16.逃亡する悪役令嬢
考えた末、私もすぐに逃げた方が良いと思い始めた。
エリザベスが逃走した日の夜、地下牢の中のフレディに相談して一気に逃亡の手はずを整えた。
翌日、学校から家に帰るはずの馬車は、王都の門を出て公爵家の騎士団の詰め所に行った。
ここ最近は、何度もこのコースを通っていたから誰も疑わない。
馬車を操る御者の人は、いつも通りの寄り道だと思っているようだが、今日は違う。
馬車に乗ってお屋敷に帰るつもりはない。
詰め所に着いたら御者さんには、お金を渡して帰ってもらった。
詰め所の一角に、いくつかの木箱が置いてあった。
木箱の中身は、逃亡先での私の生活用品だ。
この木箱を、騎士さんたちにお願いして運んでもらった。
しばらく、慰労のためだとか言って詰め所にお邪魔していたので、何人かの騎士さんとは仲良くなっていた。
色々置かせてもらう代わりに、ちゃんと食料とかお酒とかを差し入れしていたのだ。
最初はあまりいい顔をしなかった詰め所の隊長さんとも、最近はすっかり打ち解けた感じだ。
詰め所から少し離れた場所に、別の馬車が停まっている。
この馬車の御者は、フレディだ。
言葉通り、牢屋を抜け出して馬車を手配して、ここで待ってくれていたのだ。
木箱を馬車に積んだ騎士さんたちは、公爵令嬢を一人で行かせるわけにはいかないと、なかなか帰ろうとはしなかった。
だが、馬車の中からソフィーが現れたので、納得して詰め所に引き返していった。
私は驚いてしまったが、平静を装って、騎士さんたちが去ってから聞いた。
ソフィーには知られないように行動していたはずなのだ。
「ソフィー、どうしてあなたがここに?」
「当然です。
私は、お嬢様の専属メイドなのですから」
「えっ、でも、私は逃亡した先では、単なる町娘になってしまう予定なんですよ。
メイドなんて、とても雇えるような身分ではなくなってしまいます」
「お嬢様。
私なしで、単なる町娘として暮らしていけるとお考えですか?」
えっ? 私は元々一般市民だったんだから、普通に暮らしていけますよ。
そう考えながら、答える。
「はい、なんとか」
「その考えは、甘すぎですね」
「どうしてですか?」
私は、今はまだ15才ですけど、前世では社会人としてキチンと生活していたんですよ。
漫画家がキチンとした社会人なのかは、別として。
「まず、お嬢様は辺境伯領に逃げ込んで、そこからマクラン王国に逃げるつもりだとお聞きしました」
「どこからその情報を?」
「それはいいですが、マクラン王国に着いて、元貴族としてではなく、町娘としてなんて、どこに住むつもりなんですか?」
質問に質問を返してきたわね。
公爵令嬢に対して、失礼な態度ですわ。
まあ、もう町娘になってしまう私の使用人ではなくなるんだから、対等よね。
「町に着いたら、空き家を探して、そこに住みますわ」
不動産屋さんとかがあるのかは、分からないけどね。
「ドンドン領土を増やしている、勢いのあるマクラン王国です。
都市には人が集まってきています。
ひとり身の町娘が住める空き家なんて、そんなに簡単に見つかりませんよ」
「大きな町に行かずに、少しさびれた街に行けば良いだけですわ。
その方が、行方も分からなくなるでしょうし」
「まあ良いでしょう。
百歩譲って、住む場所が見つかったとします。
どうやって生活していくつもりですか?」
「それは、しっかり生活できるだけの金品を用意していますから。
足りなくなったら、絵を描いてお金を稼ぎますわ」
「ある程度生活できるだけの金品を持って、年頃の娘が一人で暮らすんですね。
しかも、少し寂れた町で」
「そうですよ」
「強盗の餌食になって、金も命も奪われてしまうでしょうね」
「そ、そんな……」
確かに、マクラン王国のことをほとんど知らないから、それがどれくらい本当に起こりそうなことなのか、サッパリ分からない。
「でも、安心してください。
私が付いて行きますから」
ソフィーが胸を張る。
信じても良いのだろうか?
でも、信じるしかないか。
そんなことを考えている間に、二人を乗せた馬車は出発した。
一応、置き手紙は残しておいた。
置き手紙というか、執事さんに今日の夜、父に渡すように頼んでおいたのだが。
一人娘が家出して、公爵家の存亡の危機になるわけだから、父は必死で追跡をかけるだろう。
なので、一日目は徹夜で馬車を走らせた。
詰め所は王都の北にあったが、王都の周りをグルッと回って、南に向かって走って行った。
きっと、王都の北側を主に探すはずだ。
二日目のお昼過ぎに、森の中で馬車を洞窟に隠して、馬二頭を連れて隠れ家に入った。
ここは、マクラン王国のスパイが、王都から1日の距離の場所に潜伏するための隠れ家だ。
とりあえず建物はボロボロだ。
屋根に穴が開いているので、雨が降ったら大変だと思ったが、暮らすのは地下室だった。
住めないような小屋だから、捜索に来た者も素通りしてしまうが、実は地下に生活スペースが確保されていた。
フレディが、脅かすように言う。
「ここのことを知ってしまったから、お嬢様もメイドさんも二度と王都には戻れないぜ。
ワシたち三人の素性は、すでに伝達係によってマクラン王国のスパイ網に知らせてある。
もし誰かが途中で引き返したら、暗殺部隊の追っ手がかかる。
もうこれからは、ワシの指示に従って動いてもらうしかない」
「分かっていますわ」
戻って、マクラン王国の追っ手を振り切ったとしても、王子に殺されると確信している私は、大きくうなずいた。
ここで、三日間隠れて暮らすということだ。
お父様は、すぐに捜索隊を出すだろう。
おそらく三日も経てば、よほど用意周到に準備して、上手く逃げたと思うだろう。
簡単には見つからないと理解するはずだ。
そうなると捜索を続けるよりも、私がいないことを誤魔化すことに力を入れるだろう。
もしかしたら、替え玉を用意するかもしれない。
なので、三日後には捜索の手が多少でも緩む可能性がある。
少なくとも、この一日二日は全力の捜索だ。
正直、捜索が緩くなるかどうかは分からない。
しかし、三日後には少しでも確率が高くなる。
そこで再び移動し始めるのだ。
次回投稿は、来週の水曜日の予定です。




