。

ボクは『魔術師』を指さした。

「ちょっと待ってメアリ、このアールグレイは産地が決まってないのかい?ベルガモットとはいったい何なんだい?」

メアリは目の前の男が知識の蟻地獄の中へ両足を突っ込み自らありのまま沈まっていこうとしているのを理解し、好ましく思った。

「はいご主人様、このアールグレイは特別なお茶、茶葉に柑橘系のベルガモットの香りをつけたもの、フレーバーティーでございます。」

メアリは淡々とお湯を注ぎ、カップを並べる。

男は正座をし両手を畳につけ、食い入るようにお茶を入れる所作を見つめていた。

なに?この人?子供みたい…

男はまたティーカップを手に取り、慎重に口をつける、ベルガモットの香りが鼻腔を通り抜け、奥深く、脳まで足すると、脳の汚れが洗い流されるような気分だ…

「ふぅ…」

わかりやすいため息と隠しきれない顔の緩み。

この人は嘘がつけない人だ、この人が新しい主人でよかった…


それから…

ボクは香りの魔術師から顔を上げ、新しく古民家にやってきた侵入者の顔を見る、メアリは優しく微笑み返すのでボクも少し微笑んだ…

古民家に住まう物の怪達がおずおずと、柱へ、家具へ、ガラス戸へ、それぞれの持ち場に帰ってきた。



荷物は翌日、宅急便で届きました。

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