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第十八話 【DD】

 カランカラン。




 来客を知らせるための扉に付けられた鈴の音が湊の帰宅を迎えてくれる。




 少しだけ、最後に気疲れを起こした湊の表情は優れない。




 彼女たちに変わらない姿を見せられていたのなら安心だ。




 湊はそう思い、店の中に戻ると荒れた店内に溜息を吐いた。




 パフォーマンスとは言え、やりすぎた。




 自分の子供とも言っても過言ではないお手製の武具たちが、早く戻せと訴えているようにも湊には見えた。




 面倒だなと考えていた湊の耳に店内の奥、物置の方から騒がしい声が聞こえてきた。




 「しまった」




 湊は完全に忘れていた人物を思い出し、駆け足で物置へと向かった。




 「おいっやめろ!じゃれつくな!!こいつまた人懐っこくなりやがって!!」




 そこにはもう一つの縄────ドッグロープに犬のようにじゃれつかれ、変な風に身体に縄を巻き付けた簾藤(れんどう) 安富(やすとみ)の姿があった。




 「お?早かったな。俺はてっきりもうちょい────っておい!主人が返ってきたんだから俺じゃなくあいつのところ行けよ!」




 湊がわちゃわちゃとするドッグロープに一言声を掛けて引き離す。




 少し寂しそうにするドッグロープを一撫でして落ち着かせた。




 「もうちょっと待ってね」




 湊がそう言った後、二人は店内の表からは見えない休憩スペースに移動してテーブルにお茶を並べた。




 「ったく。あんたの作ったもんはどうしてこう皆変なんだ」




 「【マスタースミス】の影響じゃない?」




 「ほんとなんなんだよマスタースミスって」




 簾藤は溜息を吐いて、疲れを癒すようにお茶に口をつけた。




 「相変わらず茶入れんの上手いのな」




 「ありがと」




 「にしても驚いたぜ。急に計画変更なんて念話を送って来やがって」




 そう言うと簾藤はイヤーカフを取り外してテーブルに置いた。




 「いやぁ、突然だったのは謝るよ。ただこんな偶然もうないと思ってね。急遽呼ばせて貰ったんだ」




 「あんたの思いつきに付き合わされるのはこれが一度や二度じゃないんだ。今更って話だな」




 あははーと悪びれもせずに湊が笑い、それに簾藤が呆れる。




 いつものやり取りに簾藤は変わらないなと少し安心した。




 「はじめは自分が配信始めるだのなんだの言ってたくせによ。そのインパクト重視の絵を持ってくるために第十八階層の城のボス倒して玉座の間を空けておいてくれってあんたが言ったんだろうが」




 「ごめん。結局機材揃えられてなかったからそれも無駄だったかも」




 「おい!」




 「しょうがないじゃーん。最近の機械なんてどれも複雑になりすぎなんだよー。僕がまともに扱えるのはレコードくらいなものさ」




 「したり顔はやめろ。早く時代に追いついてくれ」




 「自分でゼロから配信始めるよりも、最初っから有名人に配信乗っけて貰えれば一番早いと思ったんだ」




 「まぁ、それは確かにそうだ」




 配信もままならないだろうジジイがあーだこーだと現代機器に悪戦苦闘するよりもよっぽど効率的で理に適っていると簾藤は内心でそう評価した。




 「でも上級探索者のほとんどはダンジョンでの配信なんてやりたがらないし、だからと言って中級探索者以下は今まで相手にしてなかったから、存在すら都市伝説でしか知られてないし」




 「で、今回小雛の嬢ちゃんがイレギュラーに巻き込まれて偶然店にやってきたからこれ幸いと、ボス戦真っただ中の俺に連絡を寄越したと」




 「正解」




 「人使いが荒いぜほんとによ~」




 椅子の背もたれにだらりと凭れ掛かった簾藤に湊が頬を掻きながら苦笑いを浮かべた。




 連絡の内容は有名っぽい配信者が来たから今すぐチンピラの振りして噛ませ役を演じてくれ、フッー、という内容。




 それに見事、助演男優賞物の演技を見せてくれた彼に少しだけ頼りすぎたなと反省した。




 「まぁ、それはいいけどよ。これ、どうにかしてくれよ」




 念話のイヤーカフを指さす簾藤に湊が首を傾げた。




 「ASMRくんがどうかしたの?」




 「それだよそれ!そのASMR!念話が届くたびに耳元であんたのASMRを聞かされる俺の身にもなってくれ!こっちはボス戦中だぞ!」




 「えー流行ってるって聞いたのに」




 「だっれが、教えたんだこらッ……」




 怒りを堪えるように握り拳を作る簾藤。




 よっぽど堪えたらしい。




 「しかもあんた最後に耳に吐息吹き掛けやがっただろう!ゾワゾワして危うくボスのジャーマンスープレックスを貰うところだったんだぞ!」




 「なにと戦ってたの?」




 どうやらあの城のボスはプロレス技を仕掛けてくるらしい。




 満足したのか、諦めたのか、勢いよく立っていた簾藤は深いため息を吐いて再び席に着いた。




 湊が今回のように簾藤をからかってくるのはいつもの事だ。




 言っても仕方がないと分かっているのだろう。




 「でもやすのお蔭で【D()D()】の名前は広まったよ」




 「……そうか。あんたはそれでいいんだな」




 「うん」




 「……なら良かったよ。あんたにはガキの頃から世話になってるからな。一応()()だしな」




 「弟子には越されちゃったけどね」




 「抜かせ。剣一つでようやく並んだくらいで越えたなんて言えねぇよ」




 「”称号位”を得たんだからもっと胸を張りなよ」




 「近くにバケモンがいると己の分ってのを嫌ってほど思い知るんだよ。ちったぁ老いやがれ」




 「まだまだ若い子に負けるつもりはないなぁ」




 「妖怪ジジイが」




 簾藤がそう吐き捨てると、そう言えばと湊に聞く。




 「小雛の嬢ちゃんを第十八階層から送ったにしちゃあちと早くねぇか?」




 「……あの娘に会ったんだ。翔子ちゃんに」




 「マジか」




 珍しく気の重そうな湊の様子に合点がいった。




 「元気そうだったか?」




 「うん。すごく睨まれたけど」




 「しゃーねぇよ。もうあいつはあの頃の夜霧翔子じゃねぇんだ」




 「……多分、恨まれてるだろうね」




 その言葉に簾藤は何も言ってやれなかった。




 「これからたくさんの探索者相手にやっていこうってあんたに言うのは憚られるが、あんまり探索者に感情移入するんじゃねぇぞ」




 「分かってるよ」




 「あんたの落ち込む姿なんてもうこりごりだからな」




 目を合わせる事無くぶっきらぼうに言う簾藤の様子に湊が仮面を外し、にやーっとした笑みを彼に向けた。




 「僕がしおらしくなると心配してくれるんだぁ。昔から師匠想いなのは変わらないね。こんなに可愛い弟子を持てて僕は幸せな師匠だよ」




 わざとらしく胸に手を当てて喜ぶ湊の様子に簾藤が荒ぶった。




 「ちげぇーよジジイ!あんたが気ぃ狂うとひと際へんな道具作って俺を実験台にするからそこを心配してんだよ!勘違いすんな!」




 「ツンデレなのも昔から変わらない。そこがまた可愛い」




 照れた様子の湊に簾藤がうがーっと吠えた。




 「ひょっとこの仮面のまま配信に映ったこと後悔してるくせに!」




 「うっ」




 「俺はもう帰るからな!クソジジイ!簡単なもんばっか食べてねぇでちゃんとしたもんも食えよ!じゃあな!!」




 フンッフンと怒りながら帰る簾藤の背中を見送る湊。




 「あ、ちょっと待ってやす」




 「あ?」




 「お米持って帰る?」




 「おふくろか!!」




 結局なにも受け取ることなく出て行った簾藤を最後まで見送った。




 湊はテーブルに戻り、ひょっとこの仮面を手に取って溜息を吐いた。




 「かっこつかないなぁ。君もそう思うだろ?」




 そこから少し移動した場所。




 仏壇の前で湊がその人にそう話かけた。




 愛おしい女性の写真を見ながら、湊は暖かく懐かしい日々を思い返した。




 「本当はこっちを使いたかったんだけど、ほら、今日はやすを笑わせようと思ったから」




 だめだ。




 明るく話そうとしても、今日はいろいろとありすぎた。




 夜霧翔子との再会。




 君にどこか似た、限界近い少女との出会い。




 そして、ようやく始まる、君の────────────復讐。




 「見つけるよ。絶対に。あいつらもそのうち気付くだろう。僕が生きているということを。僕があいつらの最後の一人まで、根こそぎ地獄に叩き落とすまで絶対に許さないということを」




 湊の表情からすべての感情が抜け落ちていた。




 ただ一つだけを残して。




 底知れぬ憎悪を籠らせたその顔に普段の柔和な彼はいない。




 誰も見たことのないその顔は、普段は絶対に他の者には見せない彼の裏の顔。




 過去に囚われ、復讐に追い立てられ、未来に背中を向けた彼の本当の姿だった。




 だからこそ、昔日の中にいる彼だからこそ、彼女との過ぎし日の約束を思い出して笑う。




 これもまた、誰にも見せたことのない、作り物なんかじゃない”本当”の笑顔を浮かべて。




 「世界に広げるよ【DD】の名前を。僕の変わることのない気持ちをこの名に込めて」




 【DD(Dear D※※※※)




 彼女に込めた愛を全ての者へ。




 仏壇の近くに掛けた竜のお面。




 それを手に取り、被る。




 面の奥の竜眼が、暗く光った。

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