第4話 封じられた記憶の影
朝、屋敷の門を開けると、アダムがこちらを見上げて立っていた。
安心したような表情で微笑む。
「迎えに来たよ。昨日のこと、まだ心配で」
「あの……心配かけて、ごめんね。ありがとう」
自然と頭が下がる。
アダムはやさしく首を振った。
「いいよ。無理しないで、ゆっくり行こう」
二人で学校へと歩く道で、胸の奥が少し温かくなった。
***
学校に着き、教室の扉を開けた瞬間、声が飛んだ。
「ルナ!!やっと来た!」
金色の髪を揺らしながら、少女が勢いよく駆け寄ってくる。
リリーだ。私の幼なじみで、いつも一緒だとアダムから聞いていた。
動物が操れる能力を持っているらしい。
「あ、リリー」
「聞いたよ、昨日体調わるかったんだって??」
「うん、でももう大丈夫」
その手は小さいけれど、握る力は驚くほど強い。
リリーはニヤニヤしながら、私の顔を覗きこんだ。
「今日アダムと来てたよね?ちょっと〜、私が休んだたった1日で急に仲良くなるなんてことある〜?恋の始まりですか〜??」
「そ、そんなわけじゃないよ。昨日ね、体調悪かったのを、助けてもらっただけ」
「ふーん? 本当に〜?」
リリーはふわっと笑い、軽く肘で小突いてきた。
私を“いつものルナ”として話してくれるのが嬉しくって、私も笑った。
***
午前の授業が始まる。
魔法薬学、魔植物学、初歩の治癒魔法。
知らないはずの手順なのに、杖を持つ手は自然に動き、魔力の流れも引っかかりなく扱えた。
――覚えてなくても、体だけは忘れていない。
不思議な感覚だった。
***
昼休み、リリーと並んでランチを食べる。
「で、ほんとにアダムとは何もないの?」
「何度も言ってるでしょ。助けてもらっただけだって。ちょっとかっこいいとは思うけど...」
「ほら〜! 言った!
まぁ、幼なじみの私としては簡単に奪われるのは困るな〜」
「奪われるって……誰が?」
「さあ」
とぼけて笑うリリーが、なんだか安心させてくれた。
***
放課後、アダムに連れられて病院へ向かう。
「記憶喪失……?」
医師は私の話を聞くと、険しい表情で机の上に手を置いた。
「解除魔法を試してみましょう」
額に柔らかい光が触れた瞬間、胸の奥で何かが反発した。
まるで硬い鎖が打ち鳴らされるような、冷たい感覚が走る。
「……強力な封印です」
医師は困惑したように眉を寄せる。
「これは通常の記憶喪失ではありません。誰かが“意図的に”記憶を閉ざしている可能性がある。しかし、私では解けない」
部屋が静まり返った。
「なにか思い当たることはありますか? 衝撃的な体験、誰かとの約束、呪いの気配など……」
思い返そうとすると、頭の奥で鈍い痛みが走った。
――血の匂い。
――卒業式の学校。
――崩れ落ちる視界。
そして。
闇の中で、くぐもった声が響いた。
――「これで最後の契約だ」
その声は、人のものではなかった。
邪悪で、冷たい、底のない闇のような声。
思い出した瞬間、体が震えた。
アダムがその手をそっと支えてくれる。でも、私は声が出なかった。
“最後の契約”――あれは、いったい誰の声だったのだろう。




