引きこもる
とても哀れで残念な事に、進は不登校となりまして数ヶ月。その上、自分の部屋に引きこもる時間が、ほとんどになってしまいました。
「ススちゃん? 聞いてる……? 今日も看護学校の担当教員から連絡がきたわよ」
ドアの隙間越しに見える息子の部屋には電気が付いており、時々見計らうようにトイレに行く音が聞こえてくる事から、起きている事は間違いありませんでした。
「あなたの携帯の方にもメールがきているはずよ。もうすでに病気休暇申請も目一杯だって。これ以上休むと1年で取得可能な単位にも限度がきて、留年決定になるそうよ」
何やらガサゴソとした物音と、パソコン視聴している映画のセリフが、鍵の掛かった部屋から漏れ伝わってきます。
「ススちゃん! もう我が家には来年の学費を重ねて払う余裕はないの。だから……!」
「……………………」
私の涙声が届いたのでしょうか、一切雑音のしなくなった部屋からは電気が消えました。
「聞こえてるの? ここを開けて頂戴!」
「……うるさい! 聞こえてるよ!」
見えるはずもない部屋からは、全ての現実から逃避した息子が、布団に包まって頭を抱えている姿が想像できました。
ドアをノックするたび、息子のガラスのような心にヒビが入り、粉々になってしまうような錯覚に陥ってしまった私は、いつものように食事をドア前に置いた後、そそくさと階段に沿ってギスギス音のする階下へと降りてゆくしかありませんでした。
そんな人間社会から隔絶した生活を送る事、約1年……。とうとう息子の黒川進が部屋から飛び出してくる事態が発生したのです。
「母さん……大変だ!」
あまりに突然の出来事に目を見張った私は、数ヶ月ぶりにじっくりと見る息子の姿に涙したのです。
――髪は自分で切っているらしいのですが、肩まで届くほどに伸び放題。ロクに鏡を見ないためか、髭も雑に切り揃えられ囚人のよう。まともに陽を浴びないせいで青白く、目だけがギラギラと光り、異様に太った体型と共に異臭を放つまでになっていたのです。
でもやはり、かわいい一人息子。驚きよりも憐れみの方が勝り、脂ぎった両手をそっと掴んで俯き、静かに伝えたのです。
「やっと出てきてくれたのね! ススちゃん。私は信じていたわ……」
そんな私を優しく振り解くように息子は、自身の体の異変を訴えてきたのです。
「母さん……それより変なんだ……見て……」
「きゃっ! 手に付いてるのは何なの?」
黒川進がそっと差し出した指先からは、何か灰色のネバネバとしたセメント状の物質が、彼自身の脈拍にシンクロするように分泌され続けていたのです。それは糸を引くように床に垂れ、部屋を純白に汚していました。