十一、
「将梧。俺、そんなこと知らない」
薫が、喫茶ソレイユでバイトをするようになって帰宅時間が読めなくなったからか、はたまた単純に時間がずれたのか、清川 静との遭遇率は各段に減り、将梧がひとりで歩いている際にも遭遇していないと聞いていたことから、災難を回避できるようになって良かったと思っていた薫だが、実は手紙攻撃を受けていたらしいと知り、知らなかったその事実にぎょっとなって将梧を見た。
「薫は、そんな不快なこと知らなくていい。俺が、始末するから」
「なんだよ、それ!俺は知らなくていい?俺はな。お前が付き纏われなくなって良かったなんて、思ってたんだぞ!?とんだ能天気。道化じゃないか!」
別に、自分に言う必要は無いのかもしれないがと思いつつも、納得がいかないと薫は将梧に詰め寄った。
「薫。俺のためにそんなに・・・分かった。家に帰ろう。そこで、ちゃんと話そう?な?」
『俺のことを思って怒る薫可愛い。こんな子猫が毛を逆立てているみたいな、究極可愛い薫を見るのは、俺だけでいい』と判断した将梧は、薫の背をそっと押して歩き出す。
「ちょっ・・将梧!?誤魔化す気か!?」
「違う。薫を騙すような真似、絶対にしない。家でちゃんと話すから、聞いてくれるか?薫を誤魔化したりしないって、信じてくれる?」
「う、うん。そりゃ、もちろん」
「じゃあ、帰ろう。早く」
つい先ほどまで、余裕の表情で清川 静を糾弾していた将梧が、何やら焦った様子で周りを見、とにかく早く帰ろうと、薫を自身で隠すようにして歩き出したことに疑問を抱きつつも、薫は将梧が促すままに足を動かした。
その意識には最早、清川 静などいない。
将梧、何をされたんだろう?
それに、どうして急に焦り出した?
まさか、外では話せないようなことか?
「ちょっと!将梧君、薫ちゃん!私を無視しないでよ!失礼じゃない!」
「失礼なのは、お前だ。俺達の名前、勝手に呼ぶなって言ったよな。今度、そんな呼び方してみろ。本当に訴えてやる」
想いを寄せ、相愛だと信じている将梧にドスの効いた声で言われ、冷酷な瞳で睨み付けられ、一旦息を吹き返したかのように喚いた清川 静は、再び押し黙る。
「さ。薫。帰ろう」
「本当に、ちゃんと話してくれるんだよな?お前が、嫌な思いしたことと、それを俺に言わなかった理由」
「もちろん。薫は、俺が信用ならない?」
「そんなことない」
「俺も。薫のこと、一番信じている」
将梧。
普通にしゃべってるけど、やっぱり焦ってもいるよな。
嫌な思いしたんだろうに、将梧ってば我慢強いから。
まさか、物理で攻撃を受けたってことは無いだろうけど。
一刻も早く、帰りたいって感じがするのは、やっぱり清川から離れたいからなのかな。
「薫。可愛い」
訴えるというのは脅しではないと、一瞬ぎろりと清川 静を睥睨した後、薫へと視線を移した将梧は、その表情に自分への心配だけを浮かべる本物の可愛い幼なじみを見つめて、喜びに口元をほころばせた。
「そんな・・ふたりとも、ひどい。私を置いて、このまま帰るつもり?」
今にも泣き出しそうに顔を歪ませ、ぎゅ、とスカートを握る清川 静に、将梧は最早目を向けることもなく、侮蔑の息を漏らす。
「はっ。いいがかりをつけて来た加害者が、被害者面するな。今度薫に何かしてみろ。社会的に抹殺してやる」
そして、薫には聞こえないよう、清川 静にそう告げると、将梧は今度こそ薫を大事に抱えるようにしながら、家路を急いだ。
「じゃあ、まずは。あの女に、俺がされたことだけど」
「ちょっと待った!」
いつものように薫の部屋に落ち着き、小百合が出してくれたジュースを前に将梧が口を開けば、それに薫が待ったをかけた。
因みにジュースは、薫が好きな百パーセントの果物ジュース・・小百合の手作りである。
「なに?薫」
「あのさ。今更なんだけど、それは将梧の個人情報ってやつだろ?俺、あんな風に怒鳴る権利無かったなって」
将梧が清川 静に掛けられている迷惑について、何も知らされていなかった事実が衝撃で、将梧がそんな目に遭っている時に呑気にしていた自分が許せなくて、言わなくてもいいのかもしれないけど納得できない、などと考えた薫だけれど、冷静になってみれば、それこそが自分の勝手な言い分だと気づく。
「俺は、薫があんな風に言ってくれて、凄く嬉しかった。薫が、俺を大事に思ってくれているのが、よく分かったから」
「それは、当たり前だろ。将梧のことは大事だよ。ものすごく」
そんなことは当然と言う薫が嬉しくて、将梧は頬が緩んでしまう。
どうしよう。
物凄く薫が可愛い。
このまま、仕舞っておきたい。
本当に薫は、無自覚に幸せにしてくれると、将梧は、大事だから言ってほしかったと思うのは俺の我儘だと、困ったように眉を寄せる薫を見た。
「俺も、薫が大事。だから、嫌なことは知らなくていいと思ったんだ。知れば、絶対に不快な気持ちになるだろうから」
「それはそうだろうけど。でも、将梧がひとりで不快な思いをするよりマシじゃないか。そりゃ、俺に話したからって、解決するわけじゃないけど。でも」
確かに自分は当事者でもないし、解決できるわけでもないが、それでも分かち合いたかったと思ったんだと、薫は将梧を見つめる。
「うん。薫がそう思ってくれて、俺は凄く嬉しい。だから、ちゃんと話す。聞いて?」
「分かった」
教えてほしかったと思ったのは自分で、話すと言ってくれるのは当事者である将梧。
ならば、きちんと聞こうと、薫は姿勢を正す。
「まず。高一の頃・・入学してすぐの頃から、家の郵便受けに切手のない封書が、頻繁に入れられるようになった。まあ、これは中学の頃からあったことだけど、同じ差出人からの封書の数が、尋常じゃない」
中学は、公立に通っていたこともあって、将梧の自宅を知る者も一定数いた。
直接顔を見て呼び出したり、手紙を渡したりするのは難しくとも、教室の机に入れたり、下駄箱に忍ばせたりすることならできる。
そして、その延長のような方法として、自宅の郵便受けを使われていたことは、薫も知っていた。
「将梧。昔からもてるもんな」
昔といえるほど、然程時間が経ったわけではないけれど、それでもと、薫は自分の人生と比較して、ため息を吐きたくなる。
迷惑行為は遠慮したいが、少しはもててみたいと思うのが、薫の嘘偽らざる事実。
「薫だって、もててる」
「ああ。そういう慰め、いらないから」
すかさず言った将梧にひらひらと手を振り、薫は遠い目になってため息を吐いた。
もてない事実を幼なじみに、しかも滅茶苦茶もてる幼なじみに慰められても空しいだけである。
「薫。その顔も可愛い」
「はいはい、どうも」
将梧の『薫だって、もてている』という言葉を本気に取らない薫は、薫に懸想したものの、将梧という途轍もなく高く頑丈な障壁に阻まれ、泣く泣く薫を諦めた敗者たちの存在を知らない。
「で。その封書が、二日に一回は必ず届く。ひどい時は連日」
「うわ。すご」
ほぼ毎日、返事も無い相手に手紙を書き続けるのも根性ではないかと、薫は、妙なところで感心した。




