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8.酸っぱい失敗

 狼男が、窓から私のベッドに向かってソロリソロリと近づいてくる気配を感じる。

 ヤバい。

 心臓が激しく脈打つ。

 落ち着け、落ち着くんだ、私。


 絞り出すように言葉を繰り出す。

「おすわり」


「なんだ、それは?」

 もしかして、この世界では犬におすわりという命令がないのかも。

 そう思った私は、言い直す。

「お尻をその場につけて座りなさい」


「はい」

 動きが止まったことが、気配でわかる。


「これから私の従者たちがあなたを縛り上げます。

 黙って、抵抗せずに縛られなさい」


「はい」


「ソフィー、今です!」

 私の掛け声とともに、ソフィーと数人の使用人たちがドアを開けて入ってきた。

 あっという間にフレディは縛り上げられてしまった。



「くそっ、超一流のスパイと言われたワシが、こんなに簡単につかまってしまうなんて……

 信じられん」

 狼男は悔しそうだ。

 確かに公爵家の厳しい警戒網を苦も無くすり抜けて、カトリーヌの寝室にたどり着いたのだから、実力は間違いないだろう。

 ただ、媚薬というイレギュラーな罠にまっただけだ。


「まあ、スパイは失敗ということですね」

 ソフィーが、つぶやいた。

 腕利きのスパイだと聞いていたので、警備は破られることを前提に、媚薬の効果で捕まえる作戦だったのだ。




 さて、四足歩行形態に変化しても逃げられないようにロープでグルグル巻きにされたフレディを取り囲んで、刺股さすまたを持ったメイド三人と槍を構える執事が戦闘態勢だ。


 私は、ゆっくりと切り出した。

「これから、あなたの正体を話してもらいます。

 いいですね」


「スパイにとって、依頼人の秘密を明かすことは、命よりも重要なことだ。

 それを話すということは、すでにあなたは私の命よりも大事だということを分かって欲しい。

 異種族間の恋愛も良いのではないか?」


 私は無視して質問を始める。

「まず、あなたを送り込んだ依頼人は誰なのでしょう?」


「今回の任務は、隣国であるマクラン王国のシーツ王の勅命である」


「隣国?

 でも、王子はフレディをハミルトン辺境伯から贈られたって言っていましたけど」

 確かそうだったはずだ。


「うむ。ハミルトン辺境伯は、隣国と通じておるのだ。

 マクラン王国は、獣人の国だ。

 ワシを見ても分かるように、獣人はヒューマンに比べて戦闘能力が高い。

 幾度か戦って苦戦した後、ハミルトン辺境伯は本国に内緒で講和したのだ」


 それって、ちょっとおかしくない?

 私は、疑問を口にする。

「講和したのに、スパイを送り込むんですか?」


「講和したのは、マクラン王国とハミルトン辺境伯の領地だけだ。

 この王国と講和したわけではない」


「でも、王子を暗殺するって、穏やかじゃありませんよね」


「それはそうだ。

 もうすぐ戦争になるんだからな」


「ええっ? 戦争?」


「そうだ。この国では獣人が差別されて虐げられている。

 ある合図とともに、獣人たちが立ち上がって、各地で反乱を起こす。

 その混乱に乗じて、ハミルトン辺境伯と我らの連合軍が、王国を蹂躙する予定なのだ」


「そんなことになったら、平和な王国が戦乱に包まれてしまうじゃないですか。

 あなたたちに何の得があるんですか?」

 本当にそんな事態になったら、婚約だとか婚約破棄だとか言っていられない。


「まず、この国で低層で苦しんでいる獣人たちを解放する。

 そして、ハミルトン辺境伯が新しい王となって、我らとの連合王国を形成するのだ。

 そうなれば、この地域で一番の強国となり、周辺諸国の獣人たちも開放を求めてくるだろう。

 一気に地図が書き換わることになるのだ」


 私は、言葉に詰まった。

 私、そんなに複雑なプロットにした覚えは無いわ。

 だって、レディコミの読者は、そんなの求めてませんから。

 平和な世界で、惚れた晴れたが一大事件だから成立するお話なのよ。



 話を聞いていたソフィーが口をはさむ。

「それで、その戦争のきっかけになる合図っていうのは何なんですか?」

 さすが、ソフィー。

 頭が切れるわ。

 それを聞いておかないとですわよね。


「どうして、ワシがお前などに答えねばならん?」

 フレディは、鼻であしらう。


 私は命令口調になる。

「フレディ。ソフィーの質問に答えなさい」


「分かりました。

 合図とは、王城にドラゴンが飛来して、守備兵を攻撃することです」


「ええっ? ドラゴンですって?

 そんなものが攻撃してきたら、お城や城下町は大損害を受けるじゃないですか」


「しかし、王国も軍備は強力だ。

 長期戦になれば、ドラゴンも致命傷を負いかねない。

 王城や城下町を、一定時間だけ炎のブレスで攻撃したら、飛び去る計画だ」


 またソフィーが質問する。

「先ほど、王国軍は強力だとおっしゃいましたね。

 ドラゴンもブレス攻撃を数回した程度では、大きな被害は出ません。

 時間の問題で、獣人たちの反乱は鎮圧されるのではないですか?」


 フレディが、何か言いたそうに私の顔を見る。

 私は、答えなさいという意味で、うなずいた。


 フレディが答える。

「そこで、ワシらの出番だ。

 混乱に乗じて、王族たちを複数暗殺するんだ。

 指揮系統も大いに乱れて、秩序だった鎮圧は出来なくなるだろう」


 しかし、フレディが誕生日プレゼントとして贈られたのは、一昨年だと言っていた。

 そんな前から計画は進んでいたのだ。

 とんでもないことだ。



 ソフィーが、また質問する。

「それで、その決行日は、いつなのですか?」


 そうよ、それを聞かなくちゃいけないのよ。

 さすが、ソフィー。


 フレディは、少し考えてから答える。

「この夏の建国祭の三日目だ」


 建国祭と言ったら、今から二か月後じゃないの。

 あっという間だわ。


次回更新は、月曜日の予定です。

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