【短編】作戦名は「油断大敵!」 ドアマットヒロインの次は悪役令嬢ですか? 勘弁してください。
「お嬢様、なんて可愛らしい……!」
「本当に、天使のようですわ!」
「これならお相手のご子息も、一目惚れ間違いなしです!」
メイド達の褒め殺しに合いながら、全身が映る姿見の前に立つ。
「これが……私……?」
このセリフ、一度言ってみたかった。
でも、本当に、自分でもびっくりするほど可愛い。
いや、元々すごい美少女だったんだけど。
自分で言ってて恥ずかしくないのかと言われたら、恥ずかしくなんかない!真実だからな!
と大声で叫んでもいいほど、鏡に映る姿は可愛らしかった。
※※※
今から4年前。
当時8歳の私は突然、自分が前世で読んだ小説のドアマットヒロインに生まれ変わったことに気づいた。
このままだと、母の死後に家にやってくる義母と義妹にさんざん虐げられる悲惨な未来が待っていると絶望したが、一念発起し策を講じ、なんとか不幸を回避することができた。
今は、実家のバートン子爵家から優しい祖父母のいるフォークナー伯爵家に引き取られ、穏やかに暮らしていて、来年からは「学院」と呼ばれる学校にも通うことになっている。
「学院」は貴族の子女が13歳から18歳までの6年間通う、中高一貫校のようなものらしい。
前世の私は20代の社会人だったので、正直言うと、もう一度学校に通うのは面倒くさい。
だが今世の私は、8歳までの記憶しかない。
どこかでこちらの世界の一般常識を学ぶ必要があったから、まあ、ちょうど良いのかもしれない。
私は将来、婿を取り、フォークナー伯爵家を継ぐことになっている。
母には兄がいたが、彼は独身のまま最近事故で亡くなったのだそうだ。
なので、今では私しか継ぐ者がいなくなったらしい。
フォークナー伯爵領は王都からは少し離れた場所にあるが、広大な農地と、多種多様な鉱石が採掘される鉱山を多数所有していたため、かなり豊かな土地だった。
領地には風光明媚な観光地がいくつかあり、貴族たちの別荘も数多くある。
そんな豊かなフォークナー伯爵領が、私と結婚するともれなくついてくる。
しかも私は、自分で言うのもなんだが、かなりの美少女。
年頃になれば、婿入り希望者が殺到すること間違いなし。
その時に何か面倒なことが起きたら大変だ。
なので、おじいさまは、私に早いうちから「従者」を付けることにした。
「従者」とは、令嬢専属の執事のようなもので、学院への送迎やデビュタント後の夜会でのパートナーを務めたりする婚約者のようなことがメインのお仕事。
多くが貴族の次男以下の子息で、将来的には仕えている家の令嬢に婿入りしたり、その家の執事や家令として取り立てられたりするのだそうだ。
住み込みで仕える場合は側仕えのような仕事も多少こなすことがあるらしい。
でも、まあ、そもそもが「婿候補」でもある貴族の子息なのだから、メイドや下男のようなことはしない。令嬢とは主従関係だが、それほど強い上下関係ではない。
せいぜい、従者が令嬢に対して敬語を使うくらいなのだという。
おじいさまはたくさんの「履歴書」を用意し、私にその中から一人選ぶようにと言った。
「エリザベスが気に入った者を従者としよう。この者たちは全て、家柄も容姿も頭の出来も申し分のない子息たちだ。安心して選ぶといい」
そう言われて履歴書を見てみると、まんまお見合いの釣書だった。
この世界には写真が存在しないらしく、どの履歴書にも気合の入った絵が添えられていた。
(どれどれ……これは……七五三!?)
積み重なった履歴書を上から順に見ていくことにしたのだが。
どれもこれも、子供の肖像画ばかりだった。
考えてみれば当たり前だ。今の私は12歳。その私と年の近い子息と言えば、それはもう当然お子様に決まってる。
(前世の私はアラサーだったから、下手すりゃ息子と言ってもいいくらいの年齢じゃない!)
この中から将来の配偶者候補を選べと言われても無理だ。
(文章の方は見てもどう判断していいかわからないから、とりあえず一番顔が綺麗な子でも選んどけばいいかな?)
仕方がないので、『こんな息子が欲しい』というテーマで選ぶことにする。
結構な数の肖像画があったのだが、その中でも一際目を引くというか、他を圧倒するレベルのとんでもない美少年がいた。
襟足で整えられた艶やかな黒髪。少し長めの前髪から覗く黒曜石のような黒い瞳。
まだ成長途中で華奢だが、すらっとしていて均整のとれた身体つき。
(いやもう、この子しかいないでしょう。この子で決まり!)
そんな理想の息子コンテスト優勝者は、リチャード・ベルクくん。ベルク伯爵の三男だそうだ。
「では、この者に決まりだな。近いうちに顔合わせをするから、楽しみにしておいで」
おじいさまはうんうんと満足そうに頷きながらそう言った。
※※※
そして、ついに私付きの従者候補、リチャード・ベルクくんとの「顔合わせ」という名の事実上面接の日が来た。
その日は何故かマリー達メイドが張り切ってしまい、朝からお風呂に入らされ身体の隅々まで丹念に磨き上げられた。
「えっと、今日ってただの顔合わせよね? なのにここまでするものなの?」
「まあ、お嬢様。従者候補の方と初めてお会いになる日なのですよ? できるだけ美しく装った姿を見ていただきたいではありませんか! 私どもが最高に可愛らしく仕上げて見せますので、どうかお任せくださいね!」
どうやら顔合わせというイベントにかこつけて、マリー達メイドが私を着飾らせて楽しみたいらしい。
あーでもないこーでもないとドレスやら髪飾りやらを選ぶマリー達は、脳内に危ないホルモンが出まくってるようだ。
「お嬢様、なんて可愛らしい……!」
「本当に、天使のようですわ!」
「これならお相手のご子息も、一目惚れ間違いなしです!」
メイド達の褒め殺しに合いながら、全身が映る姿見の前に立つ。
「これが……私……?」
一度言ってみたかったから、とりあえず言ってみた。
でも、本当に、びっくりするほど可愛らしかった。
淡い水色のパフスリーブのワンピースは、ウエストを白のリボンで押さえてあり、スカート部分はふんわりと広がる白のシフォンレースで覆われている。
髪の毛はハーフアップにして小さな白い小花を散らしてあり、銀の髪にとても映えていた。
「みんな、綺麗にしてくれてありがとう!」
嬉しくて、笑顔でお礼を言ったら、マリーやメイド達が真っ赤になって胸を押さえる。
「それでは、そろそろ従者候補様のところに参りましょう」
マリーに促されて、おじいさまと従者候補が待つ応接室に向かう。
肖像画ではかなりの美少年だったが、本物のリチャードくんはどんな感じだろうか。
応接室が近づくにつれ、だんだん楽しみになってきた。
そして、応接室の扉が開くと、中には――まさに私の理想の男性が立っていた。
※※※
「初めまして。ジェームス・ベルクと申します。フォークナー伯爵ならびにフォークナー伯爵令嬢にお会いできて、誠に光栄です。こちらは息子のリチャードです…………リチャード?」
すぐに挨拶をしない息子の方を訝しげに見るその男性――ベルク伯爵は、とんでもない美形だった。
艶のある黒髪は、前髪を左側だけ掻き上げていて、左耳に雫のような形の水晶のピアスが揺れている。
黒曜石のように怪しく光る瞳は近づき難い怜悧な印象を与えるが、左目の下のホクロが醸し出す色気と相まって、不思議と惹きつけられるような魅力を醸し出している。
ダークグレーのフロックコートは袖口が広がっており、下に着たドレスシャツのフリルが覗いている。
襟元は白いクラヴァットを結んでいて、貴族らしい気品が漂う装いとなっている。
(信じられない……!! こんな、理想ぴったりの男性が存在するなんて……!!)
そう、ベルク伯爵は、私の好みのど真ん中だった。
前世で大好きだったイラストレーターが描いたキャラクターで、目の前の彼にそっくりな人がいて、私は彼のグッズを集めたりしていた。懐かしい。なんで忘れてたんだろう。
彼の名前は、たしか――リチャード。
(……ん? リチャードって……あれ?)
――リチャード・ベルク。ベルク伯爵子息。
幼い頃から騎士を目指し、将来は剣士として名を馳せることを夢見ていたが、我儘な伯爵令嬢に見初められ従者に望まれたことによって断念。
その後、令嬢が第二王子の婚約者となったため伯爵家への婿入りの道も絶たれてしまい、ただの従者として我儘な令嬢に仕える無為な日々を過ごす。
学院に入学後は、心優しい男爵令嬢ソフィアと出会い、お互い恋に落ちる。
だが、同じく学院に通う第二王子もソフィアに惹かれ、それを知った我儘な伯爵令嬢はソフィアにことあるごとに嫌がらせをし――
(え? この話知ってる!)
頭の中に、次から次へと情報が流れ込んでくる。
4年前、前世の記憶を思い出した時と全く同じように。
――嫌がらせはどんどんエスカレートしていき、伯爵令嬢はついにならず者を雇ってソフィアを襲わせる。
事前に情報を得ていたリチャードは、ソフィアを助けそのまま二人で国外に逃げようとするが、ソフィアに執着する第二王子に捕らえられ、ソフィアは王城の外れの塔、リチャードは地下牢に幽閉される――
(これは、私が大好きだったキャラクターが登場する恋愛小説『星空の下の恋人たち』のストーリー!!)
あまりのことに言葉が出ない。だが、幸いにも、4年前とは違って、脳がショートし気絶するようなことはなかった。
(落ち着かなきゃ! えっと何か他に思いだせることは……そう、あの小説に出てくる我儘な伯爵令嬢は……あの悪役令嬢の名前は、たしか……)
――エリザベス・フォークナー。フォークナー伯爵令嬢。
「私!?」
不意に大声を出した私に、一同驚いてびくっと肩を揺らした。
「エリザベス!? どうしたのだ?」
おじいさまが心配そうに声をかけてきた。
いけない、今はとにかく落ち着いて挨拶しなければ。
私はスカートのすそを持ち、軽く左足を引き、右膝を曲げて腰を落とした。
「……失礼しました。エリザベス・フォークナーと申します。ベルク伯爵ならびにベルク伯爵子息にご挨拶申し上げます。お二人にお会いできる日を楽しみにしておりました」
(よし、教わった通りに挨拶できた)
おじいさまとベルク伯爵が、私の方を微笑まし気に見ている。
背後からは、「お嬢様、よくできました……」「なんて愛らしい……」「控えめに言って天使……」などというメイド達の呟きが聞こえてきた。
「……リチャード。お前もご挨拶しなさい」
「……っ!! 失礼しました。リチャード・ベルクと申します。フォークナー伯爵、フォークナー伯爵令嬢、以後お見知りおきを……」
ぼーっとしていて挨拶が出遅れたリチャードくんが、父親に促されて慌てて頭を下げる。
右手で胸の辺りを押さえ、左足を引いた貴族の礼だ。
「全く……いい加減にしないか。……ああ、申し訳ありません、恥を忍んで申し上げますが……愚息は騎士になりたかったようで、こうして不貞腐れた態度をとっているのです。このままですと、こちらのお嬢様の従者としてやっていけるかどうか」
「やっていけます! 大丈夫です! やらせてください!!」
やけに食い気味にリチャード君が叫んだ。
頬が紅潮し、目がキラキラと輝いている。
とてもじゃないけど、不貞腐れているようには見えない。
(不貞腐れているというよりは、むしろかなり前向きにグイグイ来てるよね!?)
背後から「これは……」「一目惚れですね……」「ボーイミーツガール……!」という声が聞こえる。
「お嬢様のためならなんだってやってみせます! だから、ぜひ僕を従者にして下さいっ!!」
リチャードくんのあまりの勢いに、ベルク伯爵もおじいさまも驚いて目を丸くしている。
「お、おお。ご子息は元気が良いですな。さすが騎士を目指していただけある」
おじいさまがゴホンと咳払いしてから言った。
「では、エリザベスがよければ、彼に従者になってもらおうと思うが……エリザベス、どうかな?」
「……はい。お願いします」
そう答えるしかなかった。
自分で選んで呼びつけておいて、騎士になるのを諦めさせておいて、ここまで言ってもらって、断るなんてできるわけがない。
(それこそ悪役令嬢の所業じゃない。絶対にそんなことできない。だって、だって、リチャードに恨まれたら……!!)
そう、小説の悪役令嬢、エリザベス・フォークナーは、リチャードに殺されるのだ。
――地下牢から脱獄したリチャードは、塔に幽閉されていたソフィアを救い出し、再び逃避行を図る。
その途中で邪魔をしてきた悪役令嬢エリザベス・フォークナーを捕らえ、喉元に光るナイフを押し当てながら言う。
『どんなにこの日を待ちわびていたことか……ご存じでしたか? 俺はずっとあなたを恨んでいたんですよ。子供の頃から、ずっとね。あなたから受けた屈辱を思えば、ひと思いに殺してしまうのは何だか惜しい気がしますが……時間が無い。残念ながらここまでです』
(ああ、あのシーンのイラスト、すごくドラマチックだった! 怯えるエリザベスの表情と、冷たく微笑むリチャードの対比が何とも言えなくて……)
思い出した。
怯える表情のエリザベス・フォークナーの顔。
それは、4年前に私が思い出した小説のヒロイン、エリザベス・バートンによく似ていた。
髪色も、目の色も同じだった。
(同じイラストレーターが描いてたんだもんね……そりゃ、似たような顔になるか……)
せっかく、ドアマットヒロインを回避できたと思ったのに。
名前が「エリザベス・バートン」から「エリザベス・フォークナー」に変わったことで、こんどは全く別の小説の悪役令嬢になってしまったなんて。
「あの、大丈夫ですか……?」
次々に思いだされる衝撃の数々にすっかり打ちのめされた私は、知らず知らず顔色が悪くなっていたようで、リチャードくんが心配そうに話しかけてきた。
「もしかして、僕のことが気に入らないのでしょうか……」
(いけない! ここでリチャードくんに厭々受け入れたと思わせたら、今後の関係が気まずくなる! もうこうなったら、全力でリチャードくんと仲良くなって、悪役令嬢として嫌われる未来を回避しないと……!!)
覚悟を決めた。
私はリチャードくんの手を取り、「天使の笑顔」と言われる笑顔を浮かべ、できるだけ無邪気に聞こえるように声を出した。
「そんなことないわ! 私、あなたが従者になるって言ってくれて、本当に嬉しい! リチャードくん、ありがとう!」
「……!!」
リチャードくんは一瞬で真っ赤になった。唇がわなわなと震えている。
ベルク伯爵も「うっ」とつぶやいて頬を染め胸を押さえている。
おじいさまは「ふぉっふおっ」と笑い、背後からは「天使……!」という声が聞こえる。
とにもかくにも、無事、顔合わせが終わり、リチャードくんは私の従者となった。
※※※
顔合わせのあと、私はこれからどうするべきか必死に考えた。
小説の中の悪役令嬢と今の私とでは、かなり状況が違うので、このまま仲の良い関係を維持できれば、恨まれて殺されるなんてことは避けられそうだ。
だが、いつリチャードくんと仲違いし、恨まれる日が来るかもしれないと思うと一瞬たりとて気が抜けない。
油断大敵。何がきっかけで小説のストーリー通りになってしまうかわからないのだから。
そうやって必死に考えたのち、ひとつアイデアが浮かんだ。
名付けて「油断大敵! 毎日笑顔で好感度アップ!作戦」だ。
(油断大敵! 継続は力なり! とにかくリチャードくんに嫌われないようにしないと!)
そうして私は日々作戦を実行に移した。
リチャードくんは実家のベルク伯爵家から通いで来てくれているので、朝は玄関のところまで迎えに出る。
そして、馬車から降りてくるリチャードくんに笑顔で言う。
「おはよう。今日もリチャードくんに会えてうれしいわ」
夕方になって彼が家に帰るときは手を取りながら笑顔で言う。
「今日も一日ありがとう。すごく楽しかったわ」
その後、リチャードくんから呼び捨てでお願いします、と言われたので、「リチャード」と親しそうに呼びつつ、敵意がないことを伝えるためにとにかく四六時中笑顔で接している。
「来年は二人とも学院に通うことになりますね。僕、お嬢様と一緒で良かったです」
お茶の時間、マリーが淹れてくれた美味しい蜂蜜紅茶を飲みながら、リチャードくんじゃなくてリチャードが言う。
「私もリチャードと一緒で心強いわ。それにしても、学院ってどんなところなのかしら。お友達ができるといいけど。リチャードも心配だったりする?」
ごくごく軽い気持ちでそう言うと、リチャードの目が怪しく光った。
「僕はお嬢様以外の人間と深く付き合うつもりはありませんから……お嬢様さえ側にいてくれれば、それで十分です」
「え……」
(なんだか最近、リチャードがヤンデレっぽくなってきたような気がするけど気のせいかな)
それはそれで困るけれど、今のところは無事、悪役令嬢を回避できているようで一安心だ。
だが、気を引き締めていないと、何がきっかけでリチャードから恨まれるかわからない。
とにかくこの先も、「油断大敵!」を肝に銘じ、穏やかな生活を送っていけるよう頑張らなきゃ!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




