11.騙しの攻防戦
漫画の中で描かれる華麗な貴族社会。
キラキラした服を着て、何不自由ない生活。
イケメンと美女ばかりで、恋のさや当てにドッキドキ。
でも、実際にその世界に入ってみると、ちょっと違う感がすごい。
服はキラキラしているけど、なんだか縫製が甘い気がする。
令和の世界は、本当に何の不自由もないけど、中世の貴族社会は令和の貧民以下。
甘いものはほとんど口に入らないし、肉は何の肉だか分からない。
令和の車は揺れることなんてなかったけど、貴族の乗る馬車は三十分も乗っていたら、お尻が痛くてたまらない。
それほど揺れるし、道も悪い。
まあ、そんな不満は置いておいて、やっぱりパーティーだ。
私の前世はパリピには程遠かったけど、すっかり今はパリピになってしまった。
美男美女に囲まれて、ああ、これが私の作った世界じゃなければ、ドッキドキの恋愛が始まるんだけどなあ。
ただ、美男美女は目の保養になる。
美しいものは、きっと健康にもいい。
なんとしても王子に殺される人生を避けて、健やかで幸せな人生を送りたい。
そういうわけで、私は裏切り者を炙り出すパーティーを楽しんでしまっていた。
超イケメンのブライアン王子とのダンス。
本当の私は、ダンスなんてできないんだけど、カトリーヌは生まれた時から貴族としての教養として身に着けていた。
だから、踊れてしまうのだ。
ブライアンは、本当にリードが上手かった。
私は、まさにキラキラの灰になって踊った。
まるで重力がないかのように、宙に舞う気がした。
この世界に来てから、ずっと手すりのない階段を上り下りしている感覚だった。
羅針盤は手の届かないところにあって、どこに進めばよいのかさっぱり分からなかった。
でも、今この瞬間だけは、この王子のリードに体を任せるだけですべてが上手くいく。
いつの間にか王子の頬に私の白粉が付いたようだ。
王子の頬から、かすかに化粧のにおいがした。
私は、この日のことを一生忘れない気がした。
ちょっとうっとりしながら、耳元でささやいた。
「素敵なダンスでした。
人生で最高の瞬間だったかも」
私のつぶやきに王子が答える。
「そうか、それは良かった。
最近、なんだか冷たかったが、これで少しは見直してもらえたかな」
本当にイケメンだ。
ダンスの後の心地よい疲労感に、目の保養が加わって本当に人生最高の瞬間、前の漫画家人生を加えても最高だったかもしれない。
踊りを終えた私たちは、ホールの端に用意された席に離れて座った。
「お嬢様、この飲み物を王子に飲ませてください」
いつの間にか、私の前にソフィーがいた。
「ここは、お城よね。
どうしてあなたがいるの?」
私は、疑問で頭がいっぱいだ。
「今回は、王都中の貴族を集めたパーティーです。
おそらく、過去最大の規模になるでしょう。
いくら王族に力があるといっても、すべてを賄いきれるほどの使用人を抱えているわけではありません。
それで公爵家をはじめとした上級貴族の使用人たちが駆り出されたのです」
「なるほど」
って、本当にソフィーはすごい奴だ。
よくこんな場にもぐりこんだものだ。
正直、驚いてしまった。
私は、ソフィーが渡そうとしているグラスを指さした。
「これは、例のモノなのね?」
「はい。これで王子は、お嬢様の下僕と化すでしょう」
ソフィーは、蚊の鳴くような小さな声で答えた。
そして、風のように消えていなくなった。
いつもながら、本当に恐ろしい女だ。
恐ろしいキャラ付けをしたのは、私だけど。
私は渡されたグラスを持って、少しの罪悪感を抱えながら立ち上がった。
王子は、少し離れたところに座っている。
ほんの二三歩進んだ時だった。
「カトリーヌ様。
先ほどのダンス、すっごく素敵でした。最高でした」
エリザベスだ。
「まあ、それはありがとう」
私は彼女を無視して、王子の方に進もうとした。
しかし、彼女は私の手からグラスを奪ってしまった。
「ああ、私、のどがカラカラだったんですよ。
カトリーヌ様のフルーツジュースを頂けるなんて、本当にうれしいです」
そう言うと、一口口に含んだ。
それは、媚薬の入った、その……ジュースじゃなくて、果実酒よ。
「ああ、あ……」
私は声にならない。
「おい、カトリーヌ、何をしているんだ?」
王子が呼んでいる。
ヤバい。いろいろなことが一気に起きすぎて、私の頭は混乱している。
「はい、すぐ行きます」
私は、王子のところまで大急ぎで駆け付けた。
王子は、二つのグラスを持って立っていた。
「ダンスを踊って、のどが渇いただろ?
俺の使用人が、飲み物を用意してくれた。
飲んでくれ」
一方のグラスを私に差し向けた。
「それでは、いただきます」
私は、本当にのどが渇いていたので、一気に飲み干した。
うん、酸味と甘さがほど良くて美味しい。
美味しいけど、なんかおかしいぞ。
なにやら、視界がグルグルと回り始めた。
まさか、まさか……
媚薬を盛った飲み物を飲ませるはずが、何かの薬を盛られてしまったのか?
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ハッと気づくと、知らない天井が視界に入った。
どうやら眠っていたらしい。
ベッドの中だ。
さらに、パジャマっぽい服装に代わっている。
私は、ドレスを着てパーティー会場にいたはずだ。
これは、どういうこと?
そうだ、王子に薬を盛られたんだ。
いわゆるデートドラッグっていうやつだな。
私は、おそるおそる下着を確かめる。
どうやら穿いているようだ。
安心してください、はいてますから。
と言いたいところだったが、すべてが終わった後に穿かされたのかもしれない。
なにせ、ドレスからパジャマに着替えさせられているのだ。
パタパタと足音がして、誰かがやってくる。
あれ、王子じゃない。
王城の使用人でもない。
エリザベスだ。
私は、がばっと起き上がる。
「エリザベスさん。これは一体、どういうことですの?」
「危うく王子の毒牙にかかりそうだったカトリーヌ様をお助けしたのです」
「助けたって、どういうこと?」
「王子は、カトリーヌ様に睡眠薬入りの飲み物を飲ませたのです」
「それで意識を失ったのね。
でも、どうしてそれをあなたが助けてくださったの?
そこで私を助けることは、王家に対立する行為じゃないの?」
「私にとっては、カトリーヌ様をお助けすることは、何にも代えがたい最優先事項ですから。
王家との対立など、問題にもなりません」
「いやだから、そんなものすごいことをやってのける理由を知りたいんですけど」
エリザベスは、少し頬を赤らめる。
「私は、ずっとずっと前から、カトリーヌ様をお慕い申し上げておりましたから」
「いや、ちょっと待って。
それは、きっと間違いだと思うわ。
ごめんなさい。正直に白状するわ。
あなたがさっき飲んだ果実酒には、私を好きになる媚薬が入っていたのよ」
「そうですか、やっぱりそうだったんですね」
「そうなのよ。だから勘違いだって分かってくれた?」
「いいえ。私は、媚薬を飲んではおりません。
私、お酒には弱いんです。
安心してください。吐いてますから」
汚いオチにして申し訳ありませんでした。
ダンスのシーンは、ダンジョン飯が放映されていたころに書きました。
この投稿は金曜日に予約投稿していたはずなのですが、投稿されていませんでした。
中国からの操作が反映されていなかったようです。
ですので、しっかり確認して、次回の投稿は水曜日の予定です。




