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六、







「薫。もうすぐ誕生日だな。何か欲しいもの、ある?」


「将梧が選んでくれるなら、何でも嬉しい」


 ゴールデンウィークを目前に控えたある日のこと、登校途中で将梧に聞かれた薫は、にこにこと毎年恒例の答えを返す。


「そっか。じゃあ、また一緒に買いに行くでもいいな」


「おうよ。楽しみにしてっからな」


 薫の誕生日は、五月の十三日。


 当日は、将梧の家族も一緒に祝うのが、これまた恒例となっていて、それは将梧の誕生日も同じ。


 因みに、将梧は薫の母である小百合(さゆり)を小百合母さん、父である彩人(あやひと)を彩人父さんと呼んでおり、薫も、将梧の母である紗枝(さえ)を紗枝ママ、父である夏樹(なつき)を夏樹パパと呼んでいて、よく親戚と間違えられている。


「ゴールデンウィークはどうする?動物園は、絶対だよな?」


 続けてゴールデンウィークの相談をする将梧の言葉に、薫は目を輝かせた。


「もちろん!動物園は、絶対に行く!あ、でも将梧は勉強あるだろ?なんたって、受験生だ」


 『動物園にはいつ行ってもいい』というのが薫の弁だが、この時期、若葉のきれいな園内を歩くのは最高だと言って、ゴールデンウィークには必ず動物園へ行く。


 子どもの頃は、いつも必ず両家揃って行っていたものが、最近では、将梧と薫だけで行くことも増えた。


 しかし流石に受験を控えた今年は無理だろうと、薫は、寂しさの宿る目で将梧を見る。


「それは心配しなくていい。もちろん、受験も大事だが、それで薫と出かけられないなんて、本末転倒だからな」


「本末転倒?」


 受験そのものが、薫との将来のためと考えている将梧の発言に、そんな本心を知らない薫が首を傾げる。


「楽しみがあった方が、集中も出来るということだ」


「うん。それは分かるし、一緒に行けるのは嬉しいけど。それで本末転倒って言うか?・・・まあ、でもそういうことなら分かった。俺も、将梧と一緒に行ける方が楽しいし、嬉しい」


 将梧の苦しい説明に『そういう場合に使うか?』と呟きながらも、薫は一緒に出掛けられるのは嬉しいと、満面の笑みを浮かべた。


「俺も、薫といられるの嬉しいから、お互い様。あ、あと。ゴールデンウィークの間も、薫はバイトだろう?だから、出かける日にちは、薫の都合のいい日に合わせる」


「ありがと。将梧も、都合のつかない日は言ってくれよな」


「ああ。もちろん」


 そう頷き、薫を安心させるように笑いかけるものの、薫最優先の将梧にとって、薫より大切なもの、優先すべきものなどない。


 将梧の予定は、薫ありき。


 ゆえに将梧は、薫に誘われた日に先約があり断ったことなど無い。


 多少の予定変更などはお手のものだし、今では、薫の行動を先読みして自身のスケジュールを組むことにも慣れた。


 薫か薫でないか。


 将梧の感覚は、そこに集中している。


 後は、自分の家族と薫の家族。


 将梧の世界は、本当に大切な、中核のみで形成されているのである。






「楽しみだな。ゴールデンウィーク」


「はは。舞岡は余裕だな。そのすぐ後に、中間テストが控えていること、忘れていないか?」


 将梧とゴールデンウィークに動物園へ行く約束をした薫は、半ば諦めていたそれが叶ったことに席に着いてからも浮かれていて、隣の席の門脇に苦笑されてしまった。


「忘れては無いけどさ。だって俺、受験しないから気楽なんだよ」 


 言い訳するわけじゃないけど、と言って、薫が、へへへと笑う。


「別に、受験ありきの中間テストではないと思うが」


 そんな薫に、門脇は苦笑しながらそう言った。


「ひょええ。正論。確かに、学んだことがどれだけ身に付いているか、ってことだよな。あ、でもさ。それで言うなら、特別な勉強しないのが正当・・・いや。復習するのは普通。だとすると、どこからがテスト勉強?範囲をやること?」


 真剣に考え込む薫を見て、門脇がくすりと笑う。


「本当。舞岡は、可愛いな」


「なっ。今の話のどこに、そんな要素があった?・・・まったくもう。門脇は、成績がいいからって」


 『馬鹿にしてくれちゃってからに』と、ぷりぷり怒る薫を見て『そういうところが』と、困ったように門脇は眉を下げた。


「別に馬鹿にしたわけじゃないんだが」


「でも、可愛いって言ったじゃないか」


「可愛いは、誉め言葉だろう」


「俺は男だぞ?」


 薫にとって、可愛いは誉め言葉ではないが、門脇にとっては違う。


「ところで。舞岡は、何かいいことがあったのか?とても嬉しそうだが、ゴールデンウィークに、何かあるのか?」


 薫の顔だけでなく、その仕草や表情までも可愛い、好ましいと本気で思っている自分と、可愛いと言われることを、揶揄いや馬鹿にされたと受け取る薫。 


 どこまでも平行線になりそうな会話を察知した門脇は、賢くも話題の変換を試みた。


「あ、そうなんだよ!俺は受験しないけど、将梧はするから、今年のゴールデンウィークは、もう一緒に遊べないって言われるだろうなって思ってたんだけど、大丈夫だって言ってくれたんだ。だから、今年も将梧と一緒に遊べるし、居られるんだよ」


「・・・・そうか。秋庭と居られるから、舞岡は嬉しいのか」


「うん」


 嬉しさが零れ落ちるような満面の笑みで答える薫を複雑な表情で見つめて、門脇は小さくため息を吐く。


「薫と居られないなんて、そんな選択、俺は絶対にしない」


「うっわあっ!将梧、お前なあ。後ろから急に抱き付くなよ。そんでもって、耳元でしゃべるな!」


 背後から突如現れた将梧に驚く薫の頭上で、将梧と門脇の視線が火花を散らし、まるで竜虎の如く睨み合うも、彼らより頭が下にある薫には見えない。


「将梧!重い!」


「そうか。なら、もっと体重をかけてやろう」


「わあっ。ほんとに何すんだって。将梧ってば。放せよ。潰れる!」


 将梧の腕を叩きつつ、わざとらしく机に突っ伏して言うものの、本気で嫌がってはいない薫は、楽しそうに笑ってさえいる。


 そして、そんな薫の肩口にぐりぐりと顎を擦り寄せ、力を掛けるふりをする将梧。


「舞岡」


 他者が入り込めない何かを感じるふたりを前に、何かを言いかけた門脇が、そのまま口を噤む。


「薫」


 ぎゅうっと、わざと強く抱き締め抱き込んで、将梧は、にやりとした笑みを門脇へと向けた。



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