竜王の使者…
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
ガルディア砦の朝は、
いつもより慌ただしかった。
飛竜達の鳴き声。
兵士達の怒号。
鍛錬場から響く金属音。
だがその空気の奥には、
どこか張り詰めたものが混ざっていた。
昨夜の集会鐘。
老竜人による“始まりの民”の宣言。
そして、
空へ現れ始めた黒い異変。
兵士達は平静を装っている。
だが。
不安は確実に広がっていた。
そんな中。
ガルディア砦の食堂だけは、
妙に平和だった。
「おかわり!!」
フィルニアが木椀を掲げる。
朝から三杯目だった。
タマが呆れる。
「朝から食いすぎじゃない?」
「成長期なんだよ俺様は!!」
「昨日も聞いたそれ」
ミツコは笑いながら、
炊き立ての米をよそう。
「いっぱい食べんとねぇ」
その横では。
トシオが焼き魚をほぐしていた。
炭火で焼かれた川魚。
香ばしい匂いが広がる。
竜人兵達が、
ちらちらこちらを見ていた。
完全に食堂へ通うようになっている。
「……あの白いの何だ」
「米らしいぞ」
「うまいのか?」
「知らん……」
こそこそ話す兵士達へ、
ミツコが笑顔を向けた。
「食べる?」
数秒後。
「「「お願いします!!」」」
即落ちだった。
タマが吹き出す。
「竜人族ちょろくない?」
「飯は正義だ」
フィルニアが真顔で頷く。
グランヴェルは、
深くため息をついた。
「お前は少し王女らしくしろ」
「腹減るだろ」
「そういう問題じゃない」
だが。
どこか呆れきれない。
それを見ていたミーコは、
少しだけ微笑んでいた。
最初は恐ろしかった。
竜人族。
戦いの種族。
だが今は違う。
笑う。
食べる。
騒ぐ。
自分達と変わらない。
そんな空気が、
少し嬉しかった。
その時だった。
──ゴォォォォォッ!!
突然。
外から、
飛竜の咆哮が響いた。
兵士達が一斉に立ち上がる。
グランヴェルも即座に表情を変えた。
「敵襲か!?」
だが。
次の瞬間。
見張り兵の叫びが響く。
「伝令飛竜!!
帝都からです!!」
空気が変わる。
グランヴェルが眉をひそめた。
「……早いな」
フィルニアが、
露骨に嫌そうな顔をする。
「あー……
絶対面倒なやつだ」
「お前は少し黙っていろ」
「なんでだよ叔父貴」
外では。
巨大な飛竜が、
砦中央へ降下してきていた。
漆黒の鱗。
赤い装甲。
帝国紋章。
そして。
その背に立つ一人の男。
銀の長髪。
黒い角。
細身。
だが。
異様な威圧感を纏っていた。
兵士達が一斉に膝をつく。
「帝都親衛隊!!」
「白銀騎士団だ!!」
男は、
ゆっくり飛竜から降り立った。
冷たい目。
鋭い顔立ち。
感情が見えない。
だが。
フィルニアだけは、
嫌そうに顔をしかめた。
「うわ……
セレスかよ」
男――
セレス=ヴァルグレイドは、
静かに一礼した。
「グランヴェル守護将閣下」
「セレスか。
竜王陛下からの使いだな」
「はい」
短いやり取り。
だが。
空気は重かった。
セレスの視線が、
ゆっくり周囲を見る。
そして。
トシオ達で止まった。
沈黙。
兵士達の空気が張り詰める。
セレスは、
静かに目を細めた。
「……なるほど」
その瞬間。
フィルニアが、
ずいっと前へ出る。
「おいセレス。
変な空気出すな」
「第二王女殿下」
「俺様は今飯食ってんだよ」
「そうですか」
「無視すんな!!」
タマが肩を震わせていた。
「この人達、
会話の温度差すごいな……」
セレスは、
再びトシオ達を見る。
特に。
トシオを。
まるで、
何かを測るように。
その視線へ、
トシオは普通に返した。
「飯食うか?」
沈黙。
周囲が凍る。
カリヴァが頭を抱えた。
「あはは……
もう慣れましたけどね私は……」
セレスは、
数秒黙った後。
「……頂きます」
座った。
即落ちだった。
フィルニアが吹き出す。
「お前も落ちるの早っ!!」
ミツコは、
にこにこしながら椀を差し出した。
「今日は焼き魚もあるよぉ」
「……魚?」
セレスが僅かに反応する。
フィルニアがニヤニヤした。
「こいつ魚好きなんだよ」
「余計な事を」
「図星だな?」
珍しく。
セレスの眉が動く。
その様子へ、
周囲の兵士達がざわついていた。
「おい……
セレス隊長が普通に座ってるぞ……」
「信じられん……」
白銀騎士団。
帝都最強。
その副団長。
氷みたいな男。
それが今。
普通に朝飯を食っていた。
しかも。
「……うまい」
小さく呟いた。
フィルニアが爆笑する。
「落ちたな」
「黙って下さい」
「顔赤いぞ」
「気のせいです」
タマが吹き出した。
グランヴェルは、
深くため息をつく。
だが。
どこか空気が緩み始めていた。
その時だった。
セレスが、
静かに口を開く。
「陛下より勅命です」
空気が止まる。
食堂が静まり返った。
セレスは、
真っ直ぐトシオを見る。
「始まりの民を、
帝都ヴァルグランへ招け」
その言葉。
兵士達の顔色が変わる。
グランヴェルが目を細めた。
フィルニアは、
少しだけ真顔になる。
ミーコは、
静かに息を呑んだ。
ついに。
竜王が動いた。
セレスは続ける。
「世界の異変について、
竜王陛下自ら会談を望まれています」
静かな声。
だが。
その重みは、
誰にでも分かった。
トシオは、
焼き魚を食べながら答える。
「遠いか?」
全員がズッコケそうになる。
セレスですら、
一瞬固まった。
「……馬で五日ほどです」
「遠いのぉ」
「そこ!?」
タマが叫ぶ。
ミツコは、
少し困った顔をした。
「お魚持ってけるかねぇ」
「そこ心配なんですか!?」
食堂に笑いが漏れる。
だが。
その笑いの奥で。
セレスだけは、
静かに考えていた。
この二人。
本当に。
伝承に語られる、
“始まりの民”なのか。
それとも――
もっと別の何かなのかと。




