第3話 優しい旋律に導かれて
放課後のチャイムが鳴るころ、校舎の窓にオレンジ色の光が差し込んでいた。
隣の椅子で寝ていたアダムが、眩しそうに目を覚ました。
「いつのまにか俺まで寝ちゃった。ルナ、送るよ。ひとりで帰るのは心配だから」
「ありがとう。」
校門を出て、少し歩くと街のざわめきが遠くなる。
アダムの申し出は、正直帰る道もわかないので助かった。
「明日、病院行ってみよう。ちゃんと診てもらったほうがいい」
アダムが立ち止まり、真剣な目で私を見る。
「……うん。付き添ってくれてありがとう」
「いいよ。じゃあ、また明日」
アダムは一度だけ微笑んで、屋敷の門の前で手を振った。
その背中が夕日の中に溶けて消えるまで、私はぼんやりと見つめていた。
***
屋敷の扉を開けると、すぐに足音が駆け寄ってくる。
「お嬢様、お帰りなさいませ!」
ふくよかで優しい雰囲気の女性――家政をすべて任されている使用人、
マルレーヌが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「まあ……ずいぶん元気がありませんね。
……もしかして、辛い日だから、でしょうか?」
「つらい日……?」
マルレーヌは胸の前で手をそっと重ねて、静かに言った。
「ご両親のご命日は、毎年、少し沈んでしまわれていますので」
今日が、両親の命日なのか。
私の知らない“過去の私”が胸を痛めていた日。
正直親の顔も浮かばないので、今の私は悲しみさえできない。
心に穴が空いたような感覚がした。
「いつも通り、お嬢様の大好物のシチューをご用意しておりますよ。
無理にとは申しませんが……少しでも召し上がれたら」
その優しい声に、ここが私の家なんだと安心できた。
***
食事を終え、部屋に戻る。
大きな四柱ベッド。
整えられた机。
本棚には魔法植物の本がぎっしりと並び――
けれど、どれも「自分のもの」という実感はなかった。
私は几帳面で真面目だったのだろうか。
私は部屋の引き出しをひとつひとつ開けていく。
何か、自分を思い出すきっかけになるものを探しながら。
そして、机の上にあった小さな銀色のオルゴールに手を伸ばす――
「……これ」
触れただけで、胸の奥が疼く。
蓋をそっと開けると、懐かしい旋律が流れ始めた。
その音が空気を震わせた瞬間、世界が白くかすむ。
――パパ!
――ルナ、3歳の誕生日だ。プレゼントだよ。大事にしておくれ。
大きな手がオルゴールをそっと私の手に乗せる。
暖炉の前で笑う男性。
楽しそうに音色に耳を傾ける幼い私。
そして場面が変わる――
事故の音。
父の腕が私を抱きしめ、どんどん冷たくなっていく。
そのまま暗闇にのみ込まれていく感覚...。
記憶がフラッシュバックしたようだった。
「……パパ」
私は膝から崩れ落ち、その場でしばらく動けなかった。
涙が止まらない。
心が締め付けられるように痛い。
でも、その痛みが教えてくれる。
私はたしかに“ここにいた”。
三歳の頃、父と笑っていた。
失われた記憶は、たしかに存在した。
オルゴールの音が静かに途切れた瞬間、
胸の奥に、ひとつの小さな決意が灯った。
――どうして、卒業式で私は死んだのか。
誰が、私を殺したのか。
それを突き止めて、私は絶対に生きてやる。
そう強く思いながら、
涙に濡れたままのまぶたをそっと閉じた。




