ハイドロキシアパタイト・Ca₅(PO₄)₃(OH)
息子に異変が起きてからは、ますます部屋に引きこもる傾向が強くなりました。
「ススちゃん……聞いてる? 今日こそは病院へ行ってお医者さんに診てもらいましょうよ。母さん、あなたの体が心配で……」
「……………」
「聞いた事もないような、病気なのかもしれないわよ! 行きたくないのは分かるけど……」
「……ふふふ……部屋から出たくもないけど……母さん、ちょっと見てよ……」
「ええっ?」
予想外にも息子の方から鍵を開け、廊下に出てきました。いつもと同じ服装で、ボサボサ頭でしたが、運動不足の割には以前のように太る事もなく、逆にすっかり細くなった印象でした。
軍手をはめた指先からは、相変わらず謎の精液状の分泌物が漏れている事に、違いはありません。
「ススちゃん! あなたやっぱり……!」
「それよりコレを見てよ。僕が作ったんだ」
彼が差し出した真っ白で異様な物は、小学校時代に紙粘土で作った記憶もある、歪な形の壺でした。
「これは……何なの?」
「だから……僕が作ったんだよ……」
薄暗い部屋の隅に目を凝らしてよく見ると……。
作りかけの白い樽のような形をした、これより遙かに巨大な物体が鎮座しておりました。
「ひいッ!? あなた、部屋で何してるのよ?」
「面白い事に気付いたんだ。ちょい手を出して……」
そう言うが早いか、拒絶する私の腕を左手で強引に掴むと、右手にはめた軍手を歯で噛んで外しました。
「や、やめて! 何するの?」
何と私の掌の上に、息子はソフトクリームを螺旋状に盛るように、指先から分泌されるゲル状の物質を載せてゆきました。すると、みるみる粘液は硬化し、あっと言う間に固まると、茶碗のような作品が完成したのです。
「……! これは一体……?」
心底驚いた様子を見て満足したのか、息子は別人のように晴れやかに謳いました。
「これは神様が、不幸な僕に与えてくれた能力。AIにも尋ねてみたけど、よく分かんない。どうも体中の骨に含まれるリン酸カルシウムを炭酸カルシウムに変換しながら出しているみたい」
「それって、どう考えても」
「あはっ! 病気じゃないよ……ぎゃッ!」
母の心配をよそに高揚感で飛び跳ねた矢先、どこか脚の骨が砕ける音がしました。ひょっとして、骨粗鬆症?
「痛たたた……、救急車なんて呼ばなくてもいいから!」
ズルズルと這ってゆく息子……進の視線の先にはあの、不気味な甕とも壺とも付かない物が床に固着していたのです。