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14.獣人の国

 私の返事を聞いて、考え込んでいたフレディが顔を上げた。

「そこまでの覚悟をしているとは、よほどのことだな」

 フレディが、真剣な顔になっている。


「ま、まあね」


 私は、少し困った顔をしていたのだろう。

 フレディがちょっとためらった後、おもむろに話し始めた。

「うむ。では、ワシをここから解放してくれ。

 ワシは、マクラン王国の地理や内情に詳しい。

 マクラン王国まで、ご案内いたしましょう」


「ええっ、でも、マクラン王国まで遠いじゃないですか。

 何日も一緒に、夜を過ごすことになるんでしょ」

 子作りするとか言っていたから、この人と一緒に旅したら、私の貞操が危ない。

 好きでもない、ましてや、こんなオッサンに処女をささげるなんて、何としても避けたい。


「そんなに、ワシと交わるのが嫌か」

 フレディは、ため息をついた。


「すみません。

 そういうことは、本当に好きな方と愛を実感しながら結ばれたいのです」


「そうだろうな。

 仕方ない。

 ワシは、カトリーヌ様との子作りを諦めるよ」


「ええっ?

 それってどういうことですか?」

 まさか、私に魅力がないから?


「カトリーヌ様は、魅力的だ。

 だが、ワシとでは釣り合わんから諦めるということだ。

 それは、カトリーヌ様が高貴な地位にいるからとかではないぞ。

 心のキレイさが、違いすぎるからじゃ。

 まあ、年も違いすぎるがな」


「えっ? 私、魅力がどうとか口に出していませんよね。

 まさか、心が読めるんですか?」


「心が読めるわけではない。

 ただ、なんとなく分かるんだ。

 最初は、魔法か何かで惚れさせられたのだろう。

 美しいし、それで好きになってしまった。

 しかし、今は姿かたちではない。

 その美しい心根が愛おしいのだ」


「私の心は、美しくないですよ。

 実際、あなたに媚薬を盛ったのは私ですから」


「さっきも言った通り、心を読めるわけではない。

 だから事情は分からんが、悪意を持って盛られた薬をワシが口に入れるわけがない。

 一流のスパイなのだからな」


「悪意が見えるってことですか?」


「そうだ。

 小動物に好かれる者と嫌われる者がいることは、分かるだろ?

 それは、悪意があるかどうかということなんじゃ」


「でも、小動物に嫌われる人は、明らかに悪意を抱いていない状況でも嫌われてますよ」


「それは、悪意を持つ時間が長ければ、心に染みついてしまうからじゃ。

 カトリーヌ様の心は、本当にキレイだ。

 汚い仕事をこなして、薄汚れてしまったワシの心が洗われるような気がするほどにな」


 色々意地悪な話を考えて漫画にしていた私の心がキレイ?

 何だか信じられないけど。

「多分勘違いですよ」

 私は、なんだか言い訳している気分だ。


「ハッハッハ、そういうところが、悪意の無さなんじゃよ。

 あなたは、ワシを捕まえても痛めつけたり、酷いことをしなかった。

 秘密を吐かせるとか言っていたが、あの夜に話したこと以外、特に聞いてもこない。

 悪い企みが無い証拠じゃ」


「悪い企み?」

 そう言えば、元々カトリーヌが王子との婚約にこだわったのも、エリザベスを邪魔に思って排除しようとしたのも、公爵家を守るためだった。

 私は、カトリーヌが何を考えて意地悪をするのかとか、考えてもいなかった。

 ただ、ブライアン王子を取られたくないという思いだけだと思っていた。

 私も読者も、カトリーヌは心が汚い意地悪な悪女と決めつけていただけで、実は心のキレイな普通の貴族令嬢だったのかもしれない。


 少し間をおいて、フレディが話し始めた。

「ハミルトン辺境伯の現在の領地は、元々獣人たちの国だった場所だ。

 普通に蹂躙されて、辺境伯の領地に組み入れられた。

 たくさんの小国が、すべて飲み込まれたんだ」


「でも、獣人は強いとおっしゃっていましたよね」


「その通りだ。

 個々は強いが、組織力ではヒューマンの軍の敵ではなかった。

 だが、マクラン王国まで攻め込んできた途端に彼らの侵攻は止まったんだ。

 何故だと思う?」


「マクラン王国の獣人は、種族の壁を越えて協力したからですね」


「そういうことだ。

 我らマクラン王国は、それまで他国に攻め入ったことは無かったが、かかる火の粉は振り払わねばならん。

 攻め返したところ、あっという間に辺境伯のいる本陣まであと少しというところまで迫ったのだ」


「じゃあ、ハミルトン卿は戦いに負けて、建国祭に起こす戦争に加担させられたわけですね?」


「それは、チョット違うな。

 ハミルトン伯は負けたわけではない。

 講和したんじゃよ」


「戦いに負けたので、不利な条件で講和したのでしょ?」


「いや。負けたわけでもないし、講和の条件は対等だった」


「あっという間に本陣の直近まで攻め込まれて、苦し紛れに講和に応じたのでしょ。

 負けていないっていうのは、違和感があります。

 それとも、ハミルトン卿は交渉の達人だったとか?」


「逆ですな。

 ハミルトン伯は、講和の交渉の場で、自分は殺されてもいいから領民は助けてほしいと願い出たのです。

 しかし、マクラン王国のシーツ王は、獣人を多く含む辺境伯領の領民を皆平等に扱い、二度と攻め込んでこないなら、無条件で軍を引くと答えたのです」


「ええっ?

 軍隊を動かすにはお金がかかりますし、戦いで損害も出ているでしょ。

 賠償金も請求しなかったのですか?」


「そうです。

 それで、ハミルトン伯は逆にシーツ王陛下を敬愛するようになり、講和条約とは別に王国内の獣人開放に手を貸す約束をしたのです」

 フレディの目に涙がたまっている。


「まるで見てきたかのようですね」


「そりゃあ、ワシはその時、王の警護のためにその場にいましたから。

 側近というわけではありませんが、不穏な動きをする者をいつでも殺せる態勢で陰に隠れておったのです」


「なるほど。今の話だけ聞くと、王子たちを暗殺したり、建国祭でたくさんの人たちが集まったところをドラゴンで攻撃したり、などという酷い作戦に無関係の良い人たちのように聞こえますね」


 私の憤りが伝わったのか、フレディの声が少し小さくなる。

「ひどい作戦に思えるでしょうが、軍事的に強い国同士が泥沼の戦争になるよりは、被害を最小に抑えて獣人たちの解放に近づくことを選んだんですよ」


「それで、その作戦は、もう失敗に終わったんですよね?」


「分かりませんな」


「えっ、どういうことですの?」


「少なくともワシの王子暗殺の任務は、失敗に終わっております。

 しかし、マクラン王国が黒幕であることも、建国祭の日に騒ぎを起こすことも、ノエビア家以外にはバレておらん。

 作戦が中止されたかどうか、連絡が途切れているワシには分からんのですよ」


「じゃあ、私たちがその秘密を黙っていないで王室に伝えないと、戦争が始まるかも知れないのね」


「その秘密は、どうやって手に入れたと説明するのですかな?

 あのメイドが言っておったように、ノエビア公爵家の破滅につながりかねんですぞ」


「確かに」


「まあ、ワシがカトリーヌ様を辺境伯領まで無事に送り届ければ、何の問題も無いのですがな」


「それは、王都が戦乱になっても、遠くにいるから関係ないということですか?」


「そうです。

 なんなら、お送りするのは今からでも良いですよ」


「私は、その牢屋のカギを持っていませんし、今からすぐは無理ですよ」


「いえいえ。こんな牢からなら、目をつぶっていても出られますよ。

 警備も緩々ですから、何の問題もなくお送りすることは出来ます。

 ワシは、ただカトリーヌお嬢様のためだけに、この牢の中にとどまっておるのです」


「それが本当なら、もうしばらく大人しくしておいてください。

 私は、あくまで逃亡が可能かどうか聞いただけで、まだお願いしていませんから」


「それがカトリーヌ様のお望みであれば」

 フレディは、ひざまずいて一礼をした。


次回更新は、水曜日の予定です。

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