女の世界
――担任の先生から伝えられる息子の専門学校での生活は、私にとって耳を塞ぎたくなるようなものばかりでした。
とにかく息子以外の生徒は、看護師志望の強気な女性ばかりだったので、男性はクラスにおいて異質どころか浮きまくり、排除されるべき目障りな存在だったようなのです。
私にとっては経験した事もない、ドラマの中でくらいしか知る事もない世界だったので、てっきり看護師を目指されるようなお嬢さん達は、どんな人間に対しても優しく天使のような存在であるかのように勝手に思い込んでおりました。
しかしながら実際には過酷な業務の中で、苛烈な人間関係を渡り歩いてゆくような強靱な意志を持つ鉄の女が集う世界だったようなのです。
ストレートのロングヘア、綺麗な顔立ちで今時の着こなしをした同級生の南は、いわゆるブサメンで小男の黒川に暇つぶしで声を掛けた。
「おい、黒川! どうしてこんなトコにいんのかねェ~? 男はオメ~一人じゃねえか!」
南のツレの中西も負けず劣らずのショートヘア美人だったが、天性の加虐嗜好があり、小動物に対しても保護本能が働くような娘ではなかったのだ。
「甘かったねェ~、女の園に紛れ込んで上手くやろうとでも思ってたか? 僕でもモテまくるとでも?」
やはり弱気で、まともに他人の目を見て話せない引っ込み思案の黒川は、机に視線を落とし目を泳がせ、しどろもどろになって、どうにかかすれた小声を絞り出すよりなかった。
「あ……う……いや、そ、そんな下心なんて……ないし、本気で看護師を……」
それを聞いた南と中西は、何だかイライラをつのらせた。
「何言ってんのか聞き取れねー」
「高校の時からこんなか? 陰キャか? 看護師なんてコミュ力が命なのに、こんなので~これからも病院でやってけると思ってんのかよ」
クラスの皆が思っている事をズバリ突かれた黒川は、反論する事もなく萎縮し、ただただこの休み時間が過ぎ去るのを黙ってやり過ごす醜い塊となった。
「チッ! オメ~前から思ってたけど、何かくせ~んだよ。毎日風呂に入ってんのか?」
「医療現場は清潔が命ですよ~」
どういう訳か、周囲のクラスメイト達は彼に対して無関心で、救いの手を差し伸べる事もなかった。
詰め込み型の無理のある時間割とテストスケジュール。教員からの脅しにも似た国家試験への過剰なプレッシャーと、神経に障るお小言説教の毎日に、誰もが閉塞感を覚えて心が荒みつつあったのだ。
当然、毎年のように成績の悪さで心が折れてしまうのか、志半ばで退学する生徒も決して珍しくはないのが実態のようである。