13.危機に備える
翌日、学校に行くと、廊下の窓から中庭の様子が見えた。
あれは、エリザベスとブライアン王子。
何の話をしているんだろう。
二人とも、真剣な表情だ。
当然、声は聞こえない。
王子が何かを言った後、ニヤリと笑っている。
それに応えるかのように、エリザベスがニッコリとほほ笑みを返した。
彼女は、私と王子の関係を邪魔すると言っていた。
早速奪いに来たということだろうか。
何とか防ぎたいものだが、それは将来的に私の死を意味することになる。
あんなひどい結末になるのは、勘弁願いたい。
婚約破棄で良いか。
そう思って、素通りした。
エリザベスは、私の貞操の危機を救ってくれた。
私が設定したんだけど、素直で良い子みたいだ。
私を好きだとか、愛しているとかは、勘弁願いたいけど。
そんな設定した覚えはないし。
ブライアン王子も、顔も心もイケメンな素敵な王子に設定したつもりだったけど。
まだ結婚していない婚約者に、デートドラッグをかまして襲うような、卑怯な王子に設定した覚えはない。
こちらも勘弁願いたくなってきた。
婚約破棄が良いな。
ただ、一つだけ言える。
ノエビア公爵家の終わりは、近い。
家に帰った私は、一人でコッソリ地下牢に行く。
ソフィーをはじめとした使用人たちには、雑用を言いつけまくって一人になったのだ。
見張りの人たちにも、私が来たことを秘密にしてもらうようにお願いした。
そして、牢屋から少し離れてもらった。
暗い牢屋の中で横になっていたフレディが、ガバッと起き上がる。
「おう、カトリーヌお嬢様。
ワシに会いたくなったのか?」
「そうですね。
お聞きしたいことがあって来ました」
私は、持ってきた燭台をその場に置いた。
ロウソクの揺れる光が、あたりを包み込む。
「何だ?
カトリーヌ様の質問になら、なんだって答えるぜ」
「まずお聞きしたいのが、マクラン王国のことです」
「おう。ワシの知っていることなら答えられるぜ。
というか、今この国の中でマクラン王国に一番詳しいのが、ワシだろうな」
なるほど、それは助かる。
「それでは、お聞きします。
フレディさんは、獣人たちの解放を狙っていると言っていました。
それは、この王国内で獣人たちが差別されて虐げられているからということでした」
「そうだな」
「逆にマクラン王国では、数の少ないヒューマンが差別されるとかいうことは、無いのでしょうか?」
「それは無いな」
「どうしてですか?」
「マクラン王国は、獣人が多い。
だが、獣人は一種類ではない。
ヒューマンは、いろんな獣人を獣人という種族でくくりたがるが、すごく種類が多いんだ。
俺のような狼族、ウサギ、ネコ、ネズミ、果てはトカゲやワニ、鳥など、本当に数えきれないほどの種類がいる」
「つまり、それだけ種類が多いから、それぞれの獣人は数が少ないというわけですね」
「分かっているじゃねえか。
数が少ないから、他の獣人と仲良くできねえ奴らは淘汰されちまう。
他の種類の獣人と上手くやっていけた奴らだけが生き残って、そんな獣人たちが作ったのがマクラン王国なんだ。
それで、基本的に獣人同士で差別は無い」
「戦って勝ち残ったってわけじゃなくて、仲良くした者が勝ち残ったってことですか。
それは素晴らしいですね」
私は、ちょっと感動してしまった。
「いや、それは違うな。
仲間を増やして、団結したから勝ち残ったんだ。
戦いで決着がついたのは間違いねえ」
「それは、少しガッカリですね。
でも、仕方ないか。
ただ、戦いで勝ち残ったのなら、負けた側は虐げられたのではないですか?」
「普通は、そうなるな。
だが、獣人はすべてを合わせても、他の亜人種やヒューマンたちより少ない。
獣人同士の戦いが終わっても、次の戦いに備えないといけない。
だから、また仲良くするしか選択肢がなかったんだ。
それで、仲良くやっていくためには、獣人同士で上下関係を作ることはなかった。
これは、マクラン王国の初代国王の考えだな」
「それで、獣人たちは平等なんですね」
「そうだ。
だから、マクラン王国では奴隷も禁止されている。
統治のために王侯貴族はいるし、軍隊は上下関係がハッキリしている。
しかし、それ以外は全員平等であることが、法律で謳われている」
「それって、獣人同士ではってことですよね。
その中でヒューマンは、どうなのかが知りたいんです」
「うん? どうしてだ?」
「ヒューマンは、獣人たちと上手くやってこなかったわけじゃないですか。
でも淘汰されずに、それどころかヒューマンだけで国を作って、発展を遂げています。
だから、マクラン王国では嫌われているんじゃないかと思ったんです」
「一部には、そう思う奴もいるだろうな。
だが、ワシらから見たら、猿人間とヒューマンは見分けがつかん。
だから、法律上獣人と同じ扱いになる。
マクラン王国は、法治国家だ。
王侯貴族よりも、法律が優先する。
法律を作る議会と王族、行政が三権分立しているのだ」
「まるで近代国家みたいですね。
それは、私たちが移住しても大丈夫ってことでしょうか?」
「なんだ? カトリーヌ様は、マクラン王国に移住したいのか?」
「移住したいわけではありませんが、移住候補として考えています」
エリザベスと王子が親密になる可能性が上がってきた以上、逃げ道を作っておかないといけない。
王子からも逃げたくなってきたし。
命に係わる問題だから。
「この王国から出ていくということは、貴族ではなくなるということだぞ。
公爵令嬢として、第一王子の婚約者としての地位を失ってもいいというのか?」
「そうですね」
この世界の庶民の生活を知っているわけではないけれど、貴族の生活も日本の庶民に劣っているんだから、あまり未練はないわ。
働かなくていいのは、最初のうちは嬉しかったけど、学校を出たら退屈しそう。
ブラック労働にも慣れているし。
前世では漫画家だったし、絵描きとして生きていくのも悪くない。
この前、街に絵描きがいることを知ったの。
そして、彼らは私ほど絵が上手くないことも確認したから。
次回投稿は、金曜日の予定です。




