表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/23

五、







「どわああっ!」


 夕食後、入浴も済ませ、ベッドに寝転がってゲームをしていた薫は、窓から聞こえた、だんっ、という衝撃音に驚き、反射的に飛び起きた。


「おいっ、将梧!驚くから、これやめろって言ってんだろ!」


 そして素早く窓を開け、そこにくっ付いているそれを外すと、振り回しながら隣の窓へと叫ぶ。


 薫の部屋の窓に衝撃音を与えたそれとは、ダーツの矢。


 とはいっても、先端が吸盤になっているものなので、危険は無い。


 それでも驚くのでやめてくれと、いくら薫が言っても、将梧は時折この方法を使う。


 隣り合う家の、隣り合う部屋が互いの自室だから、気分が向いたからと将梧は言うが、何やら嫌がらせの匂いがすると、薫は思っている。


 なぜなら、普段はこんな方法を取ることなく、普通に呼びかけるか、メッセージが送られて来るのだから。


 


 なんだ?


 俺、何か将梧を怒らせるようなこと、したか?


 今日あったことといえば・・・お、そうだ。


 山野さんが難儀していた瓶の蓋を、華麗に開けることが出来たんだった。


 あれは、気分が良かったよな。


 タイミング的に、将梧もそれが分かっただろうけど、そんなことじゃ怒らないだろうし。




「薫。そっち、行っていいか?」


 将梧が怒るようなことをした覚えもないし、家に帰るまで将梧の態度だって普通だったと、薫が思い返していると、案の定の提案がなされた。


 このダーツが飛んで来た時の将梧の用事はいつも同じで『今日、一緒に寝よう』である。


 つまり、この場合の『そっち、行っていいか?』は、単純に薫の部屋に来ることを指すのではなく『今日、一緒に寝よう』と変換されるのである。


 だったらストレートにそう言えと薫は言うのだが、何やら将梧にはこだわりがあるらしい。


 一度、揶揄うつもりで『え。泊まりだとは思わなかった』と、部屋に来た将梧に言ったところ、将梧が拗ねるという、大変に面倒な事態となってしまった。


 以来薫は、暗黙の了解で分かっている事実で将梧を揶揄うことをしていない。


 教訓は、きちんと生かされているのである。


「いいか、って。駄目だって言ったら、どうすんだよ?どうせ、もう準備し終わってんだろ?」


「当然」


「はあ。いいぜ。今日は一緒に寝よう」


「すぐ行く」


 言葉と同時、将梧は窓を閉めると、さっさとカーテンも閉め、薫が苦笑している間に部屋の灯りも消えた。


「はやっ。あいつ、もっと距離が近かったら、飛び移ってきそうだよな」


 互いの家の間に、それなりの土地があるためやったことは無いが、将梧なら距離によってはやりそうだと思いつつ、薫は窓を閉める。


「あ。そうだった」


 そして、ベッドに放り投げたままのスマホに気付くも、戦闘は既に終了していた。


 もちろん、薫がやられた方。


「薫。来た」


「てめえ、将梧!お前のせいで、俺がやられちまっただろうが!」


 その時、タイミングよく将梧が来たことで、薫は、何を考えるより早くそう叫んだ。


「え!?薫、やられたのか!?誰に!?門脇か?まさか、あのバイト女!?」


「は?いや別に、門脇とも山野さんともゲームしてないけど?」


 ぽかんとして薫が言えば、将梧も落ち着いたように薫の手にあるスマホを見る。


「なんだ。よかった」


「『よかった』じゃねえよ!まあ、取返しつかねえ場面じゃねえから、いいけど」


 本当に安心した様子の将梧に、薫もそれ以上強くは言えなくて、ふたりは何となく定位置に座った。


「なあ、薫。薫は、進学しないで就職するって言ってたけど。どんな所に就職するつもり?」


「今のバイト先。何か、性に合ってるから。なあ、何か飲むか?」


 向かい合う形でラグに座った薫が、そう言いながら立ち上がる。


「いや。今はいい。そうか、今のバイト先か」


「そ。喫茶ソレイユ。マスターにも、どうかなって打診されてるし」


 何も飲まないと将梧に言われたことで、再び座った薫がそう言うのを、将梧は真面目な顔で聞く。


「やっぱり、進学はしない?」


「しない。俺、あんま勉強好きじゃないし。大学、行きたいとも思わないもん」


 知りたいことを学ぶのはいいけど、他に付随して来るものが多すぎて嫌だと言う薫に、将梧も頷きを返した。


「薫が、薫らしく輝ける選択をするのが、いいと思う」


「ありがと。親もそう言ってくれてるから、楽だよ」


 世間では、親と子で進路の希望が合わず衝突する、なんて話もあると聞いている薫は、自分の意見を尊重してくれる両親に感謝だと笑う。


「俺は、進学する。将来、安心して嫁に来られるよう、安定且つ高給取りになれる就職、頑張るから」


「へえ。もうそこまで考えてんのか。将梧と結婚するひとは、幸せだな」


 妻に迎えるひとのことを考えて、進学、就職を目指すなんて流石将梧だと、薫は先ほど飛んで来たダーツの矢を手に取った。


「だったらさ。こういうのは、その相手に投げろよ」


 笑いながら薫が指さしたダーツの、吸盤部分の形はハート。


 まるで、キューピッドの矢のようだと、最初にそれが飛んで来た時から薫は言っていて、将梧もそう思うと返している。


「だから、投げてる」


「え?なに?よく聞こえなかった」


「いや。薫から、投げ返してくれたこと、無いなと思って」


 将梧は、意図をもってハート型の矢を投げている。


 しかし、薫がそれを戻すのは、いつだって手渡し。


 それも悪くないと思う将梧だけれど、今日のように、薫の口から誰かを好きだと聞いたり、そんな状況を見せられるのは堪えられない。


 時間がかかってもいいとは思っているが、誰かに取られるのは我慢がならないのである。


「なんだ。投げ返してほしいのか?」


「投げ返してほしい」


 主に、気持ちをと、期待を込めて言う将梧に、薫は難しい顔で言い切った。


「俺。お前の所に届くように投げる自信が無い。届いたとしても、絶対くっつかなくて、落ちる」


「じゃあ、先に呼べばいい。俺が顔を出して、受け取るから」


「お、それなら出来そう。なら、今度そうするな」


 気安く言う薫の言葉に、深い意味は無いと知りながら、将梧は嬉しい気持ちで薫と同じベッドに入る。


「苦しいところ、ないか?」


「ん。だいじょぶ」


 いつものように、薫を壁側に寝かせた将梧が、薫を抱き込むように横になれば、薫が楽しそうに笑う。


「ガキの頃から、変わんないな。俺達」


「俺は、薫と、ずっと一緒にいたい」


「俺も。将梧とは、環境が変わってもずっとこんな風に、一番の友達でいたい」


 生まれた時からずっと一緒で、同じベビーベッド、同じ布団に寝かされている写真も多くあるふたり。


 一緒に寝ることに、今でも抵抗の無いふたりだけれど、その気持ちに違いがあることを、将梧はもう知っている。


「しょうご・・おやすみ」


「おやすみ、薫」


 そんな将梧の切なさに気付くことなく、薫は、将梧の胸に額を擦りつけ、眠くなった時特有の幼い声でそう言うと、穏やかな眠りについた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ