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第十六話 喧嘩の相手は良く選ぼう

 ありえない。




 こんな事はあり得ない。




 尻もちをつくようにして見上げるその光景に、男が心の中で必死にそう叫んでいた。




 頼りなさそうな細い鎖に繋ぎ止められる赤竜が信じられなかった。




 まるで悪夢を見ているかのような気分だ。




 多くの上級探索者を殺したこの階層の外れ値。




 世界から選抜された当時のエリートたちですら、成す術もなく敗退した化け物の中の化け物が、いとも簡単に動きを封じられているではないか。




 人間では決して勝てない相手に、余裕を見せる仮面の男に、零院 涼真改め、田中茂治はビビりあがっていた。




 しかし、赤竜は流石と言うべきか、身動きを制限されようと、その戦意を剥き出しのまま仮面の男を食い殺そうとした。




 「マズイ!」




 流石に無防備のまま赤竜の牙を無事にやり過ごせるなどとは、例えそれがあのびっくりアイテムを無造作に出す店主であっても、不可能だと感じた田中が、危惧に思わず声を張り上げた。




 しかし当然弱者の声など、次元の違う強さの両者には届かず、仮面の男が赤竜の牙に襲われた。




 その光景に横にいる配信者の女性─────桜咲 小雛が顔を逸らした。




 しかし、赤竜の牙は仮面の男には届かず、ピタリと直前で止まる。




 そして、まるで癇癪を起したように暴れ回る赤竜に田中は呆然とした。




 「怯え……てる?」




 あの赤竜が?




 どんな上級探索者の強力なスキルを受けても痛痒すら与えられなかった理不尽の象徴たるあの竜族が、たった一人の男を前に狂騒に飲まれている?




 暴れ、全身に見るに堪えない傷が生まれても、その竜は目の前の存在から逃げようと必死に藻掻いている。




 田中はその光景をただ、あり得ないと否定した。




 夢を見ているようなぼーっとしたような感覚に陥るほどに衝撃すぎる光景だった。




 その後は危ないからと一人でに動く訳の分からない縄に後ろに引きずられると、神話のような戦いが始まった。




 神々しい大きな刀身を持った槍を構えた仮面の男が、戦う事を余儀なくされた赤竜の爪を大きく弾き、そして跳んでまた躱す。




 逃げ場のないはずの宙で、鎖を足場とすることで好きなように舞い、赤竜の火炎すらもひらりと躱してしまう姿はまるでおとぎ話。




 そして放たれる聖槍は過つことなく赤竜の口内に突き刺さり、あっさりと勝負を決めた。




 本人は宣伝だと言い涼し気だ。




 田中は乙女の顔をする小雛の顔などが視界に入ろうが、今はそれどころでなく、 頭の中に入ってきたばかりの情報の処理にいっぱいいっぱいだった。




 (え?ドッキリ?CG?それともあれは本物の赤竜でなく偽物?)




 あの仮面の男も自分含め、赤竜を贋物と呼んでいた。




 しかし、その言葉が意味する所が、田中の考えるものとは違う事を田中は知っている。




 あの赤竜は本物だ。




 少なくとも自分達にとっては。




 (あれ?まってくれ。まてまてまて、ちょっとまてよ零院 涼真。あれが本物だということは間違いない。あれの強さは間違いなくあの赤竜だ。だとしたらだ。私は一体誰に喧嘩を売ったんだ……)




 田中の額に大粒の汗が浮き出した。




 横でスマホに向かって宣伝を終えた店主が田中へと向き直った。




 「……で?誰の作ったドッグロープちゃんがゴミだって?」




 人を小ばかにしたようなひょっとこの仮面の下の表情がそれとは正反対であることに想像は難くなかった。




 (終わった)




 田中の目じりにはじんわりと涙が浮かんでいるところがカメラにキッチリと収まっていた。















 カメラの前でも構わず土下座を敢行した田中のその凄まじい謝罪っぷりに若干引いた湊が、今回の事を水に流して和解とした。




 「じゃあ、そろそろ上の階層に行こうか?桜咲さんの症状もまずいし。なんでそんなに進行が速いんだろうね?」




 「知りませんぴょん!!説明責任を果てしてほしいのはこっちだぴょん!!」




 「それはまぁ、ごめんとしか言えないな、ははは」




 「笑うなぴょぉぉおおん!!」




 スタンピングを当たり前のようにする辺りかなりマズそうだ。




 このままでは急にその辺の草を食い始めたかと思えば突然うんこをするかもしれない。




 彼女の尊厳が今危ぶまれていた。




 「零院さんだっけ?君、この階層まで正当な手順で来たのなら道分かるんじゃない?案内してくれる?なるはやで」




 「お願いしますぴょんっ」




 田中に懇願する彼女の潤んだ目が哀れだった。




 「ア、ハイ」




 ビビりまくりの田中の様子は邂逅当初から一転、ロボットのように素直だった。




 そして心なしかロボットのように心が感じられない。




 湊はその様子の激変に首を傾げるが、まぁ、素直だし良いかと流した。




 「あと時間無いから急いでくれる?」




 「ア、ハイ」




 カチコチになって前を歩く田中を急かすと彼が走り出し、それに二人が続く。




 彼の速度は湊にとって見れば着いていけないレベルではないが、小雛からしたら本来は追随などできない程の速度のはずだ。




 しかし、彼女は今ウサギ化の影響でなんとかついていくことができていた。




 「メリットすごいでしょ!?それ!!」




 「ふざけてますかぁぁぁぁぁぁああああああ!!!ぴょぉぉおおん!!あ、草」




 自分の商品の出来の良さを喜々として被害者にアピールする湊の様子に小雛がキレた。




 しかし本能的にこんなエリアにも逞しく生えている雑草に目が行ってしまっている。




 小雛の尊厳破壊直前、雑草に飛びつこうとする彼女を必死に抑えながら、三人は遂に第十七階層を抜けた。

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