第9話 裏庭に残る跡
借りた禁止魔法の本と防衛魔法の本を抱え、帰る途中の廊下は夕暮れの光で静かに染まっていた。
ふと窓の外に目を向けると、学校の裏庭の一角がやけに気になった。
その瞬間、胸がざわつき、足元がふらりと揺れた。
理由はわからない。ただ――“あそこに行かないといけない”と身体が訴えていた。
***
裏庭に出ると、土に半ば埋もれるように黒く焦げた跡が広がっていた。
明らかに、強い魔法が放たれた痕だ。
私は跡にそっと触れた。
ひやりとした時、視界が白く弾けた。
ーー「これで最後の契約だ」
「分かっている。早く!早く戻してくれ!」
「ヒヒ…なにが変えられるんだか…」
声が聞こえる。
見えるのは誰かの足元だけ。
けれど、背筋が凍る気配だけは、はっきり伝わってきた。
視界が戻った瞬間、私は大きく息を吸い込んだ。
一瞬だったのに、全身が震えていた。
(今の…記憶?
私、ここで死んだ?)
確信めいた予感が、喉の奥で重く沈んだ。
そのとき――
「ルナ?」
背後から名前を呼ばれ、振り返る。
アダムが立っていた。
いつもの穏やかな顔。けれど、焦げ跡へ視線を落とした瞬間、彼の表情がほんの一瞬だけ固まった。
「こんなところで何してるの?」
「…ただ、散歩してただけ」
震えを悟られないように声を押さえた。
アダムは私の腕に抱えている本を見て、軽く目を細めた。
「それ、禁止魔法の本だよね。授業で必要だったから、僕もこの前借りたよ」
「…そうなんだ」
(昨日は“詳しくない”ように見せていたのに…)
そのとき、アダムの右手が視界に入った。
袖口から、薄く紫色に染まった痣がちらりと覗く。
(紫の痣…)
禁止魔法の代償。
その言葉が、冷たい何かのように胸に落ちた。
「アダム、その痣……」
「え?」
彼は反射的に手を隠した。
「ちょっと怪我しただけ。大したことじゃないよ」
笑顔は浮かべたままなのに、どこかぎこちない。
「もう遅い時間だよ、帰らないと」
アダムはそれだけ言って背を向け、歩き出した。
私は一歩遅れてその背中を見つめる。
(アダムは…何か隠している?
リリーのお父さんを追いかけたときもそこにいて、
本も同じものを借りてて、
焦げ跡を見て固まって、
そして、あの紫の痣…)
偶然だけでは説明のつかないつながりが、胸の奥に重く積もっていく。
――彼は、味方なのか。
――それとも。
夕暮れの鐘の音が響く校舎で、私はひとり立ち尽くした。




