12.朝チュンのあと
エリザベスが、媚薬を含んだ果実酒を吐いた。
それを聞いた私は、聞き直した。
「あの媚薬は、いったん飲んでしまったら、吐いても効果が現れてしまうと思うのですが」
「それは、飲み込んではいないから大丈夫だったのです。
口に含んだ後、すぐにハンカチに吐いたのです」
私は、驚いて聞いた。
「ずいぶん適切な判断ですが、そんな知識はどこで学ばれたのですか?」
「以前から知っていたわけではありません。
精霊たちが教えてくれたのです」
そうか、この子は精霊と話が出来るという設定だったのを忘れていた。
「でも、精霊たちは人の多い場所にはいないでしょ。
あれだけ人の多かったパーティー会場には、精霊はいなかったのじゃないですか?」
「あのパーティー会場には、とてもたくさんのフルーツが運び込まれていました。
いくつかのフルーツに、木の精霊たちが宿っていたようです」
「木の精霊さんたちは、飲み物にどんな薬が仕込まれているかとか、その対処法とかを教えてくれるんですか?」
「いえ、いくら何でもそこまでは。
あの飲み物の中に飲み物本来の成分以外が入っていることと、口に少し含んで直ぐに吐き出せば吸収されないことなどを教えてくれたんです」
随分頭の回る精霊さんたちだこと。
「それで、私が王子に媚薬を盛ろうとしたことも見破られていたので、邪魔をしたってことですね」
「いいえ。カトリーヌ様が悪意を持っていないことは、精霊たちが教えてくれました。
でも、王子様の方は良からぬことを企んでいると教えてくれたのです。
どちらも命に関わることは無いと分かっていたので、カトリーヌ様の持っていた飲み物の方を飲みました。
王子様とは教室であいさつも交わさない程度のお付き合いですので、王子様の飲み物に手を付けるのは不自然すぎますから」
確かに、私は王子に媚薬を飲ませることだけを考えていて、その後どうするかとか全然考えていなかった。
ただ、それだけで悪意を持っていなかったことになるの?
百歩譲って、悪意を持っていなかったと思ったことを理解したとして、やっぱり納得できない。
「でも、結果的に私の邪魔をする方を選んだとも取れますが」
「精霊たちが教えてくれたんです。
王子の周りにいた魔法使いは、精神系の魔法を使うと。
お嬢様の飲み物に対して質問されたら、答えた瞬間に何か薬を入れたことを咎められるだろうと」
確かに、嘘をついているかどうか見分けられる魔法使いを連れてくると言っていたわね。
その飲み物に何か細工をしたかと聞かれたら、何と答えてもバレていたってことね。
危ないところだったかも。
「つまり、私を助けてくださったということかしら?」
「その、とーりでーす」
エリザベスは、身を乗り出してきた。
私は、どう答えていいものか、考え込んでしまった。
エリザベスは、グングン距離を詰めてきて言う。
「私は、カトリーヌ様と王子様との仲を妨害しますからね」
えええっ? そんなにハッキリと言い切ってしまうの?
「そ、それは、あなたと王子様との関係を邪魔されないためなのよね?」
「違います」
エリザベスは、キッパリと答えた。
「それでは、どういうことなのかしら」
頭が混乱した私は、一生懸命平静を保ちつつ聞く。
「私がカトリーヌ様を、大好きだからです。
愛しているからです」
「だから、それは、やっぱり媚薬が効いているのではないかしら」
「違います。
なぜなら、初めてお会いした日から、カトリーヌ様のことをずっとずっと大好きだからです」
うおっ、夢見る少女の瞳で見つめられた。
もしかして、花時計のところで道に迷ったエリザベスを助けた人と恋に落ちるフラグが立っていたとか?
いやいや、ありえないでしょう。
そんなこんなで、私はウッドフォード家の馬車で自分の家まで送ってもらった。
元のドレスに着替えたので、公邸の車寄せから降りようとすると執事が手を取ってくれたが、問題なかった。
パジャマのままで馬車の中から現れたら、大問題よね。
自分の部屋に帰ると、ノックの音がした。
ソフィーだった。
ソフィーは、部屋に入ってくるなり聞いてきた。
「お嬢様、ウッドフォード家のお嬢様に連れて行かれて、どうなることかと心配していました。
何かされませんでしたか?」
「ええ。寝巻に着替えさせてくれて、一晩ゆっくり休ませてもらっただけですわ」
「そうですか。
あの方は、ものすごく強引だったので、みんな呆気に取られている間に、お嬢様を連れ去られてしまったのです」
ソフィーによると、こんな感じだったらしい。
王子から渡された飲み物を飲んだ私は、突然フラフラと倒れこんでしまった。
と、その時、風のように現れたエリザベスが私の体を支えて、けがを防いでくれたそうだ。
王子の奴は、私が転びそうになっているのをほくそ笑んで見ているだけだったらしい。
あのダンスの時の身のこなしで、サッと助けてはくれなかったようだ。
ソフィーの方は、媚薬が失敗しても、私が王子に眠らされて一夜を共にしてしまえば、既成事実が出来るのでよしと考えたみたいだ。
しかし、みんなの見ている前で婚約者に薬を盛って眠らせるなんて、なんてイケてない王子なのだろう。
あれだけのイケメンなのだ。
そんな姑息な手段を使わなくても、ダンスとアルコールで酔わせて、後は雰囲気を作れば、私は落ちたような気がする。
ていうか、普通そうするだろう。
そのためのパーティーなのだし。
いや、違うか。
何か、裏切り者を炙り出すとかなんとか言っていたな。
王子は、眠っている私をお城の休憩室に運ぶように指示したようだ。
しかし、エリザベスが強硬に反対して、私を連れ去ったそうだ。
「結婚前の女性を薬で眠らせるような方に、カトリーヌ様をお任せできません!」
という言葉に、王子は一言も返せなかった。
そりゃそうだろう。
私も、寝ている間に変態プレイなんかされたくない。
本当にエリザベスちゃんには感謝しかない。
さすが、私が創った完璧主人公だわ。
その後、私は父親に呼ばれた。
行ってみると、お父様は難しい顔だ。
「カトリーヌ。王子との結婚が近づいているが、ちゃんと王子を誘惑して子供が出来てしまうようなことはしているんだろうね?」
ええっ? 父親から、そんなこと言われるなんて予想外!
「い、いえ。誘惑はしているんですが、王子は奥手みたいで、エッチなことは出来ていません」
本当は、王子じゃなくて、私が奥手なんだけど。
「それは、いかんな。
公爵家は、王家との縁戚関係が無ければ、その代で終わってしまうのだ。
なんとしても、王子の妻の座はつかまねばならん」
「は、はあ。頑張ってみます」
なるほど。だから、私の漫画の中のカトリーヌは必死に王子を捕まえていたのね。
そんな設定考えてなかったけど。
「今回は、その大チャンスだったのにな
それと、くれぐれも他の女に婚約者の座を奪われるんじゃないぞ。
お前の婚約を勝ち取るために、すごい額の金をつぎ込んでいるんだからな。
財力で我々に敵う者はいない。
お前が他の女に負けなければ、鉄壁なんだ」
そ、そうなんだ。
ヤバい。
私、主人公のエリザベスの性格はちゃんと考えていたけど、悪役のカトリーヌは性格が悪くて、なんでも利用して欲望を満たす人と言う設定だけだった。
とにかく、その欲望には性欲も含まれていた。
でも、私の前世は漫画一筋で異性とのつながりは全くなかった。
確かにブライアン王子は美形だと思うけど、エッチなことをしたいとかは全く思わない。
大体、婚約者をだまして眠らせてエッチなことをしようなんて変態だ。
『ただしイケメンに限る』とは、いかないのだ。
いくらイケメンでも限度がある。
でも、王子をエリザベスに奪われたら、公爵家自体が終わってしまう。
これは困った。
タイトルに朝チュンとついていますが、本当に朝に雀の声が聞こえただけです。
表現を逃げたわけではありません。
次回投稿は、月曜日の予定です。




