19.モフモフの王子
ハミルトン辺境伯は、食事をしながら私とソフィーがいかに重要な存在であるかを力説した。
それによると、私は公爵令嬢として、第一王子の婚約者として、二国間の交渉材料になるそうだ。
私の身柄がマクラン王国にあることが、ブライアン王子のプライドの問題ではなく、国家の威信の問題になるらしい。
ソフィーには、獣人を好きになる薬を作ってもらうそうだ。
例えば私を好きになる媚薬だと、私個人のフェロモンをピンポイントで好きにならないといけない。
でも種族全体なら、共通の成分に反応すればよいので、かなり作りやすくなるらしい。
当然、ありとあらゆる獣人を好きになるようにするのは難しいそうだけど、草食動物の獣人とか、犬獣人とかネコ獣人とかある程度絞ることで、本当に簡単になると、ソフィーも言っていた。
これで、戦争にならないかも知れないほど重要だということだ。
そして、ソフィーが何日かここに滞在しなければいけないと言っていた意味も分かった。
私が辺境伯領に向かったという情報を受け取った辺境伯は、直ちにマクラン王国にそのことを知らせていた。
マクラン王国から私の処遇を話し合いに特使が派遣されたらしい。
特使の到着は二日後なので、それまで私はこの屋敷で軟禁状態になるようだ。
軟禁状態といっても、VIP待遇だった。
朝起きると、使用人がドレスに着替えさせてくれて、朝食の場へ。
食事も朝から豪華で、楽団の演奏付きだ。
それに、領地の視察をしたいと言えば、護衛付きで散歩も出来る。
広いお屋敷の探検も出来るので、退屈することは無かった。
そして、二日後特使団が到着した。
その日の夕食が顔合わせの場になった。
特使団には、マクラン王国の第三王子が同行していた。
なんとネコ耳の獣人だ。
イケメンというより、かわいいタイプ。
ギュッてしたくなる可愛さだ。
「あなたが、公爵令嬢カトリーヌさんですね。
私は、マクラン王国の第三王子モッフーです」
うっわー、名前の通りネコ耳がモフモフだー。
触りたいー
「モフモフ王子様。今は逃亡中で、単なるカトリーヌです。
よろしくお願いしますー」
私は、カーテシーで答えた。
「いや、私の名前はモッフーですが……」
やっちまった。
いきなり、私の運命を左右しかねない大物の名前を間違えちまった。
「す、すみません。モッフー様。
相手の印象に残るために、ちょっとお茶目なところをお見せしましたー。
マーケティング戦略というか、何というかそういうやつでしたー」
明るく誤魔化してみる。
私、陰キャのはずなのに、こんな反応ができるんだ。
でも王子の方も、話をしてみると、可愛い外見とは裏腹にしっかりした人みたいだ。
「そうでしたか。
自分は、王子といっても第三王子で印象が薄くて、名前も覚えていただけないのかと少しショックでしたが、マーケティング?
何かの戦略として、ワザとされたのですね。
少し安心しました」
「いえいえ。
素敵な王子様の名前を本気で間違えたりしませんよ。
ウフ、ウフフフ」
一生懸命誤魔化す。
「なかなかお上手ですね。
よく分からない言葉が出てきたので少し戸惑いましたが、第一印象をワザと低くしておいて、ギャップによる効果を狙う戦略だということが今分かりました。
勉強になりました」
「(お顔だけではなく)頭の良い方なんですね。
感服いたしましたわ」
本当に、マーケティングとか、この世界に無い言葉なのに即座に意味を理解するなんて、只者じゃない。
「ハハハハハ
感服したのは、私の方ですよ。
王子との政略結婚に嫌気がさして逃げてきたとお聞きしました。
それで、大人しいだけの貴族令嬢ではないと踏んでおりましたが、これほど大胆な方だとは、正直想像以上でした」
うっ、私、いつの間にか悪役令嬢ムーブが板についていたみたいだ。
「王子様こそ、下の者に任せるんじゃなく、こんな現場まで足を運んでいただいて直接交渉をされるわけですから、ただの王族ではありませんよね」
「いやいや、王族といっても王様にはなれない下っ端ですからね。
しかし、だからこそ交渉相手に舐められないように全力で臨ませてもらいますよ」
モッフー王子は、力強く言い切った。
なかなか、タフな交渉になりそうだ。
交渉の中心は、私の処遇だった。
町娘になって、今までのしがらみから逃れることは歯牙にもかからなかった。
ただ、有利な立場にあるマクラン王国側から一方的に条件を決めてくることも可能だったが、キチンと私の意思を尊重して交渉してくれたのは好感が持てた。
二国間交渉は、長引くかもしれない。
下手すると、私は何ヶ月もマクラン王国に滞在することになる。
その間に、私が逃げたり死んだりしたら交渉材料を失うことになる。
そういう打算は見え隠れするが、とにかく私の意見を聞いてくれることは有難い。
ソフィーの方は薬を作るだけなので、薬の対価の交渉だけですぐ終わった。
それが分かっていたからか、私の話はその後だった。
まず、ブライアン王子との婚約をどうするかだった。
私は破棄で良いと言ったが、王子の婚約者であるからこそ二国間の交渉材料になる。
しかし、交渉が折り合ってしまったら、私は帰国することになる。
婚約したまま帰ったら、婚約破棄されて殺される未来が残ってしまう。
私は、さらわれてきて、ここにいるわけじゃない。
自分から逃げてきたのだ。
ブライアン王子側からは、私が婚約を嫌って逃げ出したことを公表できるわけない。
当然、私を取り返してから、王家の方から婚約破棄アンド関係断絶を言い渡してくるだろう。
その時は、冤罪を押し付けられて死刑もありうる。
主人公のエリザベスがいないからといって安心できないのだ。
マクラン王国側は、さらわれてきたことにしたら良いと言ってきたが、手紙を残してきている。
何としても、こちら側にいる間に婚約破棄をしてしまいたい。
双方譲らず、数時間やり取りを繰り返した。
結果、私が押し勝った。
ただし、婚約破棄の時期はマクラン王国側で決めるということだ。
交渉の間は破棄したくないのだろう。
次回更新は、来週水曜日の予定です。




