雨宿りの村
夜半から降り始めた雨は、朝になっても止まなかった。
ザ ァ ァ ァ……
細かい雨粒が街道を濡らしていく。
高原地帯を抜けた辺りから天候が崩れ始め、今は空一面が灰色の雲で覆われていた。
荷車の幌へ当たる雨音が、一定の rhythm で響いている。
フィルニアが幌の外を見ながら顔をしかめた。
「うわー……最悪」
「髪湿気る」
タマもげんなりしている。
「地面ぬかるんでるしなぁ」
大型山羊獣達も、いつもより歩みが遅かった。
ギ ……ギ……
泥濘んだ道へ車輪が沈む。
トシオは手綱を握りながら空を見る。
「今日は無理に進まん方がいいな」
シェリスも頷いた。
「この先に小さな村があります」
「雨宿り程度なら出来るかと」
ユキが小さく息を吐く。
「……助かる」
今日は朝から冷える。
ミツコは荷台で毛布を広げながら、皆へ温かい茶を配っていた。
「はい、どうぞ」
「あったけぇ……」
タマが両手で湯呑みを抱える。
フィルニアも素直に受け取った。
「生き返る……」
ミーコが外を見つめながら呟く。
『レイシスの天気ね』
「こんな感じなのか?」
トシオが聞き返す。
『秋から冬にかけては雨が増えるの』
『特にこの辺りは』
シェリスが補足する。
「旧王国街道沿いは湿地も多いですから」
タマが嫌そうな顔をした。
「うわ、靴汚れるやつじゃん」
フィルニアが鼻で笑う。
「お前そういうとこ地味に気にするよな」
「するわ!!」
ユキがぽつり。
「……猫だから?」
「関係ねぇよ!?」
笑いが起きた。
そんなやり取りをしている内に、街道脇へ小さな集落が見えてくる。
石造りの家々。
木柵。
小さな風車。
そして村の中央には、大きな水車小屋があった。
雨煙の向こうにぼんやり浮かんで見える。
シェリスが目を細める。
「……水車村ですね」
『まだ残ってたのね』
ミーコが少し驚いたように呟く。
タマが聞き返す。
「知ってんの?」
『昔、王都へ向かう商人達の休憩地だったの』
『水が綺麗で有名だった』
荷車が村へ近付く。
すると。
入口近くで、数人の村人達がこちらを見ていた。
警戒している。
無理もない。
最近は各地で情勢悪化が続いている。
見知らぬ旅人を歓迎出来る状況ではない。
その中の一人。
年配の犬獣人男性が前へ出た。
「旅人か?」
「あぁ」
トシオが頷く。
「雨が酷くなってきたんでな」
「少し休ませてもらえると助かる」
男はしばらく一行を見ていた。
フィルニア。
シェリス。
ミーコ達。
かなり珍しい組み合わせだ。
だが。
やがて小さく頷いた。
「宿なら空いてる」
「こんな天気だ、好きに使え」
ミツコが柔らかく頭を下げる。
「ありがとうねぇ」
村人達の警戒が少し緩んだ。
フィルニアが小声で呟く。
「ばーちゃん無敵じゃね?」
「分かる」
タマまで頷いていた。
宿は村中央の小さな石造建物だった。
古い。
だが綺麗に手入れされている。
中へ入ると、暖炉の熱気が一気に身体を包んだ。
「うわぁ……」
ユキがほっとした顔になる。
冷えていたのだろう。
宿の女将が笑う。
「濡れただろ?」
「今、火強くするからねぇ」
ミツコがすぐ手伝い始めた。
「あら、薪こっち?」
「助かるよぉ」
タマが苦笑した。
「ばーちゃん、順応早すぎ」
フィルニアは既に暖炉前を陣取っていた。
「生き返るぅ……」
「お前さっきまで元気だっただろ」
「寒いのと疲れるのは別だ」
トシオは窓際へ座り、外の雨を眺めていた。
街道はかなりぬかるんできている。
今日は進まなくて正解だった。
その時だった。
ふわり、と。
いい匂いが漂ってくる。
タマの耳が跳ねた。
「……飯」
フィルニアも反応する。
「肉!?」
早い。
厨房から漂ってきたのは、煮込み料理の匂いだった。
女将が笑う。
「腹減ってるだろ?」
「今シチュー作ってるから待ってな」
「やったぁ!!」
フィルニアが即反応する。
タマも完全に目が輝いていた。
ミーコが呆れ顔になる。
『現金ねぇ……』
ユキは暖炉前で静かに手を温めていた。
その横へ、村の小さな子供達が集まり始める。
「わぁ……」
「羽だ……」
「角ある……」
完全にフィルニアとシェリスを見ていた。
フィルニアがニヤリと笑う。
「なんだなんだ?」
「珍しいか?」
子供達が一斉に頷く。
「竜人初めて見た!」
「飛べるの!?」
「火吐く!?」
「最後はやらねぇ」
シェリスは少し困っていた。
どう接していいか分からないらしい。
ユキが小さく袖を引っ張る。
「……しゃがむといい」
「え?」
「そのままだと怖がられる」
シェリスが少し驚く。
だが素直にしゃがむと、子供達の警戒が薄れた。
「わ、羽近い!」
「綺麗……!」
シェリスが少し戸惑った顔をする。
どうやら慣れていない。
ミーコが小さく笑った。
『ふふ』
「……何ですか」
『別に』
少しだけ空気が柔らかくなる。
その時。
宿の扉が開いた。
入ってきたのは、数人の旅商人だった。
皆ずぶ濡れで、疲れた顔をしている。
「最悪だ……」
「橋向こう完全に渋滞してるぞ」
「また検問強化だってよ」
空気が少し変わる。
ミーコとシェリスが視線を交わした。
商人達は暖炉前へ座り込みながら話を続ける。
「しかも王都周辺でまた揉めたらしい」
「今度は西貴族派だとか」
「勘弁してくれよ……」
タマが小さく顔をしかめた。
レイシス情勢。
近付くほど、嫌な話ばかり増えていく。
その時。
女将が大鍋を運んできた。
「はいよ!」
湯気が立ち上る。
肉と野菜の濃厚シチューだった。
焼きたて黒パン付き。
フィルニアとタマの顔が一気に明るくなる。
「うまそぉ!!」
「腹減ってた!!」
ユキまで少し身を乗り出していた。
ミツコが笑う。
「ちゃんと冷まして食べるんだよぉ」
だが次の瞬間。
「あっつぁ!?」
「お前早ぇよ!!」
タマが舌を押さえて悶絶していた。
フィルニアが爆笑する。
宿の中へ笑い声が広がった。
雨はまだ降り続いている。
けれど。
暖炉の熱と、人の気配が、その寒さを忘れさせていた。
レイシスは近い。
不穏な空気も強くなっている。
それでも今夜は、少し穏やかな時間が流れていた。




