22.ブライアン王子との再会
ソフィーの媚薬を飲んでいれば、私の命令には絶対に服従のはず。
でも、モッフー王子は私のお願いを聞かなかった。
つまり、ソフィーはモッフー王子に媚薬を飲ませていない。
じゃあ、仕掛けたというのは何?
いや、もしかしたら、効き目の薄い代わりにもっと効果が長い媚薬を作ったとか?
要人たちを送り出した後、立ちすくむ私にエリザベスが声をかける。
「お嬢様、どうなされましたか?
さすがにあれだけハードな交渉をして、お疲れになりましたか?」
「い、いえ。
大丈夫ですワン」
「ワン?」
エリザベスが、キョトンとしている。
あっ、しまった。
犬の文官の口癖が移ってしまった。
「だ、大丈夫ですわよ」
「そうですか」
なんだか納得いかなそうだが、誤魔化せたようだ。
とりあえず、その数日後、モッフー王子から連絡があった。
曰く、国家の威信にかかわる問題なので、第一王子の婚約者である私カトリーヌを返せと再度要求してきたとのことだ。
特にブライアン王子は、この件に関しては一歩も譲る気はないという姿勢らしく、どこへでも直接交渉に出向くから、マクラン王国側も使節団と私カトリーヌをその場に呼んで欲しいと要求しているそうだ。
さらに数日経って、話し合いはハミルトン辺境伯邸で、1か月後に行われることが決定した。
当然、私も同席することになった。
婚約破棄は文書での通告にして、本人がその場にいる必要はないという意見もあったが、私が同席を希望した。
ブライアン王子との関係をキチンと断ち切っておきたかったのだ。
私とモッフー王子たちは、交渉に備えて綿密に打ち合わせを繰り返した。
当初は犬獣人の文官ポッチーナさんもよそよそしかったが、会合を重ねるうちに打ち解けてきた。
そんな感じで、マクラン王国の要人たちとも親しくなることができた。
モッフー王子ともプライベートなお話ができるくらい仲良くなった。
打ち合わせが終わると一緒に夕食を食べたり、観劇や音楽会に出かけるほどだ。
モッフー王子は、本当に紳士だ。
一挙手一投足が優雅だし、レディへの気遣いはイケメンを鼻にかけたブライアン王子とは比較にならない。
この人となら、種族を超えて結婚しても良いと思い始めた。
交渉の二週間前、私たちはマクラン王国の首都ピローズを出発した。
今回は昼夜走り続けて、十日ほどでハミルトン邸に到着した。
それにしてもマクラン王国の領土は広い。
馬車の速度が遅いこともあるが、これだけの日数馬車に乗り続けたせいでお尻が痛くなってしまった。
ハミルトン邸に着いた私たちは、準備を始めた。
国としての豊かさの違いを思い知らせるほどに贅を尽くした食事を用意し、着飾った獣人の要人たちの優雅な姿を見せつけるのが、最大の目的だ。
それに乗じて、私もブライアン王子に婚約破棄を言い渡すつもりだ。
ハミルトン邸も、ものすごく豪華な装飾品で飾られていく。
門から屋敷の入り口までの道の両脇には、高さ10メートルはありそうな石像が何十個も並べられた。
もとから地方貴族とは思えないほど豪華なお屋敷だったが、もはや王族のお屋敷でもこれほどではないだろうというレベルになった。
会見の日が近づくに連れて、精鋭の近衛騎士団が続々と到着した。
会見の前日には、近くの宿場町にブライアン王子を含む使節団が到着したとの情報がもたらされた。
宿場町からハミルトン邸までの間には騎士団が配備された。
使節団を襲うためではなく、守るためだが、明らかに人間よりも大きな獣人たちが恐竜にまたがってウロウロしているのは、脅威に感じるはずだ。
それでビビッて、譲歩してくれたら御の字なのだが。
会見当日、ブライアン王子たち一行は三十人の近衛騎士団を連れて、その数百倍の騎士団の守る道を馬車に乗ってやって来た。
少しでも敵対行為をすれば、命が危ない。
さすがに鈍感なブライアン王子にも分かるだろう。
ブライアン王子一行が門を通ったという情報を聞いて、私たちはパーティー用のホールに並んで待った。
「ちょっと緊張しますわね」
私の横に立ったモッフー王子は、落ち着いた様子だ。
「安心してください。
もう私たちの領域に入ってますから」
「入ってますか?」
「もちろんです」
ニッコリ笑いかけてくれた。
そうこうするうちに、ブライアン王子たちがホールに入って来た。
モッフー王子は、一歩前に出る。
「いらっしゃいませ、ブライアン王子。
私は、マクラン王国の全権を任されております。
モッフーと申します」
「初めまして、モッフー様。
私も、王より全権を任されております。
ブライアンです」
両国の若き王子二人は、握手した。
握手の後、ブライアン王子は私の方を向く。
「カトリーヌ、久しぶりだな。
俺は今日、君を助けるためにやって来たんだ」
「助ける? 何から?」
「君が捕らわれている勘違いから、そして君を束縛するマクラン王国からだ」
「私は自分の意思でここに来ました。
束縛なんてされていませんけど」
「君がどうしてここに来たのか、俺には分からない。
でも、君は俺と結婚することで幸せになれるんだ。
俺は第一王子だ。
君は王女になるんだぞ。
さあ、俺の手を取って、一緒に帰ろう」
私は、差し出されたブライアン王子の手を無視する。
「私は王女になる気、ありませんから。
あなたと結婚することもありません」
キッパリと言い切った。
次回は、来週水曜日の予定です。




