七、
「なあ、将梧」
「ん?どうした薫」
「何か、俺。いつも思うんだけどさ」
「うん」
「豹って、将梧に似てると思わねえ?」
青空の下、きらきらと輝く瞳で豹を見つめていた薫が、そのきらきらとした瞳を将梧に向けると、唐突にそう言った。
「え?俺が、豹に似ているんじゃなくて、豹が、俺に似ているのか?」
そんな薫の隣で、嬉しそうに豹を見つめる薫をにこにこと見つめていた将梧は、薫の言い様に首を傾げる。
「そ。豹が、将梧に似てんの。まあ、普通は『豹っぽいね』なんて言い方するんだろうけど。俺にとっては、将梧が先だからさ」
「俺が先?」
「うん。将梧ありきってやつだな。だから、豹の方が将梧に似てるって、俺は思うわけ・・・あ、ほら。歩く姿も格好いい」
飄々と語り、無意識に将梧を喜ばせる薫は再び豹の動きに釘付けとなっていて、豹そっちのけで将梧が自分を見つめていることになど気づきもしないのだが、将梧は、そんな薫も可愛いと、少々ぽんこつな事を考えた。
第一、夢中になって豹を見ているとみせかけて、自分を思っていたなど嬉しい以外の何物でもない。
思わず、頬も緩んでしまうというもの。
「そうか。俺ありきか」
「そうそう。俺は、何事も将梧基準だから」
存分に豹の姿を堪能した薫と、そんな薫を堪能した将梧は、どちらからともなく再び歩き出す。
「なあなあ。俺は、何に似てると思う?」
「薫に、何が似ているかじゃなくて?」
「うん。動物に例えるなら、ってやつ」
わくわくした様子の薫に問われ、将梧は、やや考えてから答えを口にする。
「そうだな。正直、薫は薫だと思っているから、動物に例えて考えたことないけど・・・うん。薫は、草食動物っぽい。それか、鳥」
「わお。どっちにしても、豹たるお前に食われるやつだな」
「ああ。食べたい」
どちらにしても豹の餌食だと、冗談めかして言った薫は、予想以上の真顔で食いつくように答えられて、顔を引き攣らせた。
「おい、将梧。本気っぽいから、その目やめろ。大体、俺は美味しくないぞ?ほら、あんま身も付いてないし」
「そんなことない。絶対美味しいに決まっている。大丈夫だ。薫を怖がらせないよう、ゆっくり丁寧に、大切に食べるから」
だから、その時には安心して任せろと言われ、生殺しのまま、ゆっくり時間をかけて食べられる自分を想像した薫は、ふるふると首を横に振る。
「いや。その時は、いっそひと思いに頼む」
「それは。随分、潔いな」
「男は、度胸だからな・・・てか、怖がりなだけな気がする。痛いの嫌だし。な、それより昼飯、何にする?」
自分が将梧に食べられる話ではなく、自分が昼食を食べる話をしたいと、薫は隣を歩く将梧を見上げた。
「分かった。その時には、絶対に痛くならないようにする・・って、昼か。俺は何でもいいかな。薫は?何が食べたい?・・・ん?薫?どうした?」
自分から話を振っておいて、じいっと将梧を見上げたまま返事をしない薫の目の前で、将梧はひらひらと手を振ってみせる。
本当なら、不意打ちでキスのひとつもしたいところだが、ここは未だ我慢と、将梧は食い入るように薫の唇を見つめた。
「いや。相変わらず、背高いなと思ってさ。また身長伸びたんじゃないか?」
「ああ、身長の話か・・・そうだな。少しは伸びたけど、もうそろそろ止まりそうだ」
そうか、そんな色気の無い話かと、予想通りではあるものの落胆する気持ちをうまく隠して、将梧はきちんと答えを返す。
「ってことは、未だ伸びてんのか」
「そうだけど。ひところのような伸び方はしなくなった」
「はあ。そんだけありゃ、充分だろ」
言いながら、薫は自分の身長が何故か1センチ縮んだことを悲しく思い出した。
「そうだな。これだけあれば、薫を、楽に抱き上げられると思う」
「背だけじゃなくて、筋肉もあるもんな、将梧」
何故か筋肉も付きにくい自分の体質を恨めしく思いつつ、薫は将梧の腕に触れる。
「薫は、そのままがいい。可愛い」
「お前はまた。性懲りもなく、俺を可愛いなんて言いやがって。そういうのは、女の子に言ってやれ」
呆れたように言う薫を見て、将梧は嫌そうに目を細めた。
「薫に、そんなこと言われたくない」
「でもさ。将梧だって、可愛い女の子と歩きたいとか、思わないか?」
「思わない」
「ほんとに?全然?まったく?」
「ほんとに。全然、まったく。欠片も思わない」
心底興味無さそうに言う将梧だが、動物園に来るまでも来てからも、周りからの注目度はとても高いことを、隣にいる薫は知っている。
特に、ふとした笑みを浮かべた瞬間など、周りから黄色い声が上がりかけているのだが、将梧はまったく意に介さない。
「将梧、折角もてるのに」
「不特定多数にもてても、意味なんかない」
「まあ、確かにそうだな。でも、将梧は格好いいし頭もいいし、優しいし思いやりもあるから、本命にだって好かれるよ」
ずっと一緒に居る俺が保障するという薫のその言葉に、将梧が大きく反応した。
「そう思うか?」
「ああ、思う。少なくとも、俺だったら好きになる」
『だから、自信もて』と笑う薫に、将梧は真顔で頷きを返す。
「分かった。凄く嬉しい。ありがとう、薫」
「いえいえ。何か協力できることあったら、言ってくれよな?」
誠心誠意協力するからと、冗談めかしたなかにも、そこは真剣だと告げる薫に、将梧は瞳を輝かせた。
「じゃあ、今度は薫が作った弁当持って出かけたい」
「はへ?」
本命の子とのことで何か協力するという話の筈が、まったくの予想外のことを言われ、きょとんとする薫に、将梧は噛んで含めるように言う。
「だから。薫の手作り弁当持って、薫と一緒に出掛けたい」
「俺の手作り弁当?それ持って一緒に出かける?それって、さっきの話と繋がるのか?じゃあ、で繋がるのか?・・あ、本命の子といきなりふたりは嫌だから、俺も含めて、出来ればダブルデートしたいってことか?いや、でもな」
しかしそれなら、欲しいのは彼女の手作り弁当かと、将梧の意図が分からない薫は首を捻った。
「違う。ダブルデートなんてしたくない。俺は、薫の手作り弁当が食べたい」
それが何よりの協力だと告げないまま、将梧は自分の望みを言い続ける。
「俺の手作り弁当ねえ。俺、形の悪い卵焼きくらいしか作れないけど?」
将梧の意図することには気づかず、会話の流れがおかしい気がすると不思議がりながら、それでも『なんで俺が?』とは言わない薫に、将梧は頬を緩ませた。
「知ってる。それがいい」
「うんじゃまあ、いいけど。いつにする?」
頭のなかにカレンダーを思い浮かべた薫が言えば、将梧は嬉々として答える。
「早い方がいい。ゴールデンウィーク中に行こう」
「ゴールデンウィーク中って。お前、勉強はいいのかよ」
「効率重視だ。任せろ」
胸を張って言う将梧に、薫もふんわりと笑みを返す。
「分かった。それじゃ、そうしよう」




