5.王子の飼い犬 フレディ
週末、私は着飾って王城の中庭にいた。
ブライアンのやつ、アテンドするとか言ってたくせに、私は一人で放置されている。
どういうこと?
まあ、美味しいスイーツが食べられるからいいんですけど。
でも、女王陛下に呼ばれたわけじゃないせいで、女王陛下の庭園自慢を聞かなければ、一人ポツンと食事のテーブルの前に残されることになってしまった。
みんなと一緒に、女王陛下の説明を聞きに行くべきだって?
そんな風に気が回るようなら、元々漫画家になんてなっていないって。
人づきあいが苦手だから、絵に没頭して漫画家になったんだから。
いや、違うか。
絵が上手くなるように、一人でずっと修練していたから人づきあいが苦手になったのか。
まあ、どっちでもいいや。
このパーティーは、本当にお花や庭園好きの人たちの集まりみたいで、名のある貴族は呼ばれていないみたいだ。
貴族のことをみんな知っているわけじゃないから、確信は持てないけど。
一通り、おいしそうなお菓子は手を付けた。
確かに美味しいけど、日本のコンビニスイーツに比べたらちょっと落ちるかもしれない。
コンビニスイーツ、侮りがたし。
今日もソフィーに媚薬を持たされている。
一人でポツンとテーブルの前にいる今は、お菓子に媚薬を仕込む最大のチャンスだ。
でも、王子がどのお菓子を誰が食べるか分からない。
変な奴に好かれるのはゴメンだ。
今仕込むのは、やめておこう。
中庭のみんなが集まっているのと反対側に行ってみた。
少し先に犬小屋が見える。
そういえば、ブライアンは犬を飼っていた。
ドーベルマンのフレディだ。
このフレディが、王子が食べようとした料理の皿を体当たりで落として、落ちた肉のかけらを食べたネズミがカトリーヌにすり寄ってくるというシーンを描いた。
人を恐れるネズミがカトリーヌにすり寄っていくことに疑念を抱いたことで、ブライアンは媚薬の存在を疑い始めるのだ。
媚薬は使えそうにないから、またコッソリ捨てようかと思っていたけど、このフレディに使ったらいいんじゃないかしら。
ソフィーは、王子に飲ませることができなくても、パーティーに来ている有力な貴族を魅了できれば良いと言っていた。
今日は、王子以外の知らない人が飲んだと言い訳できるのだ。
媚薬は捨てずに無駄にならないし、陰謀がばれるキッカケになる犬を手なずけられたら一石二鳥だ。
私は、さっそく昼寝している犬の前に置かれた水の入ったお皿に、ポタポタと媚薬を垂らした。
しかし、この薬を飲めば、私を好きになるらしい。
私からどんなに離れた場所で飲んでもだ。
不思議だ。
「おーい、カトリーヌ」
背後から王子に声をかけられて、私はビクッとなってしまった。
コッソリ媚薬の瓶を懐にしまうと振り返った。
出来るだけ動揺を隠す。
「あ、あら、何の御用かしら?」
「何の用かって……
いや、すまない。
今回の庭園のお披露目は、貴族の諸侯相手だと思っていたんだが、花の愛好家や造園業者相手だったようだ。
身分に関係なく、いろんな人たちが来ていたみたいだ。
それで、そんな集まりに王子が出席するなんてどういうことだと、騎士たちに咎められて中々抜け出せなかったんだ」
「騎士団の人たちって、王族に忠誠を誓っているのでしょ?
そんな人たちが、どうして王子を足止めするんですか?」
「あいつらは、俺が剣の稽古をサボろうとしていると思ったみたいなんだ。
まあ、半分図星ではあったんだが……
おい、ここは笑うとこだぞ」
「あ、あははは……
そうなんですかあ」
フーッ、なに、その関西人みたいなノリは。
しかも、面白くもないし。
どうやら、面白くないと思っていることが伝わったようだ。
王子は、ちょっとだけ動揺したそぶりを見せた後、話しかけてきた。
「ところで、どうしてこっちに来たんだ?
母上の庭園はあっちだし、こっちには犬のフレディの小屋があるだけだぞ」
「知らない人たちに囲まれるのが嫌だったので、みんなが集まっているのと反対側に来ただけですわ。
よく、私がこっちにいるって気づきましたね」
「そりゃあ、お前は俺の婚約者だからな。
どこにいたってわかるのさ。
お前のことは、何だって分かるんだぜ」
キラキラした目で語りかけられた。
ちょっとクラクラしそうになるが、だまされない。
だまされないぞ。
こいつは、私が生み出したサイボーグイケメンなのだ。
「そうですか。
中庭で退屈していることも分かっていたなら、早くアテンドしてほしかったですわね」
ちょっと、嫌みを言ってみる。
「だから、それはさっきも言った通り、騎士団につかまってたんだよ。
すまないとは思っているぞ。
これでも、本当に急いで駆け付けたんだぜ」
「ふーーん」
「あっ、そうだ。
俺の飼い犬フレディを紹介しよう。
おい、フレディ。
活躍の時間だ。起きろ!」
王子が、昼寝中の飼い犬の頭をなでて起こす。
フレディは、やれやれという感じで起き上がった。
「フレディ。
このオモチャを取ってくるんだ。
よし、ゴー」
そう言うと、王子は小さなぬいぐるみをポーンと放り投げた。
「ハッハッハー」
フレディは、嬉しそうにおもちゃを加えて戻ってくると、ほめてくれとせがんだ。
「よしよし、よくやった。
じゃあ、また行くぞ。ゴー」
またオモチャを放り投げると、ちゃんと取って帰ってきた。
草むらの中に落ちても、探し出してくるので、そこそこ賢いようだ。
五、六回繰り返した後、王子は犬の頭をなでながら言う。
「どうだ、賢いだろ?」
「そうですね。よく躾けられているみたいですね」
何度も往復して、のどが渇いたのか、フレディは小屋の前の皿から水を飲んだ。
と、突然苦しみだす。
「お、おい、どうしたんだ?
フレディ」
王子は心配そうにフレディの頭を揺する。
「う、ううー。
このワシに、何をした?」
えっ?
今、犬がしゃべった?
次回更新は、月曜日の予定です。