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フジツボとなる


 あれからどの位の月日が経ったのでしょう。

 そして閉塞感の漂う息子の引きこもり生活は改善されるどころか、ますます酷くなっておりました。

 いえ……()()()()()()()、まだ希望は残されていたのかもしれません。


「――母さん、もう夕方だよ。腹減った。メシをここまで持ってきてくれよ……」


 今日も薄暗い息子の部屋に入り、食器を載せたお盆を運びます。


「……ススちゃん」


 見たくもない部屋の隅には、象牙色したトイレの便器を大きくしたような薄気味悪い壺が、フローリングからキノコ状に生えておりました。

 誠におぞましい……私が今、目の前にしているのは現実でしょうか。二階部屋にあるはずもない異様な物体は、一体何なのでしょう。

 それに息子は、壺の中にノートパソコンやゲーム機などを持ち込んでいるらしく、幾多のコード類がコンセント付近から伸びていました。その壺の中から私の心を掻きむしるような音楽が、漏れ聞こえてくるのがたまりません。


「母さん、もっと近くに置いて。そこじゃあ、手が届かないよ」


 彼の言う通りにすると、壺の上部にある拙い蓋状のものが、ゆっくり開かれたようです。そして静脈の浮いた長く細い右腕が、白蛇のように食器までヌルヌル伸びてきたかと思うと、大皿を掴みました。


「熱い! 今夜はカレーか……」


 我慢して見ていると、息子は麦茶の入ったコップやサラダの器を、片腕だけ出して自分の入っている壺の中へと次々取り込んでゆきます。一切、顔や頭を壺から出さずに……。

 この不気味な一連の動作や外見から、私は磯で見かける生物の群れを想起せざるを得ませんでした。

 これでは、まるで陸のフジツボ……私の息子は、引きこもりを拗らせて、とうとうフジツボ人間にまで成り下がってしまったのです。


「母さん、ごちそうさま。食器とスプーンは回収しといてね」


 あまりの絶望に黄ばんだ私の顔色など見えるはずもなく、息子は既に通り抜ける事も不可能なほどに絞った上部の穴から、食べ終えた皿を片手で器用に取り出してゆきます。


「おまえ、もう出てくる気はないのかい?」


「……出るって外に? 冗談でしょ? もう誰にも、この姿を見せらんないよ」


 どういう精神状態なのかは、外から伺い知る事もできませんが、息子は同時に古くなった下着や大小便の入った汚物の容器を、壺の外にまで丁寧に排出してよこしました。


 自分の殻に閉じこもるとは言いますが……。

 ここまで完璧に外界との接触を断った人間を――私は未だかつて知りません。

 




 

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