私が出来損ないなら、貴方は一体何なのかしら?
私は昔から魔法の勉強をするのが好きだった。
元々物覚えが良い事、そして魔法に関する感覚が鋭かった事もあり、親戚からは神童だと囁かれるようになる。
事実、私は優秀な方だったと思う。
独学で魔法の知見を広め、両親を説得して趣味で魔法の研究に触れるようになり、そして一度だけ書いた論文は公開されるとともに高く評価された。
十歳ほどの頃の話だ。
ただし私の論文は評価されたけれど、私自身は評価されなかった。
……私が女だったから。
学者は男の職。
貴族の女は家の存続の為に定められた婚約者の家に嫁ぎ、夫を支える事だけが仕事だというのが世の常識だった。
だからこそ両親は私が趣味として教養を積む事は喜んでくれたけれど、私が優秀であることが世に知れ渡ることは恐れた。
下手に男性より目立てば当てつけや嫌がらせなど、私が嫌な思いをすると考えたらしい。
心の底から私を想っての事だった。
私が書いた論文は、貴族でありながら魔法学の研究に勤しむ学者でもある叔父の名で発表された。
女だから。
その理由だけで正当な評価が貰えない事が、悔しかったし悲しかった。
けれど……理解も出来た。
伯爵令嬢として生まれた私に求められる事。
それは生まれてから続く淑女教育によって刷り込まれた、私の中の常識でもあったから。
だから私は自分が持て余した知識や技術を私自身が発揮しても許される場でのみ、使おうと決めた。
最初で最後の機会。
それこそが――王立魔法学園での生活。
魔法学園では性別に関係なく成績は順位付けがされるし、『成績の為に努力して勉強した』という言い訳を掲げる事も出来る。
そして何より、最終学年になれば卒業課題として一年の殆どを研究に向き合うことになる。
研究内容は自由。
共同研究でも個人の研究でも可。
研究論文の提出日さえ守れば、生徒達の自主性に任せるというのが学園側の姿勢だった。
ここでなら、私だって自由になれる。
寧ろここを逃せば、私は自分が好きなものとその為に培って来たものを誰にも証明される事なく、一生悔やんで生きていく事になるだろう。
これっきり。
この機会に全てを出し切り、魔法を追い求めるのはやめる。
貴族として生まれた女性として、きちんと生きていく。
……そう心に決めていたのだが。
「コルネリア・フォン・ヴェールテ! お前との婚約を破棄する!」
大勢の生徒の前でそう言ったのは、私の婚約者ヨルダン・ツー・メーベルト侯爵子息。
彼は自分の隣に、共同研究の協力者である愛らしい容姿のカーヤ・エングラー子爵令嬢を従えていた。
二人は腕を絡ませ、明らかに仲睦まじい様子。私なんかよりもよっぽど婚約者同士に見える。
「お前、俺達の研究内容を盗んだだろう!」
「……はい?」
「それだけじゃない! 試験でだってお前は不正をしているはずだ! 何故なら、お前のような出来損ないが成績上位を維持し続けるなどあり得ないのだから!」
「それは……ただ単に私が努力してきたからというだけでしょう」
「嘘だ! 長年お前との付き合いがあるが、お前が机に齧りついている姿など見たこともない!」
それは貴方がいない場所で努力しているだけですが?
とは思うのだが……そもそもとして、ヨルダンは私を見下している。
女な上に自分の家よりも地位の低い伯爵家。
おまけにカーヤのように男性から好まれやすい容姿をしている訳でもなく、どちらかと言えば落ち着いた、消極的な印象を与えやすい。
それらから、私の事を自分よりも下と断定した彼による『出来損ない』という評価は彼にとって覆る事などないものであり――であるならば、私が不正をしているに違いないという結論に辿り着いたようだ。
研究についても、私のような女が一人で研究を進められる訳がないという決めつけによる発言だろう。
「お前のようながめつく卑怯である女と婚約など、願い下げだ! よって婚約を破棄する!」
また、彼が婚約破棄を望む最も大きな理由は……言わずもがな、カーヤだろう。
彼は出会った時から感情的な人間だった。
だからこそ分かりやすい。
彼はカーヤを愛してしまい、添い遂げたいと思うからこそ、邪魔者の私を何とか正当な理由で排除したいと考えたのだ。
「全て偽りです。その様な事実はありません」
「ハッ、口でならどうとでも言える! そう主張するのならばお前の研究室を見せてみろ!」
「……構いませんが」
勿論、後ろめたいことは何もない。
だから見られても困るものもない……と、思っていた。
この一時間後。
私はじぶんのかんがえのあまさを悔やむ事になった。
「ひ、酷いです、コルネリア様……ッ!」
「おのれ、コルネリア……ッ! 他人の成果を奪うだけではなく、自分より立場の弱い者を堂々と虐げるとは……!」
そう言って私の研究室で崩れ落ちているのはカーヤ。
涙を見せる彼女を抱き寄せながら、ヨルダンが声を荒げる。
「違います! 彼女が私の研究資料を奪おうと……!」
私達の周りには多くの紙が落ちている。
カーヤが持ち歩いていた、ヨルダンとの研究の資料と、ヨルダンに気を取られていた私の目を盗んだカーヤがこっそりと奪おうとしていた私の研究資料だ。
「お前の研究資料を奪って何になるというのだ! そもそもこれは俺達の資料だ! カーヤが持っていた奴だというのに……! お前が盗もうとしたのだろう!」
「違います!」
散らかっている紙の量や筆跡から何も思わないのが不思議でならない。
何も気付かないヨルダンは大声で叫び散らし、そこに生徒達が駆け付け、座り込んだまま泣いているカーヤや怒りを見せるヨルダンと対峙する私に、冷たい視線が降り掛かった。
顔を手で覆いながらも、こっそりと口角を上げるカーヤを見て、私は「ああ、嵌められたんだわ」と全てを悟った。
「お前のような出来損ないには必ず罰が下るだろう! お前の不正は明らかとなり、誰もお前の研究を評価する事はない! おまけに、俺に捨てられた後のお前にはろくな縁談すら舞い込みやしない! 精々愚かな自分を悔やむんだな!」
……婚約。
そんなものはどうでもよかった。
そんな事よりも、研究の成果を認められず、ありもしない悪評を擦り付けられる事に酷い嫌悪を覚える。
けれどもう、この場における悪者は決まっていた。
私は両手をきつく握り、唇を噛み締めて俯く事しかできなかった。
***
来た。
何が来たのか、というと。
「コルネリア! クラウス様がお前との婚約をお望みだ!」
……新たな縁談だ。
婚約破棄の翌日。
我が家とヨルダンの家の両家による婚約解消の意思確認を終えた直後の事だった。
客室では優雅にお茶を飲んでいる青年が一人。
その正面に腰を掛けていた父は驚きと喜びに満ちた顔をしていた。
……何故?
そんな疑問が出る。
丁寧な仕草でお茶を飲んでいた青年は、カップをテーブルに戻すと席を立ち、私へ向き直った。
「クラウス・アルトマイアー。王立魔法学園では、貴女と同じ学年に属しています。コルネリア・フォン・ヴェールテ嬢」
茶色の髪に、翡翠色の美しい瞳。
四角い眼鏡の奥から覗く目はやや鋭いものの、端正な顔立ちを象徴するように長い睫毛を添えていた。
そして彼の事を……私は良く知っていた。
クラウス・アルトマイアー公爵子息。
公爵家の嫡男だ。
そして魔法学園で常に首位争いをしている優秀な人物でもあった。
ただし……面識は殆どない。
精々、夜会で定型的な挨拶を交わした程度だ。
彼は静かに手を差し出す。
「今の貴女には婚約者がいないとお伺いし、婚約の申し出に上がりました」
今の私に、というか、たった今婚約者がいなくなったというか。
等と心の中で突っ込みつつも、勿論公爵家という大貴族との縁談を反故にする選択肢などあるはずもない。
現実味は全くわかなかったが、私は彼の手を取ったのだった。
***
「う、わぁぁあっ」
婚約が決まってから一週間が経った頃。
私はクラウス様に招待され、アルトマイアー公爵邸を訪れていた。
クラウス様のご両親や使用人……何故だかすれ違う人々が皆生暖かい視線を向けて来ることで正直あまり落ち着いた心地はしなかったが、そんなそわそわとした居心地の悪さも、クラウス様に案内された部屋を見た途端に吹き飛んでしまう。
そこは、魔法の研究に必要なありとあらゆるものが取り揃えられた研究室。
謂わば――宝物庫だった。
「好きに見て頂いて構いません」
「良いんですか……!?」
表情がほとんど変わらないクラウス様は、相変わらずの仏頂面でそう言った。
彼の言葉に甘えて、研究室の端から端までを観察していく。
三十分ほど歩き回ったところで漸く満足し、クラウス様の元へ戻ると、いつの間にか用意させていたらしい二人分のティーカップが机に置かれていた。
「す、すみません、はしゃいでしまって」
「いいえ。こちらとしても貴女が想像通りの人で安心しました」
「想像通り……?」
クラウス様に促され、ティーカップに口を付ける。
視線の先で彼は頷きを見せた。
「この研究所をご覧いただいた通り、俺も魔法が好きな人間なので。理解がある方でないと婚姻は難しいと考えていました。その点、貴女は女性で唯一学園の成績の上位を維持している生徒ですし、個人で研究を進めるような変わり者でもある」
「だから私なら、話が合うのではと……?」
「そんなところですね」
「えぇ……」
「おい」
何故か怪訝そうな声を漏らしたのは、クラウス様の従僕であるジャックという男性だ。
その声を聞いた途端、クラウス様は涼しい顔のまま彼の鳩尾に肘を入れた。
ジャックがその場に蹲るのを尻目に、クラウス様は続ける。
「貴女とヨルダン殿の騒動は耳にしましたが、俺は貴女が積み上げてきた結果が偽りだとは思いません。だからこそ、あのような形で正しいものが蹴落とされるのは許容できない」
クラウス様はそう言うと私に手を差し出す。
「――空を飛ぶ魔法」
ハッとした。
それは私の研究課題だった。
「やはり、そうだと思いました」
「何故それを……?」
「魔法の研究に勤しむ者であれば一度は夢を見るものでしょう。……俺も」
俺もという事は、彼の研究課題もまた私と同じく『空を飛ぶ魔法』だという事。
「同じ課題を抱え、婚約を結んでいる関係なのですから、折角ですし共同研究にしませんか。そちらの方がきっと、得られる成果は大きいはずです」
「でも……私、研究資料を盗まれていますよ」
「頭に入っているでしょう? それに仮に覚えていなくとも、貴女は新しいアイデアを出す事に長けているはずだ」
何故ここまで信頼してくれているのかはよくわからないが、私は、私の実力を信じ、評価してくれるクラウス様の言葉が本当に嬉しかった。
クラウス様程優秀な人との共同研究であれば、得られるものも大きい。
満足する結果を出せるだろう。
そんな予感もあった。
こうして、私達の婚約生活兼共同研究は始まったのだった。
長く研究に没頭する質だったこともあり、私達は空き時間の殆どを共同研究に費やす内……良き協力者となっていった。
いい意味で、どんな事でも言い合える仲。
風魔法の風圧では安定しないだとか、代替案として使える魔法が早々見つからないだとか。
ああすべきこうすべきという議論を何時間も続けることも珍しくはない。
時には言い合いが白熱して喧嘩のようになることもあったが、その後あとくされが残るような事は一切なかった。
そして私達は……『空を飛ぶ魔法』の足掛かりとなるある結果を導いた。
それを卒業論文として提出し……それは、最優秀賞を得た。
私達は生徒の前で研究成果を発表する機会を得る事となる。
研究発表は滞りなく行われた。
私とクラウス様で交互に研究内容を説明し、周りを感心させ……最後に、実際に宙に浮いてみせる。
「この研究の成果は、私一人では導くことが出来なかったでしょう。これも全て、途中から私に手を貸してくれた、コルネリアの力があってのものでした。……それでは今から実際に、人が空を飛ぶという夢物語が実現可能である証明を、彼女にして貰いましょう」
クラウス様に目配せをされ、私は両手を翳す。
足元に浮かび上がる大きな魔法陣。
それが発光し、強い風を伴いながら――私の体は三メートルほど浮かび上がった。
風魔法の他にも様々な技術を複合した事で実現可能となった浮遊。
それに観客たちは感嘆の息を漏らす。
しかしその中で――
「う、嘘だ!」
ヨルダンとカーヤだけが異を唱えていた。
「こいつは、俺達の研究を奪った! だから俺達は研究が進まなかっただけだというのに……ッ! こんな出来損ないが、あの難題を証明できる訳が――」
ヨルダンの言葉にクラウス様は顔を顰めた後、淡々と話す。
「仮に研究資料を奪われたとしても、自分達が導いた結論とその大まかな過程くらいは覚えているものだろう。であるならば、貴殿らのみが研究に成功していたか……貴殿らと我々のどちらもが同じ結果を出していなくてはおかしいとは思わないか?」
婚約後、多くの時間を共に過ごすようになってから気付いたのだが、クラウス様は何故か私には敬語を使うものの、他の、自分よりも地位が低い者に対しては他の大貴族同様に下手にへりくだった姿は見せない。
彼の厳しい口調が、ヨルダンを責め立てた。
「な……そ、それは――」
「彼女の実直は俺が保証する。それに……そこまで言うのであればこの場で、貴殿らが導き出したという研究過程を事細かに発表しても良いんだぞ?」
「そ、それは――」
「……出来ないでしょうね」
私は静かに着地してから口を挟む。
「だって、あれは私の研究の成果だったもの。間違いなく」
「グ……ッ、コルネリア……!」
何も言えなくなり、顔を歪ませるヨルダンを私は冷ややかに見据える。
「貴方は私を出来損ないと言ったけれど……私が出来損ないだったのなら、貴方のような人間の事は何と呼ぶべきなのかしら。……ああ」
私は満面の笑みを貼り付ける。
「――負け犬、ですかね?」
真っ赤になる二つの顔は、大層見物だった。
***
「そう言えば、何故クラウス様は私にはそんなに他人行儀なのですか?」
研究発表が無事に終わった翌日。
アルトマイアー公爵邸でお茶を頂きながら、私は正面に座るクラウス様へ質問を投げた。
「……他人行儀?」
「私の方が低い身分だというのに、丁寧な言葉遣いをしてくださっているな、と」
「ああ…………。いや、なんでもない」
「ええ……?」
彼は気まずそうに顔をそらした。
すると後方に控えていたジャックが笑顔を浮かべる。
「ご主人は、幼い頃に目を通したある論文の虜になってしまってましてね」
「ジャック……!」
「ろ、論文……?」
「ええ、何でも、『既出の学者の名で別人が書いた論文』……だとか」
覚えがありすぎる話だった。
私が目を剥いていると、じわじわとクラウス様の顔が赤くなっていく。
「作者として書かれていたのは男性でしたが、同じ作者の論文を漁っていく内、作者が違う事に気付いたとか。そしてなんと家の権力や人脈で本当の作者を調べ上げ――」
「~~~ッジャック!!」
ペラペラと話し続けるジャックの鳩尾と顎に拳を突き付けたクラウス様の顔は林檎のようだった。
彼は蹲ったジャックの傍で顔を顰めたまま、眼鏡を忙しなく押し上げている。
「…………な、なるほど」
ある程度の事情は理解した。
そして私は、幼い頃の自分の頑張りに気付いてくれていた人がいるという事実が、とても嬉しかった。
「……是非お近づきになりたいとは思ったのだが、貴女に見合うくらいの人間にならねばと思っている内に婚約を申し出る機会も失ってしまい。婚約破棄の話を聞いた時、同じ事は繰り返さないと、慌てて申し出を……」
婚約破棄の直後に婚約を申し出たのにも、きちんと理由があったのだ。
そしてそれは……女性だとか男性だとか、身分差だとか。
そういうものを一切度外視した、『魔法好きの研究者』というありのままの私を見てくれていたからこそ。
「クラウス様」
「……なんですか」
「――ありがとうございます。嬉しいです」
なんだか急に、長年の苦しみから解放され、報われたような気がして思わず涙ぐんでしまう。
それでも喜びから私が大きく笑いかければ、クラウス様は目を見開いた後、更に顔を赤く染めていく。
――なんていじらしい人なのだろう。
そんな彼が……とても、愛おしいと思った。
面識がない時から私に気付いていてくれた人だ。
そして私を理解し、選んでくれ……尊重してくれる人だ。
「それと、そんなに気遣わないでください。私は伯爵家の娘で、クラウス様の婚約者なのですから、もっと気軽にお話しいただければと」
「う……っ、それはその、急には……」
「流石のリスペクト力ですねぇ」
「お前はいい加減黙ってろ」
「っ、ふふ。では……追々、ですね」
婚約前までの、淡白な印象とは打って変わった、あまりにも初心な反応に私はくすくすと笑ってしまう。
この人とであればきっと、私は貴族令嬢としても、そしてコルネリア・フォン・ヴェールテ個人としても堂々と生きていける。
安心するとともに、確かに高鳴る鼓動を感じながら、私は――
――彼と紡いでいく長い未来に思いを馳せるのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
もし楽しんでいただけた場合には是非とも
リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!
また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!
それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!




