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第十二話 突然なるゴング

 機嫌が急転直下を見せた湊が異空間から()()()()()()()()()を取り出した。




 「ん?なんでグローブ?っておわっ!?なんで地面が盛り上がって!?」




 せり上がった地面にエリアを区切るように四角く張られるロープ。




 「リング!?どうなってる!?」




 状況の把握が追いつかない田中を無視して湊がリングのロープを潜って入場する。




 グローブのヒモを噛んで引っ張って締める姿はボクサーそのものだった。




 そして彼はいつの間にか上裸になっていた。




 「桜咲(さくらざき)さん。 そこにあるゴングを君のタイミングで鳴らしてほしい」




 「え?ゴング……っていつの間にぴょん」




 小雛の側に置かれる金色に輝くゴングとハンマー。




 恐る恐るハンマーを握ると、その伝わってくる感触と力強さに冷や汗が垂れた。




 (あ、これ絶対あの時の奴と同ランクだぴょん)




簾藤との戦闘に於いて使用されたスキル、 【天網恢恢疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさず】、それによって一斉に動き出した神具と同等のエネルギーを小雛はそのハンマーから感じ取ったのだ。




 なんでこんなものにまで。




 ただのゴングを鳴らすハンマーが、そこらの上級探索者が喉から手が出るほど欲する神武器だと誰が想像できるだろうか。




 コメント欄は突然始まりそうになっているボクシングの試合に大笑い半分、ドン引き半分、訳知り顔一つと盛り上がっているが、規格外の武器を握るはめになった小雛の心情はそれどころではなかった。




 「な、なんだこれは!?どんなスキルだ!でたらめだ!?」




 探索者となって早数年、上級探索者になってもう二年近く経つ経験豊富なベテラントップランカーに立つ田中茂治であってもこんな展開の戦いは経験になかった。




 ある筈もなかった。




 「だけど、君は馬鹿だね!上級探索者相手に素手で戦おうって言うのかい!?こんなリング持ってきたところで私が馬鹿正直にそれに応えると思うのかい!?ボクシングがしたいのならジムにでも殴り込めばいい!僕はいつも通りに僕の聖剣で相手させてもら────あれ?」




 スカスカッと握る手を空ぶらせて気付く、腰に自分の愛剣の姿がなく、そして自分の手に青い何かが嵌められていることに。




 「いつの間に!?」




 自分の手に嵌められた青いグローブを見て驚愕に声を上げる田中。




 ボクシングの試合に強制参加させられたことに今更気付くも────もう遅い。




 「審判(レフェリー)は僕。いいね?」




 「良いわけあるかぁ!!」




 「はっけよぉぉぉおおい、のこったぁぁぁぁあああ!」




 「あれ!ゴングは良いんですかぴょん!?」




 「それはすも────おわっ!ととっ」




 僅か一歩で距離を詰めてワンツーを繰り出す湊のパンチを反射でどうにか避けることに成功した田中は、やけくそになってカウンターを繰り出した。




 それは奇跡的にも湊の顔面を捉えるが、なぜか糞ほど硬いひょっとこの仮面に威力を減衰させられてクリティカルヒットにはならなかった。




 「卑怯だろ!?それ!」




 「審判が良いと言っている」




 「それも君────うぐっ」




 レバーに良いブローを貰った田中の呼吸が止まり、沈んで床に手を着いた。




 「ま、た……たい、む」




 「審判が良いと言っている」




 「ひきょ────!?」




 膝を突き、湊を見上げる田中に向かって、ニヤリと仮面の下で笑みを浮かべる湊。




 いい位置だ。




 そう内心でほくそ笑んだ湊は()()()()()()()




 ゴフッと血反吐を履いて、田中がリングに沈む。




 「キック……ボクシン、グ……」




 白目を剥いて倒れた田中を見て、小雛が慌てて試合終了のゴングを鳴らした。




 ────呆然




 ────卑怯すぎて草




 ────だれもただのボクシングだとは言ってねぇよなぁ!!




 ────初めてこいつに同情した




 ────wwwwwwwwwwwwww




 ────そもそもマスターの力ぽいし多少はね?




 ────どういうスキルだよ




 ────常識が壊されていく




 ────そんなことに支払いすぎでしょこの馬鹿




 コメント欄は概ね田中に対する同情のコメントで溢れていた。




 正直、小雛も同じ気持ちだった。




 「ふぅ。いい試合だった」




 そう気持ちよさげに腕で額の汗を拭う湊が小雛の前に来た。




 服は相変わらず着ておらず、上裸のままだ。




 細身ながらもしっかりと筋肉は付いており、無駄のない端正な若い男の身体に思わず小雛の表情が赤くなった。




 スマホのカメラは湊を映しているため、小雛のその表情は皆に知られてはいない。




 「マスターはふざけてるんですか?それとも本当に怒ってたんですかぴょん?」




 いまいち、心の内が読めない湊に小雛が疑問に尋ねた。




 「もちろん怒ってるよ?僕は僕の商品たちを馬鹿にする輩を許さない事に決めてるから。それに人に向かって変な二つ名で呼びやがって。誰が【変態仮面】だ」




 たぶんそこが一番低い沸点なんだなと、小雛は間違っても呼ばないように心掛けた。




 「でも殺したいとかまでは思ってないし、武器で刺せば怪我しちゃうかもしれないでしょ?だからムカつく奴はぶん殴る。そうすることに決めてるんだ。ある人にそう言われてね。それが一番スッキリする!ってね」




 蹴ってたけど、小雛はそれを口にはしなかった。




 「う、ぐ……」




 一発K・Oを貰って気絶していた田中が起きあがった。




 「あれ、なんで私は寝て……」




 記憶が混濁している田中を尻目に小雛は思い出したように慌て始めた。




 「そ、そんなことより早く行きましょうぴょん!」




 この階層から早いところ出て、症状の改善に努めたい小雛が湊を引っ張る。




 ゾワ




 しかし、不意に現れた巨大な気配に、小動物の本能が強くなった小雛がいち早く気付き、その場で蹲って怯え始めた。




 そんな彼女の様子を見て、遅れて気付く湊。




 影が動く。




 ほど近い場所、溶岩流れる灼熱の川から這い出る存在。




 溶岩を纏って赤く発色する赤黒い鱗。




 逞しい四肢の先端には岩をも切り裂く鋭い爪。




 そして睨む者全てを震え上がらせる大きな蛇のような眼は今、湊たちを捉えて離さない。




 勢いよく広げた大きな翼は溶けた岩を周囲に撒き散らし、己の存在を誇示するかのようだ。




 東京のビル群の中に居てもなお目立つこと間違いないその巨躯が顎を開き咆哮を上げた。




 身体が飛ばされそうになるほどの音の衝撃に晒されて、小雛が竦む。




 それは幻想の源にして頂点




 東西変わらず畏怖を敷く最強種。




 それは遂に地面から四肢を離し、大きな翼の一振りでその重々しい体を持ち上げた。




 見下ろす頂点。




 見上げる下等種。




 十七階層の戦闘非推奨指定。




 階層適正外異常種────赤竜────。




 長年探索者たちを苦しめてきた、討伐不可能とされる竜型の魔物が三人の前に現れた。




 呼吸も忘れて見上げる小雛の目に絶望が広がる。




 そんな小雛を落ち着かせるように彼女の頭に手を置いた湊が、恐れを知らない目を赤竜に向けて言う。




 「僕はねそろそろ自分の店の看板の名を世界に知らしめていい時期じゃないかと思ってたんだ。でも相手が弱い相手ばかりじゃ満足に武器紹介もできない。うん。ちょうどいい。ウチの店の宣伝ショーの相手になって貰おうか」




 湊はそんな飄々とした口ぶりで、異空間へと手を差し込んで、槍を引き抜いた。

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