封書庫の声
重い扉の奥。
薄暗い通路が続いていた。
青白い光だけが床を照らしている。
壁。
天井。
床。
すべてへ古代文字が刻まれていた。
「なんか……空気違うな」
タマが周囲を見る。
さっきまでの図書庫部分とは明らかに違った。
本棚がない。
代わりに。
巨大な石柱が並んでいる。
しかも。
柱の内部を、光が流れていた。
ユキが小さく呟く。
「生きてるみたい……」
確かにそう見えた。
施設そのものが呼吸しているようだった。
先頭を歩いていたシェルファが足を止める。
「……ここから先は保管区画ではありませんね」
「じゃあ何なんだ?」
アークが聞く。
シェルファは壁へ触れた。
すると。
淡い光が広がる。
「封書庫」
「ふうしょこ?」
フィルニアが聞き返した。
「封印指定資料を保管する区画です」
少し空気が重くなる。
タマが眉を寄せた。
「ヤバいやつ?」
「はい」
即答だった。
「危険文献」
「古代術式」
「封印指定魔導」
「世界災害級記録」
「そういう物が保管される場所です」
「怖っ」
フィルニアが素直に言う。
だが。
その割に。
妙だった。
静かすぎる。
嫌な感じがない。
むしろ。
どこか穏やかだった。
その時。
ミツコがふと壁を見る。
「……あら?」
小さな花が彫られていた。
花弁が波みたいに広がる模様。
ミツコは指先で軽く触れる。
すると。
ふわり。
光が広がった。
「おぉ!?」
タマが驚く。
光は壁全体へ広がり。
やがて。
古い文字が浮かび上がった。
『命を繋ぐ者へ』
全員が止まる。
シェルファが目を見開いた。
「読めるのですか……!?」
「え?」
ミツコがきょとんとする。
「今普通に読んどったよ?」
今度はシェルファが固まった。
「その文字は古代始原語です」
「現代では解析不可能とされてます」
「えぇ?」
ミツコ本人が一番困惑していた。
その横で。
トシオも壁を見ていた。
すると。
別の文字がぼんやり浮かぶ。
『海を継ぐ者へ』
トシオが眉を寄せた。
「……読めるのぅ」
「じーちゃんまで!?」
ミーコが驚く。
その時だった。
ゴ ゥ……
通路奥の光が強くなる。
さらに。
石柱の紋様まで反応し始めた。
青白い線が次々繋がっていく。
まるで。
施設そのものが目覚めていくみたいだった。
「認証が進んでます……」
シェルファの声が少し震えている。
「こんな反応、文献でも……」
最後まで言えなかった。
通路奥。
巨大空間へ出たからだ。
「うわぁ……」
ユキが息を呑む。
広い。
異常なほど広かった。
円形空間。
中央には巨大な水晶柱。
その周囲を、無数の光輪が浮遊している。
しかも。
床一面へ紋章が刻まれていた。
トシオがゆっくり近付く。
その瞬間。
ブゥン……
水晶柱が反応した。
青い光。
低い振動。
そして。
空中へ文字が浮かび上がる。
『継承認証確認』
『始まりの因子確認』
『封印段階解除開始』
空気が変わる。
アークが一歩前へ出た。
「待て」
「何か出るぞ」
次の瞬間。
光が人型を作り始めた。
全員が構える。
だが。
現れたのは。
老人だった。
長い髭。
古代装束。
半透明の身体。
まるで幻影だった。
老人は静かにトシオ達を見る。
『……久しい』
低い声が響く。
タマが小声で呟く。
「出たぁ……」
フィルニアも少し緊張していた。
だが。
老人は敵意を見せなかった。
むしろ。
穏やかだった。
『始まりの灯が、まだ残っていたか』
ミツコが小さく聞く。
「……あなた誰ぇ?」
老人はゆっくり答えた。
『記録管理者』
『最後の封書庫守人』
シェルファが息を呑む。
「管理人格……」
「そんなもの実在したんですか……?」
老人は答えない。
代わりに。
ゆっくりトシオを見る。
そして。
ミツコを見る。
『海を継ぐ者』
『命を繋ぐ者』
『長き巡りの果て、ようやく辿り着いたか』
その瞬間。
トシオの右手が熱を帯びた。
「……っ」
ミツコの額付近まで微かに光る。
老人が目を細めた。
『まだ浅い』
『だが、確かに始まりの紋は目覚め始めている』
フィルニアが聞く。
「始まりの民って何なんだ?」
老人は静かに空を見る。
『世界が一つだった頃の民』
『海も空も種族も、まだ断たれていなかった時代を繋いでいた者達だ』
シェルファが小さく呟く。
「伝承通り……」
だが。
老人の表情が少し曇る。
『だが世界は閉じた』
『門は断たれ』
『海は裂かれ』
『空は分かたれた』
その言葉に。
ミーコ達が反応する。
「閉じた……」
『閉じる者』
空気が重くなる。
老人の輪郭が少し揺れた。
『奴は今も世界を閉ざし続けている』
『いずれ再び門を閉じるだろう』
トシオが低く聞く。
「止めればええんか」
老人は静かに笑った。
『単純だな』
「難しい事は苦手や」
すると。
老人が初めて少し笑った。
『……悪くない』
その時だった。
中央水晶柱が強く輝く。
ブゥゥゥン……
音が響く。
さらに。
空間奥。
閉じていた石扉がゆっくり開き始めた。
全員がそちらを見る。
中は暗い。
だが。
奥から妙な気配が漏れていた。
重い。
深い。
まるで海底みたいな圧力。
老人が静かに言う。
『海槍が眠っている』
トシオの目が細くなる。
『本来の名を取り戻す時が近い』
その瞬間。
トシオの右手。
そこへ。
一瞬だけ紋章が浮かび上がった。
波。
渦。
槍。
複雑な紋様。
そして。
すぐ消える。
だが。
今度は全員見ていた。
「じーちゃん……」
ミーコが呟く。
トシオ自身も静かに右手を見る。
胸の奥。
何かが呼んでいた。
深い海の底から。
ずっと待っていたみたいに。




