第3話 暴かれた真実と眠れる店主
シオンとラムは、夜の静寂の中で逃げ去った影を見失ってしまった。
「くぅ〜、もうちょっとだったにゃ!」
ラムが悔しそうに尻尾をバタバタと振る。
「まあ、無理に追っても仕方がない。だが……手がかりは十分に揃ったな。」
「にゃ!? つまり、もう犯人がわかったのかにゃ?」
ラムは目を輝かせてシオンを見上げた。
「大体の見当はついた。あとは証拠を固めるだけだな。」
シオンはカフェへと向き直りながら、静かに言った。
「じゃあ、いよいよ解決編にゃ!」
ラムは小さな拳をぐっと握りしめ、期待に胸を膨らませた。
翌朝、カフェ「ルナリーフ」はいつも通りの穏やかな空気に包まれていた。セリオンはカウンターの奥でコーヒーを淹れていたが、その顔にはどこか疲れの色が滲んでいた。
「おはようにゃ!」
ラムが元気よく店に飛び込むと、エルナとマリウスも既に朝の準備を始めていた。
「おはよう、ラムちゃん。シオンも……って、また何か考え込んでる?」
エルナがシオンの表情に気づき、心配そうに尋ねた。
「いや……事件の最後のピースを確認していたんだ。」
「え? 事件って……まさか、スパイスの盗難のこと?」
「そうだにゃ! でも、もう犯人はわかってるにゃ!」
ラムが自信満々に言うと、セリオンが驚いたように顔を上げた。
「本当に? それは……誰なんだ?」
「それは……店主である、お前自身だ。」
シオンが静かに言い放つ。
「えっ!?」
エルナとマリウスが驚いて声を上げ、セリオンは目を丸くした。
「待ってくれ、そんな馬鹿な……! 俺が自分のスパイスを盗むわけが——」
「いや、盗んだというより……“無意識に動いていた”という方が正しいかもしれないな。」
「にゃ!? どういうことにゃ?」
ラムが目を瞬かせる。
「セリオン、お前は最近よく眠れていなかったと言っていたな?」
「ああ、それは事実だ。だから、知人に勧められた“月眠草”を枕元に置いて寝るようにしたんだが……」
「その月眠草には、強い安眠効果とともに、副作用として“夢遊病”のような症状を引き起こす可能性がある。」
「えっ……?」
セリオンの顔がみるみる青ざめていく。
「おそらく、お前は夜中に無意識のうちに起き上がり、倉庫へ行き、スパイスを動かしていたんだ。そして翌朝になると記憶が飛んでいて、スパイスが消えたと思い込んでいた……。」
「そ、そんな……俺が、そんなことを?」
「証拠はあるにゃ! 倉庫の入り口にあった爪痕、あれは動物のものじゃなかったにゃ!」
「爪痕?」
「セリオンの靴の先についてた、小さな傷と一致してるにゃ!」
ラムが指を差し、セリオンは驚いたように足元を見た。
「確かに……でも、こんな傷、いつついたんだ?」
「それこそ、夢遊状態で歩き回った時に、何かに引っ掛けたんだろう。」
シオンが冷静に説明する。
「つまり……私は、知らず知らずのうちに……?」
「にゃ。犯人というより、被害者でもあるにゃ。」
セリオンはしばらく呆然としていたが、やがて苦笑しながら頭を抱えた。
「なんてこった……いや、でもスパイスが盗まれたわけじゃないと分かってホッとしたよ。」
「ただし、もう月眠草は使わない方がいいな。」
シオンが忠告すると、セリオンは力なく頷いた。
「確かに……。代わりに、普通のハーブティーでも試してみることにするよ。」
「それがいいにゃ!」
ラムが満足げに頷く。
「でも、これで終わりじゃないにゃ。」
「え?」
「スパイスを運んだ時、セリオンがどこかで何かを見つけたかもしれないにゃ!」
「確かに……記憶にはないけど、もしかすると無意識に何かを目撃したかもしれないな。」
セリオンは少し考え込む。
「うにゃ~、やっぱり次の事件があるにゃ!」
シオンは深いため息をつきながら、ラムの元気すぎる様子を見つめた。
「まあ、次の事件が起きるなら、そのときも僕たちで解決するしかないな。」
「にゃ! それなら、ボクがまた探偵助手として大活躍するにゃ!」
「……ほどほどにな。」
マリウスとエルナが微笑みながらその様子を見守る。
「でも、また事件が起こったら、私たちも協力するわよ。」
エルナが頼もしく言い、マリウスも軽く頷く。
「次の事件も面白くなりそうだな。」
ラムはニヤリと笑い、「じゃあ、次はどんな謎が待ってるにゃ?」と意気込んだ。
こうして、カフェ「ルナリーフ」のスパイス消失事件は幕を閉じた。
「次はどんな事件が起こるかにゃ?」
ラムがワクワクしながら言うと、シオンは呆れたようにため息をついた。
「そんなに次々と事件が起こってたまるか。」
そんなやり取りをしながら、二人はまたカフェの扉をくぐるのだった——。
(完)