一、
「んじゃ、いってきまーす」
「あ、かおちゃん!ちょっと待って!」
新学期早々だというのに、早くもやる気の無い声で挨拶し、学校へ向かおうとしていた薫は、母親が台所から駆けて来るのを、玄関で怪訝な顔で迎えた。
「なに?」
「お弁当」
「いや。持ったけど?」
確かに入れたと、荷物を持ち上げて見せれば、母である小百合がにこりと笑う。
「果物。びわを、冷蔵庫に入れたまま忘れてたの」
「お、びわ。こりゃ、さんきゅ」
果物が好物の薫は、素直に礼を言って保冷バッグを受け取った。
「いってらっしゃい。気を付けてね。『君、可愛いね』って『何か奢ってあげるよ』って言われても、付いて行っちゃ駄目よ」
「あのな。俺を幾つだと思ってんだよ。母さんこそ、変な訪問販売に負けんなよ」
ぽやんとした年齢不詳の母に外見がよく似ている薫は、高校生男子としては大変嬉しくないことに、可愛い顔をしている。
そして、それ故に子どもの頃から変な大人に声を掛けられがちだった。
その頃のくせが抜けないのか、未だに薫が出かける度に心配をする母にひらひらと手を振って、薫は玄関を出る。
「あ。おはよう、薫。今日も可愛いな」
「おはよ、将梧。今日も嫌味だな」
玄関から目と鼻の先にある門では、今正にインターホンを鳴らそうとしている幼なじみがいて、薫の姿を認めて嬉しそうに言うのに対し、薫はじとりとした目で言い返した。
生まれた時から薫と一緒に育った将梧は、その高身長ゆえに小柄な薫をからかってそう言うのだと、薫は信じて疑わないが、将梧にはそんなつもりは毛頭ない。
ただ、薫は薫であるだけで可愛いと言うのが将梧の本音で言い分なのだが、薫にはそれがもう気に入らない、ひいては揶揄いのネタだという認識しかないのだからどうしようもない、というしょうもない平行線を辿っている。
「はあ。今日は、健康診断か」
ため息を吐いて、心底憂鬱そうに言う薫に、将梧が怪訝な目を向けた。
「別に、痛いことはしないだろう?」
注射が苦手な薫は、子どもの頃から注射のたびに怯え、将梧の手をぎゅうっと握るのが常ではあるが、今日は普通の健康診断だけで、採血をするわけでも無い。
「痛いことしなくても、嫌なんだよ。そんだけ身長があるお前には、ぜってえ、分かんねえだろうけどっ」
薫は、身長が165センチしかない。
いや、世間にはもっと小柄な男子もいるかも知れないが、残念ながら薫の周りは高身長な存在が多く、健康診断で身長を測るのは、薫にとって屈辱だった。
「なんだ。そんなの、気にすることないって、いつも言っているじゃないか。薫は健康なんだし、可愛いんだから」
「健康はともかく、可愛いはなんだよ。小さいからって、馬鹿にしやがって」
「馬鹿になんてしてない」
「・・・・・はあ。知ってる。ごめん。ちょっと八つ当たり」
身長のことで、将梧が自分を揶揄うことはあっても馬鹿にしたことなどないと、素直に謝った薫は、すかさず頭をぽんぽんして来る将梧を、胡乱な目で見上げる。
「子ども扱いもやめろ」
「してない」
「じゃあ、その手はなんだよ!」
「俺の特権」
堂々と言い切った将梧に『はあ。幼なじみだからってことか』と、薫はため息を吐いた。




