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第十七話 黒髪のエリート

 湊、小雛、田中の三人は()()に第十六階層に辿り着くことができた。




 熱気が消えたことで役目を終えたドリンクの効果が消え、小雛の尊厳は守られた。




 「あ、変な感覚が消えたぴょん─────あ、ぴょんって言っちゃった」




 嗅覚や雑草に対する食欲が消えて小雛は一安心して胸を撫でおろした。




 ────尊厳守られた?




 ────流石に食糞ネキは見たくないよ




 ────ぴょんは続けろ




 ────惜しい




 コメント欄もまた、彼女のR-18Gシーンの回避に安心している様子だった。




 「ここは……」




 「東京ダンジョンの第十六階層の山岳エリア……だったかな?」




 緑の少ない険しい傾斜が永遠と続く厳しい階層だった。




 「ここ足腰に来そうだなぁ。小雛ちゃんも嫌でしょ?山登り」




 傾斜を見上げる湊がげっそりとした様子で異空間に手を入れた。




 「そこで今回はこの足三ミリ浮遊ドリンクを───」




 「───要りません!!」




 「……今なら0.93秒で即眠れる安眠ドリンクも───」




 「───絶対要りません!!!」




 小雛に全て食い気味に、断固として拒絶された湊はしょんぼりとした様子でそれらを異空間へと戻した。




 落ち込む湊、怒る小雛、そして無感情の田中の三人が第十六階層の山々を進む。




 すると、先頭を歩く田中が立ち止まり、湊が小雛の前に腕を出して彼女を止める。




 「探索者です」




 田中の言葉に小雛が嬉しそうに反応した。




 「うん、そうみたいだね」




 前から歩いてくる四人。




 前を歩く女性が三人の前に立ち止まった。




 「桜咲小雛だな」




 「は、はい!」




 小雛を見る女の目は鋭い。




 長い黒髪、スラリとした手足。




 切れ長の瞳は冷たく、彼女に氷の女性像を思わせた。




 豪奢な鎧はこの砂煙の立ちやすい環境であっても汚れ一つ見られず、綺麗に磨かれている。




 そして何より、背中に担ぐ大きな槍は湊が使ったものとは違い、円錐状筒形をしたランスと呼ばれる形状の槍だ。




 本来歴史に於いてはその大きさと重さゆえに馬上でしか使えなかったその重量武器は、現代に於いては一定以上の力を有する探索者ならば容易に振るえる武器として馬上以外でも使われるようになっていた。




 しかし、彼女の持つランスは一般的にイメージされる白ではなく、黒曜石のように黒い光沢を放っている。




 「【聖騎士】夜霧(やぎり) 翔子……っ。なんであんたが」




 感情を取り戻した田中が思わぬ人物の登場に呻いた。




 「イレギュラーの発生に一般探索者が巻き込まれたと通報が入って救助にやってきた」




 「え?もしかしてそれって私のことですか?」




 「当然だ」




 話の流れで理解しろとでも言いたげな彼女の視線に小雛が怯む。




 「Sランク認定の国家保有探索者様が直々に?」




 田中が抱く疑問も最もだった。




 国家が強力な探索者の他国への流出を阻止するために設けられた特別な枠組み。




 それが国家保有認定探索者。




 ランクの枠組みを超えたその探索者たちの価値は国家にすら影響を与え得る存在たちであることの証左でもあった。




 そのエリート中のエリートである彼女が出張るほどの出来事だったのだろうかと小雛を見て思った。




 彼女もその名は流石に知っているらしく緊張した面持ちを浮かべていた。




 ────国家保有探索者!?




 ────初めて見た!




 ────夜霧様キタ―――(゜∀゜)―――― !!




 ────麗しい




 ────ニュースでしかお目に掛れない人じゃん




 ────激レア映像!!




 ────踏んでほしい




 ────もう、この配信お腹いっぱいなんだけど




 滅多にお目に掛れない人物の激写にコメント欄は騒然としていた。




 そしてスマホを向けられた夜霧はカメラを鋭く睨む。




 「命を賭けたダンジョンという聖域で、観衆を意識しながらの探索とは随分と余裕のようだな。小娘」




 「え、あ、そ、そのごめんなさい!」




 「いつまで人にカメラを向けている。それが初対面である人間に失礼な態度だとは思わない辺り、質が低下していると思わざるを得んな。最近の探索者は随分と探索を、ダンジョンというものを舐めているように見受けられるな」




 「ごめんなさい……」




 しゅんとした小雛がカメラを下げて謝るも、彼女の機嫌は悪いままだ。




 「そもそも、ダンジョンを何だと考えている。それを理解していない一般の探索者どもに我々がどれだけ怒りを蓄えているか一度考えた方が良い」




 ────こえぇ




 ────んだこのBBA




 ────説教臭い




 ────ありがとうございます!




 ────我々の業界ではご褒美です




 ────小雛ちゃんスパチャ上げるから「うるせぇババア」って言って




 ────古いんだよなぁ考え方がさぁ




 ────正直、俺も気軽なダンジョン配信には疑問だけどな




 ────観といてなに言ってんだ




 彼女の説教に対して様々な意見が飛び交うも、小雛にそれを見る余裕などなく、俯いていた。




 ────小雛ちゃん可哀そう




 ────安全な階層から突然変な所に飛ばされ変態に痴態を晒され、人としての尊厳を危機に晒され、赤竜に襲われた上でさらに圧倒的に格上の探索者に説教される小雛ちゃん。流石に哀れ




 ────被害者なんだけどなぁ




 ────雛虐いいぞもっとやれ




 そのコメントを最後に夜霧に心を折られた小雛がそっと配信を閉じた。




 スマホをバッグにしまい、反省する小雛。




 流石に見ていられなかった。




 「まぁまぁ、彼女も反省してるんだし、それに彼女は君たちの救助対象でしょ?もっと優しくして挙げて」




 湊が哀れな小雛にフォローを入れて取りなした。




 「ますたぁ……」




 心的ダメージの大きかった彼女は目じりに涙を蓄えてウルウルとした瞳で湊を見る。




 「おーよしよし。怖かったねぇ」




 「お久しぶりです。【マスタースミス】。お元気そうで何よりです」




 夜霧が湊へと視線を合わせると彼女が深々と背中を折り、その後ろにいる騎士鎧を着たパーティーメンバーもまた礼を取った。




 「え?知り合いなんですか?」




 湊は小雛の疑問には応えず、夜霧に視線を落とす。




 「それは僕に言ってる?翔子ちゃん」




 「……」




 礼儀を払ったはずの彼女はしかし、そんな彼に鋭い視線を送る。




 まるで睨むようなその視線にこれまで以上の圧を感じて小雛が後ずさった。




 「まぁ、いいや。小雛ちゃん、彼女なら信用できる。君はあの娘についていきなさい」




 「え、でも」




 「僕も通常営業があるからね。いつまでも店を空けたままにできないし」




 「桜咲小雛。こちらに。キツイことは言ったが、私たちも仕事だ。救助対象を手荒に扱うような真似はしない」




 「は、はい……」




 後ろ髪を引かれるような気持ちのまま湊の側を離れて夜霧の側へと歩く。




 「あなたもついでです。来なさい」




 「わ、私は一人でも」




 「いいから来なさい」




 「は、はい」




 上級探索者の田中も流石に国家保有探索者には逆らえずに言葉に従うよりなかった。




 「小雛ちゃん、ちょっと待って」




 湊が小雛を呼び止め、正面へと歩いてくる。




 そして異空間から何かを取り出す素振りに彼女がビクリと反応した。




 「大丈夫だよ。体にはなんにも影響を及ぼさないものだから」




 そんな言葉も一切信用ならない彼が取り出したのは一つの髪留め。




 ウサギの形をした少し子供っぽいデザインのそれを小雛の髪につける。




 よりにもよってのデザインに小雛は少し嫌そうな顔をしていたが、それも無視して湊が説明を始めた。




 「失くさないでね?これはウチのお店の入店許可証だから」




 「入店……許可証?」




 「そう。それがあればダンジョンの中なら願っただけで【DDショップ】の扉が君の前に現れる」




 「あ、ありがとうございます。私みたいな探索者でもいいんですか?」




 「もちろん。僕が宣伝した通り、階級に関係なく門戸を広げるつもりだからね。リニューアル後、第一号のお客さまだから、桜咲さんは」




 「あ、ありがとうございます!またマスターのお店に行かせてください!」




 嬉しそうにする彼女の表情に湊が仮面の裏で朗らかに笑った。




 「常連さんになってくれたら嬉しいな」




 「頑張ります!」




 その嬉しい彼女の言葉を最後に、夜霧と視線を交わし湊が下がる。




 どこからともなく現れた扉を潜り、湊の姿が消えた。




 ◆




 「良い物を貰ったな」




 ウサギのブローチを嬉しそうに触る小雛に夜霧が冷たく言い放つ。




 「あ、はい」




 「それは私も持っていない物だ」




 「そ、そうなんですか?えへへ」




 特別なものだという事実に小雛は嬉しくなった。




 「あの伝説の【マスタースミス】の店の入店許可証だ。殺してでも奪いたいと思う輩は多いだろうな」




 「え?」




 「安心しろ。()()そんな真似はしない」




 ────大丈夫だよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




 その言葉を思い出した小雛が悲痛な面持ちで叫んだ。




 「やっぱりろくでもないものじゃないですかぁぁぁぁぁああああああ!!!」




 第十六階層に女の慟哭が山彦となって響き渡った。

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