3.イケメンの王子ブライアン
「おいっ、おいっ、カトリーヌ!」
大声で呼び止められた。
登校して教室に向かう廊下で、振り返るとブライアン王子だった。
「おはようございます、ブライアン様。
どうかなさいましたか?」
「どうかなさいましたか、じゃないぞ。
昨日はどうしたんだよ、いったい?
お前が、入学式では隣の席を空けておけって言うから空けて待っていたのに、全然別の場所に他の女子と一緒に座っていただろ?
周りの奴らに『振られたのか?』って、からかわれたんだぞ」
第一王子をそんな風にからかうなんて、恐れを知らない奴らだなあ。
まあ、取り巻きの貴族のお坊ちゃまたちだから、問題ないんだろうけど。
「申し訳ありません。
同じ新入生が学園内で迷っていたので、案内してあげたせいで遅刻しそうになってしまったのです。
その娘が困っていたので、付いていてあげたのですわ」
「そうなのか?
俺もお前がいなくて困ってたんだがな。
まあ仕方ないか。
でも、カトリーヌ。お前、優しいところもあるんだな。
ちょっと見直したぞ」
そう言って、ニッコリ笑った。
ウオッ、イケメン王子スマイル。
一瞬、クラっとする。
すごい破壊力だ。
でも、騙されないぞ。
コイツは、読者受けするようにチューニングされたサイボーグイケメンなんだ。
コイツを生み出した私だからこそ分かることだが。
「まあ、お上手ですのね。
そんな風におほめいただいても、何にも出ませんわよ」
「いや、お前から何かもらおうとは思わないよ。
今のその笑顔だけで十分だ」
ええーーっ?
コイツ、いったいどうしたの?
少女漫画ならいざい知らず、レディスコミックではイケメン王子は歯の浮くようなセリフをそんな風に堂々と言っちゃダメだ。
特に、渋いおっさんじゃなくて、ティーンの王子は絶対ダメなのだ。
若いイケメン王子が言う場合は、真っ赤になってうつむいてとか、聞き取れないようにボソボソと言わないと、読者のお姉さんたちは萌えてくれないのだ。
ポーッとするのではなく呆然とする私を見て、王子はちょっと動揺しているようだ。
「ほ、本当にそう思ったから言っただけだからな。
お前とも婚約はしているけども、あの、なんだからな。
結婚すると決まったわけじゃないんだからな」
少し赤くなって、かわいい反応になった。
「ウフフフ、そうなの?」
可愛いわね、ブライアン王子、お姉さんが色々教えてあげようか?
と続けて言いそうになるのを何とかおさえた。
私は、君の何倍もの人生経験があるのだよ。
あくまで人生経験だけどね。
恋愛素人の私が、こんな恋愛漫画の世界に入ってどうなるかと思ったけど、ティーンのお子ちゃま相手なら何とかなりそうな気がしてきた。
私は恋愛経験ないけど、向こうも若いせいで無いはずなのだ。
「と、とにかく、昨日俺の隣の席を空席にしたことは、許してないからな」
「ええっ、許してくださらないのですか?」
「ああ。同席の約束を破ったんだから、何かを一緒にやってくれないと許さない」
「あの、それでは、今日のお昼ご飯を一緒に食べませんか?」
「そうか。でも、またすっぽかす気じゃないだろうな?」
「大丈夫ですよ。
今日は私が先に食堂に行って、二人分の席を取っておきますわ」
「まあ、それならいいだろう」
王子は、颯爽と去っていった。
「ああー、良かったー」
思わず私は、つぶやいてしまう。
王子と一緒に昼食を食べられそうなことに、心底安堵した。
とりあえず私は、ポケットの中の媚薬の瓶を確認する。
今朝ソフィーがまた、持たせてくれたのだ。
この媚薬は作るのが大変みたいで、入学式の時に飲ませられなかったと知った時のソフィーの顔は、口元は笑っていたが、目がつり上がっていた。
そして、今日は絶対に昼食を一緒に食べるように言われた。
絶対に最初に口にするスープの中にたらすように、厳命されてしまった。
ソフィーは私のメイドのはずなのに、公爵令嬢の私に命令するんだから、大したものだ。
命令されている私が情けないのだけれど。
昼休み。私は、少し早い目に授業を抜け出して、貴族用の上級食堂に入った。
前もってお昼のコース料理を二人分注文して、すぐに食べられるように王子が来る前にスープと前菜だけテーブルにセットしておくように予約しておいた。
私は、サッサと予約席に座った。
しっかりと私の分と王子の分のスープと前菜が置かれている。
まだ王子は来ていない。
少し安心して一息ついたが、こうしてはいられない。
急いで王子のスープに媚薬を一滴たらした。
媚薬を飲んだ者は、私に対して強い恋愛感情や性的欲求を抱くようになる。
そして、私の言うことに従わざるを得なくなる。
性的欲求……
大丈夫なのかしら。
食事の場で我慢できなくなって襲い掛かってきたりとか、ないわよね。
しばらくすると、王子がやって来た。
「やあ、カトリーヌ。
遅くなってすまなかったね。待ったかい?」
「いえ。今来たところですわ」
「そうか、それなら良かった」
王子は、優雅に私の前の席に座った。
彼はテーブルの上の料理を見て、顔をしかめた。
私は、媚薬を入れたのがバレたのかとドッキリした。
「どうかなさいましたか?」
「いや、このスープなんだが」
「ふ、普通のコンソメスープですわよ」
私は、出来るだけ平静を装う。
媚薬は、匂いも何も無いはずだが。
「俺の嫌いな玉ねぎが入っている」
そ、そこかよー!
野菜が嫌いって、ガキかよー。
いや、16才は、ガキかー。
貧乏な下積み生活では、毎日もやししか食べられないこともあるんだぞ。
って、彼は貴族だった。
「す、好き嫌いは、いけないことですわ。
玉ねぎは、体に良いんですわよ」
「体に良いって言われてもなー」
「立派な王様になるために、嫌いなものも我慢して食べてくださいね」
「じゃあ、お前は、体に良いっていわれたら、知らないお婆さんのおしっこでも飲むというのか?」
「飲みませんよ。
お婆さんのおしっこが、体に良いわけないでしょ」
「そんなの、分からないじゃないか。
俺が前に視察に行った地方では、健康のために他人のおしっこを飲む習慣があるって聞いたぞ」
「おしっこは、体の老廃物、要らないものを、体に必要な水分を使って、体の外に出しているんですよ。
体に良いわけないでしょ」
「いや。例えだよ、例え。
おしっこなんか飲みたくないだろ。
飲みたくないっていうのは、体が求めていないからなんだ。
玉ねぎも、食べたくないってことは、俺の体に必要ないってことだ」
「そんなの、例えにも何にもなっていませんよ。
じゃあ聞きますけど、お薬はどうなんですか?
薬なんて、飲みたくないですよね。
食べたいモノだけ食べていたら、生きてはいけるかもしれませんが、健康には生きられません。
好きなモノだけ食べる不摂生な輩と、強い体を作るために食べるものをキチンと管理している者と、闘いで勝つのはどちらだと思いますか?」
私は、一気にまくし立てた。
フンッ、馬鹿め。
屁理屈で、私に勝てるわけないだろう。
頭脳労働者の漫画家を舐めるなよ。
って、しまったー。
王子が、すごく嫌そうな顔になっている。
次回更新は、明日の予定です。