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第十四話 偽承開始

 十万人を超える視聴者は、ただただその光景に固唾を飲んで、コメントを打つことも忘れて魅入っている。




 赤竜登場直後はその迫力に湧いた。




 しかし有識者のコメントにその反応は一転。




 自分の推しの命の危機に阿鼻叫喚となったコメント欄は、しかし今、水を打ったかのように静まり返っていた。




 あり得ない数の人数が居るにも関わらず、文字の止まる画面。




 視聴者は、歴史的な場面に出くわしたのだと感じとったようだ。




 当時の上級探索者一同を震わせた赤竜の超常の一撃は、良く知りもしない、只の噂に過ぎなかった男によって、無力化されていた。




 その光景に画面の向こうの人々は釘付けとなり、様々な反応を見せた。




 そして息を吹き返したかのように溢れかえるコメント欄。




 ────すっげぇぇぇえええ!!




 ────ドラゴンブレス防いだ!




 ────まじ?




 ────守ってくれてありがとぉぉぉおおおお!!




 ────ありえない




 ────おい!そいつ何者だよ!その一撃に仲間が何人やられたと思ってんだ!!




 ────マスター一生ついていきます!!




 ────零院様死ななくて良かったぁぁあ!!




 ────あー、そういうことね




 ────CGだよね?そうだよね?




 ────赤竜って意外と弱い?




 ────↑ふざけんな〇すぞ




 ────うーん、最低でもアデプタス級?みんな見てるかなー




 溢れかえったコメント欄は小雛が助かった事への安堵と湊の見せたあり得ざる力への驚愕が大半を占め、田中の安否について僅か、そしてその他の様相を見せていた。




 空間を蝕む黒と悲鳴を上げた空間の狭間の色の共演。




 そしてそれを物ともせずに防ぎきる花弁の美しさに、小雛はただただ魅了された。




 散る黒も、認識に難い狭間の色も、金色に輝く花弁の立ち姿も、そして悠然と立つ男の背中も。




 その光景を靡く髪を抑える事も忘れてただ魅入る小雛。




 目蓋に焼き付く、映画のようなワンシーン。




 しかし、どんな小道具や大道具でも、手の込んだCGでも再現できないその光景は、今、彼女の視界一杯に広がっている。




 命を危険に晒して初めて見る事のできる美しい光景だった。




 世界に終焉と始まりを齎す【遍くは竜の息吹の下に(ドラゴンブレス)】が、只の三人の人間を消すこともできず、この世から姿を消した。




 何もいう事のできない小雛と田中はただ茫然とその奇跡を見上げていた。




 『GRRRRRRRAAAAAAAAAA!!!!』




 しかし、その光景を最強種たる赤竜は許さない。




 全生物の頂点たる世界の破壊と再生を司る竜は、その権能の阻止を、下等種の傲慢な抵抗を決して許さない。




 深くプライドを傷つけられた赤竜は、再び豪壮たる翼を広げて、湊へと襲い掛からんとした。




 「【|源火を下賜する者を縛るプロメテウス・バインド】 」




 湊の呟きと共に宙に空いた複数の時空の歪みから飛び出した、酷く錆びた鎖。




 竜など繋ぎとめるには心元なさそうな細い鎖は、しかし赤竜の四肢に巻き付き、翼を折り、天の支配者たる竜を地へと叩き落とした。




 「無駄だよ。それは君には千切れない。カタログスペック上は、火を司る神格なら一時的にでも拘束可能なんだから」




 鎖に牙を立てる赤竜にヤレヤレと湊は無駄だと続ける。




 「それはね、元々火系統魔術が得意なわんぱく少年用に作った拘束具なんだよ。多分それ以下の君じゃ頑張っても抜け出せない。まぁ結局、そのわんぱく少年は自力で抜け出しちゃったんだけどね。ずるいよね、あれ多分火系統魔術が得意とかじゃないよね。なんだよあれ」




 湊は過去の事はまぁ良いかと、一旦忘れて赤竜へと向き直る。




 すると、身動きの苦しい竜が、苦々し気にその顔を湊に寄せてきた。




 ブレスを掻き消されようとも、翼を折られ、四肢を縫い留められようとも、人間ごときに頭を垂らすなど、竜の誇りが許さなかった。




 赤竜の大きな頭が湊の鼻先に突き付けられた。




 爬虫類のような眼が湊を睨む。




 口から漏れ出す灼熱の呼気が湊の髪を僅かに焼いた。




 唯一縛りを受けない牙で持って、敵を排除せんとその顎を大きく開く。




 しかし、湊は余裕を崩さない。




 「贋物如きが、誰にその汚い牙を向けている」




 その言葉を理解する竜は怒りを膨れ上がらせた。




 傲慢な物言い。




 下等種如きが。




 世界に対しなんら運命を持たない寄生虫如きが。




 お前こそ、誰に口を聞いている。




 竜はその激情を咆哮に乗せて叫んだ。




「「ひっ!?」」




 後ろの二人がひきつけを起こすほどに怯えている。




 しかし湊はそんな竜の威嚇にも動じない。




 湊は仮面に手を置くと、その仮面を外した。




 ゆっくりと、僅かにズラした仮面から、片目だけが覗く。




 湊の眼と赤竜の眼が交差した。




 綺麗な二重の黒い瞳。




 しかし、その瞳に光は無く、虚ろに見えた。




 それ以外に変哲もない瞳が、ギョロリと気持ち悪く動く。




 スロットが一回転するように、瞳が下に向き、ぐるりと戻ってきたその瞳は金色に変化していた。




 それは目の前の赤竜同様に、爬虫類を思わせる、上位者の瞳。




 竜眼だった。




 『!?』




 突然の変化にあからさまに動揺を見せた赤竜に湊が不敵に笑う。




 「君も僕も、出来の悪い贋物だ。だけど僕は胸を張れる”本物”をたった一つだけ持っている。これが君には分かるだろう?例え、贋物である君でも、慈悲を忘れて郷愁にしがみ付く残滓たる()()でも。これは僕が持つ唯一の”本物”。()()から貰った僕への愛だ」




 『GGRRRRRR────!?!?』




 その眼を見た途端、否、その眼に見られた途端に、明らかに正気を失った竜が暴れ狂った。




 眼前の恐怖から逃げようと、真物に恐れ戦き、竜の威厳も忘れて、その視界から逃げ出そうと滑稽にも暴れ回る。




 しかし、それは神をも縛り付ける天鎖が許さない。




 動きを封ずる概念を付与された鎖は、贋物の竜如きがどうにかなる相手ではないのだ。




 鎖が食い込み、鱗が剥がれ、裂けた肉から血が流れようとも、竜は狂騒からは逃れ得ない。




 湊が哀れむような瞳を隠すように再び仮面を被る。




 「さぁ始めようか────────人による、数百年ぶりの竜殺しを」




 湊が輝く聖槍の石突を地面に突いて、そう世界に布告した。




 古代から連綿と続く伝説の継承。




 竜殺し。




 しかし後に語られるその新たな伝説を彼はこう呼んだ。




 【偽承】であると。

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